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第五十八話〜正体

 永遠にも感じた沈黙の後、詩織はまるで石像のようにかたくなに静寂を守っていたかと思うと、ゆっくりと語り出す。
「私、犯罪者なの」
 犯罪者、その単語に今度は背筋が凍るような感覚を受ける。それは万引きなんかと勘違いしないでといわれたからでもあったが、詩織の口調が明らかに異質だったからでもある。
「確かに、貴方や海人さんのように私は爆弾をしかけたわけでもないし、田中さんのようにハイジャックをして大量殺人したわけでもない」
 静かに語る詩織になにか違和感を感じつつ、自分のことを名前ではなく貴方と呼ばれたことに距離感みたいなものを感じた。
「復讐?お金?そんなもの関係はない。私はただ、結果がほしかった。貴方は今から私の罪の告白を聞いて、それでも私のことを好きだと言えるかしら」
 いまだに淡々と機械のように話す詩織の言葉に、俺は首を縦に振るしかすることができないでいた。しかし、復讐でもお金でもない結果が欲しかった?しかもそれを聞いたら俺が詩織を軽蔑する?一体何を言うつもりだ……。
「私は研究所から来たの。とある実験の成果を見るために。もちろん実験は大成功だったわ。みんなあたふたと焦り、妬み、殺し合ってくれた」
 にっこりと笑うその笑顔にはもはや魂というものは感じれなかった。
「ごたくはいい、さっさと何をしたのか言ってくれないか」
 俺がそう急かすと、詩織は自分の左肩を指差して笑う。
「だから何をしたんだ」
 ジェスチャーの意味が全くわからずに聞いてみるが、答えてくれる気配はなく、ずっと肩を指差している。左?左をみまわすが死体の山はない。ということは殺人ではない。いったいなんで左肩?左……肩……?左肩!?しばらく悩んで俺はやっと気付いた。詩織のジェスチャーの指すものをだ。だが、ジェスチャーの指すものを理解したといっても何故それなのかはわからない。もしかしたら俺の意としていないこと、例えば肩がこったとかかもしれない。だがもし、詩織のジェスチャーの意とするところが俺の思うとおりなら俺はどうすればいい。もし俺の考えが正しければこれはひどいことになる。
「貴方の思う通り、私はそいつの産みの親」
 そう機械のようにはなす詩織がやたらと怖くなった。
「この菌をばら撒いたのは誰かさんのへぼい爆発によって乗客が慌て、貴方と私が逃げようとしたとき。本当は普通にトイレに行きながら菌をばら撒くつもりだったけど、ちょうどよかったわ」
 あの時か、やけに歳の割には落ち着いた様子だと思ったが、こういう理由だったのか。まてよ、爆発によってパニックに陥り一箇所に集まって菌をばら撒きやすかったということはまた俺は間接的に多くの人を殺したことになるのではないか?
「また俺は人を殺したのか」
「で?これでも貴方は私をちんけな犯罪者だと笑うかしら?」
 頭を抱えてつぶやく俺を無視して、詩織は俺に聞く。確かに、詩織が犯罪者ではないというのは希望的観測に終わったというのは認めなければいけない。
「犯罪者と一般人では幸せになれないなら、犯罪者と犯罪者ならどうなるのかな」
 そう質問する詩織は一人で罪の告白をしていた毒はもうなく、ニッコリと微笑んでいた。確かに、犯罪者を愛せるのは犯罪者だけかもしれない。しかしこいつはあまりにも背負うには重すぎる罪だ。
「じゃあ、あらためて言おう」
 ならば今一度俺の気持ちを言葉にしないといけない。重い荷物だって二人で持てば重さは半分になるはずだ。
「俺は君のことを……」
 そこまで言って、やはりここで言葉につまる。なんて度胸がないんだ。俺が沈黙を保ち、うだうだとしていると詩織は我慢の限界が来たのだろう。俺に怒鳴る。
「それだから寝込みの私にキスも出来ずに固まっちゃうのよ。このへたれ」
 そう、俺は詩織の寝込みにキスも出来な……?何?!ばれていただと。見れば怒鳴る詩織は顔を真っ赤にして目に涙を溜めていた。泣かすのは良くない。泣かしてはいけない。そう思ったときには、すっと「好きだ」の言葉がでていた。

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