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第42話〜友達

「恋ちゃんってどれくらいあるの」
 その日、私は自分でも驚くような質問をした。
「B、Bだよ。美穂は?」
「わ、私? も、もちろんBだよ」
 その日、私は大切な友達に嘘をついた。
 
 私達はお互いにひきつった笑みで相手の胸板を見詰めあう。よし、アレは明らかにAだ。
「そ、そういえば西条さんはDじゃなかった?」
 互いに相手の胸元を見て安心し、ふと強大な敵の存在を忘れていることに気づいた。
「よんだ?」
 赤い長髪をなびかせながらこちらを振り返った西条さんの胸には、私達二人には存在しないふくらみのラインがはっきりとあった。そのふくらみはまさに男性を誘惑する魔の山だ。私達はそんな山を見つめながら自らの整地された後の更地のような胸板を触り、また深いため息を漏らす。
 まったくもって神様は不公平だ。胸を小さくするならば、もう少し別の魅力を与えてくれてくれてもいいと思うのに特にこれといった魅力を私にはくれなかった。それどころか神様は、私に負の能力であるサカサマサカサなんてものを与えてくれた。くれるのならもう少しましな物がほしかった。
「あー、呼んだ?」
 私達二人がやたらと自分の胸に視線を送っていることに気づいたのだろう。西条さんは苦しい笑みを浮かべながら自分の胸を両手で隠すようにしてから、もう一度私達に聞いた。
「あの、どうしたら胸が大きくなるのかなって」
 自分でも信じることができなかったが、そんな馬鹿げた質問をしたのは私だった。隣で自分の胸をぺたぺたと触っていた恋ちゃんも興味を持ったようで顔を上げる。
 まさか私からそんな質問をされるとは思っていなかったのだろう。西条さんは一瞬目を点にしていたが、それも短い間ですぐに手を額に当てて肩を落とす。何かいけないことを聞いただろうか。
「大きくたっていいこと無いよ。肩はこるし、動きにくいし、視線を感じるし」
 額に手を当てたまま若干トーンの低い声で教えてくれるが、そんな胸の大きな人には大きい人の苦労があるんだよといわれても実際問題胸が無いので分からない。というか胸が無いこともそれなりのデメリットがあるのだからこの際大きいほうがいいのだ。というかそうで無いといけない理由ができたのだ。
「まったく……」
 必死に胸が大きくてもいいことなどは無いと説明してくれている西条さんだったが、私達二人の無言の抵抗にあきらめたようで、ため息を一つついて話し始める。
「こんなもの気づいたら勝手に大きくなってたの」
 西条さんは自分の胸を指差しながら、私達に死刑宣告をした。やはりああなるのは天然だけのもので、私達のようなまな板をつけている人間が努力しようとも無駄ということか。やはり世界は残酷だ。
「でも、いくつか方法は知ってるからそれを教えてあげるわよ」
 あまりに落ち込む私達二人を見て何か思うことがあったのだろう。西条さんは私達の肩をやさしく叩いてそういってくれた。そのときの西条さんには、きっと後光が咲いていたに違いない。 
 
 
 
