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第41話〜怖がり

「それでは今年の文化祭での出し物は」
 時計を確認し、まだ五分しかたっていないかと嘆息。俺は嬉しそうにクラスの出し物を発表しようとしている女子生徒から視線をはずし、ちらりと校庭を見れば木々はすっかりと冬の準備を始めていた。
 月日は流れ、季節は秋。今月は先月に引き続き、俺が迎える最後となる学生の一大イベントを迎えていた。つい先日までは応援合戦だ、競技の練習だと言われていたのが懐かしい。
 やはり時というのは不確かな物で、今時計を見ればすでに先程時計を確認したときより十分も進んでいる。なんだか少し世界そのものに取り残されたみたいだ。
「小さい」
 あの体育祭を通じて変わったもの、それはクラス全体が文化祭へとやる気のベクトルを向けたこと。そしてもう一つは俺の目の前で元気なさげにため息をついている漆黒の長髪をまとった女性だ。その女性、名を黒須美穂という。三年生になってこの学校に新しく仲間入りした変り種である。先程元気なさげにといったが、黒須さんは普段からこんな調子でもある。黒須さんは他人と深くかかわりを持とうとせず、他人とは疲れず離れずの距離を保ち続けている。
 だがそんな黒須さんに、昔好きだった黒須さんと同じような漆黒の長髪を携えた少女を重ねてしまうのは何故だろうか。少女の名前は覚えていない。覚えているのは当時の俺がその少女のことをあーちゃんと呼んでいたことと、あーちゃんは俺の作ったウサギさん林檎が好物だったことくらいだ。あーちゃんは物凄く行動的で、その行動力は今の恋を思い起こさせる。アレはまさに台風のようなものだと思う。
 台風のようなあーちゃん。そしてそよ風のような黒須さん。性質的には180度違う人間。それだというのに二人が同一人物なのではないかと思ってしまうのは、黒須さんがあーちゃんと同じく、俺の作ったウサギさん林檎が好きだったからだという理由だけではないはずだ。それ以外の要因もあって俺は黒須さんをあーちゃんと重ねている。俺が君はあーちゃんなのかと聞けば問題はすべてたやすく解決するだろう。だがしかし、俺の中で何かがそれはだめだと警鐘を鳴らしているのだ。ここは本能に従って聞くのをやめておくのが最良の選択に違いない。
 第一相手にとぼけられてしまえば終わりだし、もっと証拠になるようなことを集めてから聞くことにしよう。
 校庭に咲いたサクラは寒そうにその枝を晒し、冬の準備をしていた。それは、授業が終わりいそいそと購買へと向かう生徒達が寒いといって防寒具を装着していく様とは全く逆の冬の準備だった。
 そんな冬の準備を見送りながら俺はいつもの位置に机を移動させる。あそこは気温こそは高くないが、温まるといった意味ではとってもいい場所だ。なにせそこには俺の数少ない心から親しいといえる仲間がいるのだ。
 
「いただきます」
 いつものようにそこにいるメンバーそろって両手を合わせて唱和する。やはり食べ物への感謝はきちんとしないといけない。仮にも他のものの命をいただいているわけだ。お礼の一つくらい言っても罰は当たらないだろう。
「文化祭なんであんなのに決まっちゃうの」
 食事中だというのに机にだらしなく寝そべっているショートカットのスポーツウーマンは俺の幼馴染の恋で、俺の古くからの友人だ。
 友達はたくさんいたほうが楽しいに違いない。そういう人もいるが俺はそうは思わない。友達なんてものは少数であれ、自分のことを思ってくれる相手がいればそれでいいと思うのだ。友達作りがうまく、誰とでも打ち解ける間なんて奴は、誰にも心を開く裏表のない人間か、誰にも心を開かないペテン師くらいだろう。そんな面倒なことをするくらいなら俺は少なくともいい、腹を割って話せる少数の友達がほしい。
「クラス投票の結果だ。あきらめたほうがいいぞ」
 今にもとろけていってしまいそうな恋を優しく諭したのは、恋と同じく俺の幼馴染の藤村。先日の体育祭では生徒会長という大役を難なくやってのけたり、成績不調で落第の危機に晒されたりといろいろな意味ですごい奴だ。
「私のクラスはカフェをやろうってことになったんだけど、何か面白いことでもするの?」
 あっさりと自分のクラスの情報を笑顔のまま漏らしてしまったこの長い赤髪の女性も俺の友人と読んで差し支えないだろう。
「だまってないでおしえてよ」
 口をへの字に結んで話さない恋にやれやれといった様子で聞きなおす彼女は西条赤さん。この三年生になって友達になったというのに恋の扱いは昔から恋を知っているかのように鮮やかだ。恐らく将来は調教師かそこらの職業に付くのだろう。
「白銀は教えてくれるよね」
 いつの間に俺のことを白金と呼び捨てにするようになったのは何故なのかは分からないのだが、親しみを持ってくれているとう認識でいいのだろう。第一、親しくないのなら毎日のようにこうして隣のクラスからわざわざ昼食を一緒に取りに来ないだろう。おそらく。
「お化け屋敷」
 笑顔のまま出し物は何かと迫られていた俺への助け舟は意外なところから現れた。
「お化け屋敷」
 その助け舟はそれだけ言うとまた弁当を食べる作業へと戻ってしまう。ここはありがとうというべきなのかそれとも何もいわざるべきか考えたがここは何も言わないというのを選択しておく。第一、俺がクラスの出し物を言わなかったのはクラスの出し物のことを回りにもらしたくないということではない。
「おば……おば……」
 黒須さんの発した言葉で恋が震えだす。俺が恐れていたのはこれである。いつか恋達と一緒に遊園地に行ったときも、恋はお化け屋敷だけはかたくなに拒んでいたのだ。つまり恋派極度の怖がり。それも暴走性のだ。ということで、黒須さんの助け舟はどうやら泥で出来ていたらしく、すでに沈没を開始していた。
「お、お化け」
 頭から煙を出すようにして動かなくなってしまった恋を見て、藤村と顔をあわせてほっと一息つく。今回はどうやら不発で終わったらしい。運がよかった。
「お化け屋敷とはお気の毒様」
 恋と俺達の様子を見て悟ったのだろう。声を殺したままおなかを抱えて西条さんは笑っていた。こっちは死活問題なのだ。まさにデッドオアライブなのだ。笑っている場合ではない。体育祭で肉体労働を終えたと思ったのに、どうやら今度は精神的重労働が待っていそうだ。冗談じゃない。
 
