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第六十二話〜息子

 さらりと詩織の本名を言ってのけたが、詩織の本名を知っているということはおそらく乗客をチェックしたんだろう。そう思うと背筋がぞくぞくし始める。まさか俺の正体もばれているのではないだろうか。そんな不安を抱えていると、詩織がゆっくりと話始める。
「私の事? 私はあなたの頬に出来た感染症の開発者よ」
 さらりと真実をいってのける詩織だが、そんなに簡単に言ってもいいのだろうか。
「やはりこれは君の仕業か……。しかしなぜ感情の研究者の君が殺人ウィルスなんかを」
 やはり、だと?こいつは気付いていたというのか。それなのになにも行動を起こさなかったのか……。どいつもこいつも人の裏を探って、誰も信じず騙してここまできたのか。何か計算どおりだ。俺は甘すぎたんだ。
「殺人ウィルス?」
 俺が自分を呪い殺したくなるような後悔の念にとらわれていると、詩織は俺が告白のとき以上の笑い声をあげ、腹を抱えながら大西の言ったことを否定していた。
「感情の研究をしている私が殺人ウィルスなんか作れる訳無いでしょ。私が作ったのは体の一部にマークを浮かび上がらせ、さもそれが殺人ウィルスかのように見せるだけ。それによって起こる集団における感染者の扱いが見たかっただけ。あっちの専門の人からすると単純に殺しのためのほうがウィルスのほうが作りやすいのに変わったのを作るんだね。だそうよ」
 確かに、そんなことをしなくても単純に強力な殺人ウィルスを作ったほうが楽そうだ。
「ならばあの死んでいった人はどう説明する」
 大西はまったく理解できないといった風に聞いてくる。
「さぁ?ここは亜熱帯の無人島だし、違うウィルスに進化したのかも知れないし、はたまた違う原因か、多分偶然が重なっただけ」
 つまりは詩織は誰も殺してはいない?なるほど、ならば短い間だったが、ともに行動をしていた人間で殺人犯は詩織と武内と一番怪しい神上を抜いた全員だというのか。
「そうか」
 その一言で大西は詩織から興味を無くす。あれだけのことだけで割り切れるものなのか?それともウィルスの治療法を知らないというのなら利用価値は無いと踏んだのか。
「では雄介くん。ただの学生さんがなぜここまで生きてるんだ? そして何で俺を殺す気なんだ」
 大西の口ぶりから察するに、大西はまだ俺の正体に気付いていない。おそらく、ただの学生というので調査の対象から外されたんだろう。
「ツイてたのと正義感だよ」 
 本当にツイていた。正体はばれていないし、このままごまかせられそうだ。俺はホット胸をなでおろした。
「確かに、君はツイているみたいだな」
 海を見ながらそういう大西は肩をすくませた。
「あぁとってもツイてる」
 何かと思い、俺も海を見て、大西と同じようにつぶやく。
 俺たちの視線の先、つまりは遠く、水平線上では、豆粒ほどのそれが煙を吐きながらこちらに向かっていた。俺達三人は、その豆粒が船だと目で見てわかる大きさになるまで黙って豆粒を眺めていた。
「そうだな、この銃は返しておこう」
 三人とも何をするわけでもなく海を眺めていたが、それに飽きて俺は動く。俺の足元に落ちている銃を拾い上げ、大西まで運ぶ。砂が沢山付いていて汚かったのでポケットからハンカチを取り出して銃を軽く払う。どうせ船がそこまで来ているのだから大勢の目撃者の前で人を殺しはしないだろう。それに殺されるような理由はまだばれていない。
「で? テープには何が映っていたんだい」
 俺は銃の砂を落としながらなんとなく昔こいつらが必死になって探していたあの黒いテープの中身について聞いてみる。
「おまえに教える必要はないさ」
 こいつは俺の言っている最大の矛盾に気付かないようで、しれっと答えて見せた。せっかく俺が答を教えてやっているというのに。そんな大西に薬と侮蔑の笑みを浮かべながら次の了解を意味する言葉を短くはいた。
 銃から砂を落し終わると俺は一度ポケットにハンカチを入れ、大西のポケットには銃を返してからニ、三度大西のポケットをポンポンと叩く。特に意味は無い。
「そうだ、これ汚れたからもういらない」
 もはや船が俺達の身長を越え、すぐ目の前に近づいたところで俺は再びハンカチをポケットから取り出す。
 船からは黒尽くめの明らかに救助隊ではないような武装の連中が降りて来てこっちに近づいてくる。あれはいったいなんだ?
「そんな汚いハンカチなんかいらない」
 大西は服が汚れるから嫌だと言わんばかりに断ってきたが、もう服の汚れに心配する必要性も今は無いだろうので無理やりねじ込む。
「そうか、じゃあお詫びといってはなんだがいいことを教えてやるよ」
 無理やりに大西のポケットに手を突っ込んだまま俺が耳元でつぶやくと大西は首を傾げてみせる。
「俺の名前は無藤雄介。あんたが可愛がって殺したジャーナリストの息子さ」
 耳元でそう俺はつぶやいてやった。

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