「うー」
「んー」
 学校から帰宅後、部屋では二人の女子が胸の前で両手を合わせて顔を真っ赤にしていた。部屋に居たもう一人の女子、西条さんがこうするといいと教えてくれたのである。しかし、自分の胸の前で両手を合わせて左右から力いっぱいに押す。そんなものだけで本当に胸が大きくなるのだろうか。すくなくとも、私は無駄な努力だとは思う。
 なぜ私と恋ちゃんがここまでして、今まで触れることの無かった自分の胸の事を気にかけだしたのか。その理由は案外単純な物だ。昨日の帰り道の際、彼が無いよりはあった方がいいといったのだ。私があったほうがいいかと聞いたらそう答えたので間違いは無いだろう。いままでは胸なんてものは脂肪の固まりだし、自分には関係ないものだと信じて疑っていなかった。それでも、彼が胸の大きいほうが良いというのならば少しでもその理想に近づかなければいけない。
「そういえば何か進展あった?」
 静かに私達の様を静かに眺めていた西条さんが唐突につぶやいた。私たち三人の共通の話題で進展するようなものといえば一つしかない。そして、質問の答えも私達は皆知っていた。
 答えは沈黙、誰も何もできていない。私は昔からこういう性格なので自分でよく分かっている。だが意外にも、いつでもエネルギッシュな西条さんと恋ちゃんも動きなしだ。むしろ体育祭で一緒に二人三脚をしたぶん私のほうがアプローチできているのかもしれない。
 対する二人は結構ひどいもので、恋ちゃんといえば一緒に海に行ったのが最後だし、西条さんに関しては特に何もなしと来たものだ。というか西条産は半ば空気と化している。
 互いに沈黙、そして私を除いた二人はその沈黙を聞いて安心した反面、あせりの表情を浮かべるのだった。とくにあせっていたのは西条さんで、確かに空気のような存在感になり始めたら誰でもあせり始めるものだと思う。
「チャンスは文化祭」
 ふと、西条さんが独り言のようにつぶやいたその一言にその場の全員がゆっくりとうなづいた。もちろんその目には静かなる炎がともっていた。
 そういえばこの場にはいないのだが、後二人ほどライバルがいる。それも二人三脚なんて比べ物にならないくらい彼に接近している二人だ。あの二人は危険だ。何せ告白なんてやらかしたのだ。まだ返事は無いのだが、今一番彼に近づけてはいけない人間でもあるだろう。
「そういえばそっちのクラスの出し物はお化け屋敷らしいわね」
 美しい白鳥も、水面下では必死に足をばたつかせて水の上を泳ぐという話はよく言われる。それと同じように私達の戦いも静かに始まっていた。まずは敵の急所を付いた軽い攻撃だ。
「隣のクラスは隣のクラスで忙しいでしょうからこちらのクラスに来ている時間も短くなりますね」
 うまい返しだ。自分の弱点を付かれたの言うのによく回避した。
 
「そういえば何で恋ちゃんはお化けが苦手なの」
 少しの沈黙の間に攻撃をする気はなかったのだが、ふと気になったので聞いてみた。
「そ、それは、昔祐斗に脅かされたから」
 いきなり小さくなってもじもじとしてしまう恋ちゃん。普段からそれくらいおしとやかだったらきっともてるに違いないのに何故そうしないのだろうか。もっとも、明日から急にしおらしくなろうものならば彼は、悪いものでも食べたのかと的外れなことを言ってくれそうなのだがそれは心の中で思うだけにしておく。
「たかがお墓で脅かされただけでパニックになるなんて情け無い」
 急にしおらしくなってしまった恋ちゃんを見て、あきれる様にして西条さんはそういった。西条さんは恋ちゃんがなぜお化け苦手になったかをしっているようだ。私は初耳だったのだがいつの間に聞いたんだろうか。
「そうそう、真っ暗な夜に面白いものを見せてやるから来てみろだなんて呼び出しがあったから、何かと思ってわくわくしながら言ってみたら祐斗が墓石の影からいきなり出てきたのよ」
 言い切ってから思い出してしまったのだろう。胸の前で合わせていた両手で自分の肩を抱いてぶるっと震えた。そんなに怖かったのだろうか。
「でも、なんでそんなことを知ってるの」
「あー、少し前に自分で言ってたじゃない」
 不思議そうに聞いた恋ちゃんに、やれやれといった感じで答える西条さん。この人は油断なら無いのでそんな情報を手に入れたとしても不思議ではない。何せ、お友達は恋さんに似た属性の人間暴走列車と、人の秘密を暴くのが趣味のような歩く手帳のような人なのだ。どこかで話した情報が流れていった可能性もある。
「誰かに話したかなー?」
 首をかしげて自分に問いただしている恋ちゃんだが、いつも忘れっぽいのだし思い出すことはまず無いだろう。
 