 
 
「つ、つかれた」
 燃える太陽を背に、俺と藤村は白くなっていた。文化祭モードで盛り上がり、お化けの配役だのどんなお化けにしようだのと恋の耳に入れてはいけないような話題がずっとクラスでは飛び交っていた。俺達はどうにかしてクラスを鎮めようとはしたものの、お祭りムード一色のこのクラスの人間に何を言ってもまさに焼け石に水だった。おかげで俺達二人はいつ恋が爆発してしまわないかとひやひやして生きている心地がしなかった。
「白銀君?」
 もはや抜けガラのようになってしまっている俺にやさしく声をかけてくれたのは、黒須さんだった。長く黒い髪は夕日に照らされ、綺麗な夕焼け色に染まっていた。その光景に一瞬目を奪われてしまったが、俺の目を心配そうに覗き込む丸い真っ黒な瞳に気づいて声を上げてしまう。
「く、黒須さん?」
 今までこんなに俺に接近してきたことがなかった黒須さんがいきなり俺の顔を覗き込むなんてことをしたのだ、声も上げてしまうだろう。今までなかったことに驚きを隠せなかったのだが、黒須さんが俺を心配してやってくれたことなのだろうと勝手に納得する。
「大丈夫だよ。俺は大丈夫なんだけどアレはどうかな」
 本当はぜんぜん大丈夫ではないのだが、こういうところで見栄を張ってもいいだろう。見栄いっぱいの笑顔を浮かべて俺は後方を指した。俺の指先先には、のそのそと生きる屍かのように歩く恋の姿かあった。俺から言わせればそんな恋のほうが下手な怪談話よりよっぽどホラーだと思うのだが、恋本人からしてみれば俺達の安っぽいホラー話は殺傷能力を持っているらしい。恋の隣では西条さんが笑いながら何かを話しているのだが、本当にアレは大丈夫なのかと疑問に思ってしまう。なにせ、西条さんが笑い声を上げるたびに恋が小さくなっているのだ。いったい何を話せばああなるのやら。
「そういえば黒須さん。いきなり俺の顔の前に来るなんてびっくりしたよ」
 恋のことで疑問になったついでに、もう一つの疑問を黒須さんに聞いてみる。先程自分のことを心配してくれていると勝手に解釈したのだが、理由があるなら知っておきたいという着もする。しかし答えられないなら答えられないでいいと思う。要するに、俺は適当な話題提供がしたかったのだ。
「ない」
 少し考えた後で黒須さんはそう答えた。表情はこちらを向いてくれなかったので把握することはできなかったが、少なくともこの話題は終了ということになるだろう。
 
 
 
「あった方がいいのかな」
 二人きりになってからしばらくして、黒須さんは胸に手を当ててままぼそりとつぶやいた。俺達は、死に掛けの恋たちと別れ、俺は黒須さんと肩をを並べて歩いていた。つい数ヶ月前までは一緒に帰ることすらなかったのに物凄い進歩だと思う。
「白銀君はどう思う」
 結構時間が過ぎたと思っていたのだが、黒須さんはどうやら俺の顔を覗き込んでいた理由を考えていたらしく、制服の胸の部分をぎゅっと握り締めたまま俺に聞いてくる。
「ないよりはあった方がいいんじゃないのかな」
 理由なんて、ない無いなら無いでいいのだが、有るなら有るでそれにこしたことはないと思う。
「やっぱり白金君もそう思うんだ」
 心底悲しそうな声を出して黒須さんは地面とにらめっこを始めてしまう。心なしか胸の制服のしわが多くなっているような気がする。そんなに気にすることだったのだろうか?
「あった方がいいと思う」
 もう一度同じことをいって見るが、黒須さんの肩は下がる一方だった。原因などわかるわけもなく、その後、俺達は一言も話さないままそれぞれの家に着いた。俺の頭の中には、今後どうして恋を暴れさせないか、それだけがぐるぐると回っていた。

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