「そういえばあんまり関係ない話なんだけど」
 今まで話していた雰囲気ではなく、少し真面目な顔をして西条さんが身を乗り出した。
「私のことは西条さんじゃなくて赤(せき)でいいわよ」
 真剣な顔で何を出だすのかと思えば呼び方のことか。恋ちゃんといい西条さんといい、呼び方を変えることでもっと親密になろうということなのか?まぁ、私としては親しい友達が増えるのは嬉しいことなので異論は無い。
「せ、赤さん」
 かなり尻つぼみな一言。音楽記号で言えばデクレッシェンドのような感じだ。たかが名前ではないかと思うだろうが、私にとってはその名前を呼ぶことだって恥ずかしいのだ。なにせ、生まれてこのかた人を名前を呼び捨てで呼んだりするなんてことは何年も経験していないことなのだ。どうしても、さんだとか、ちゃんがついてしまうのは私なりの照れ隠しなのだ。
「せったんだね!」
 私のように名前一つで照れている人間がいる半面、恋ちゃんのように予想の斜め上を恥ずかしげもなくしてしまう人も居る。だめだ赤さん頬が引きつっているのがここからでも分かる。
「できれば赤でお願いするわ」
 それでも一応は言いたいことは言い切った事に関しては拍手を送りたいと思う。
「赤は面白くないなー」
 少したしなめられただけだというのに頬を膨らませて人の肩を軽くたたくのはどうかと思うが、恋ちゃんの環境適応能力の高さには賛美を送ってもいいと思う。なにせすぐに人を呼び捨てにできるのだ。まぁ、呼び方といえば彼のことはいつまで経っても私達といるときしか祐斗ということができないのは言ってはいけない。
「私も恋と美穂でいくからね」
 私達に呼び方を変えさせたからだろう。自分も私達に対する呼び方を変えると宣言する。そんな西条さんに、恋ちゃんはよろしくと軽く笑顔を浮かべる。私はというと、無言のまま小さくうなづいただけだった。相変わらず自分がいやになる。
 
 
 
 二人が家から帰り、部屋はがらんと広くなったような気がした。自分の部屋に友達と呼べるような人を呼び込んで遊んだのはもしかしたら始めてだったかもしれない。
「赤さん……か」
 私は新しくできた友達の顔を思い浮かべながら、小さく頬を緩ませる。やっぱり友達は良いものだ。人間一人では生きられないというが、アレは間違いだと思う。人間一人で生きられないのではなく、一人では生きたくないのかもしれない。他人の干渉がなければ言葉も文化も必要ない。ただ、一人で寝て、一人で食べる。ただそこにあればいいのだ。何と簡単なことかとおもうが、これが案外難しいのだ。ただ一人で生活していくには生きていく張り合いが無い。なぜ生きているのか、そんな疑問にぶち当たってしまえばその壁を一生越えられなくなってしまうだろう。
 自分という人間を自分で確認はできない。自分という人間は他人の認識という事柄を経て自分という形を持つことができる。自分のことは自分が一番良く分かるというが、それは間違いだろう。自分のことが良く分かると言うのならば、自分で自分の背中を見ることができるだろうか?自分で自分の瞳の色を見ることができるだろうか?答えは当然否である。 
 他人の中にいる自分という存在。それが集まってできたものこそが自分という人間なのだ。今までの私は、多くの人間になんとなくとして刻まれ、もしくは忘れられていたが、今の私はそうではない。少数の人間ではあるが、しっかりと刻まれていると思う。少なくとも昔よりかはだ。
 そして、今日私のことを私と決めてくれる人が一人増えた。そう思えばとてつもなく嬉しいのだ。
 私は、新しくできた友達に教わった効くはずも無いバストアップ方法を試しながら充実した気分でベットに付いた。
 
 
 
 次の日、私の胸が少し大きくなったのは、試した方法の効果なのかそれともできるわけが無いと思ったことがサカサマサカサの影響をうけて出きるに変わってしまったからなのかは分からなかったが、私はすこしサカサマサカサに感謝した。

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