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第五十七話〜すれ違い

 俺の返答は予想外だったようで、詩織は口をぽかんと開けたまま呆然としている。それはそうだろう。一度は両思いだと思った相手からいきなりフラれたのだから。
「なんで?」
 詩織は朱に染めていた頬を青白くさせて、搾り出したような声で尋ねてくる。その様子はまるで、死人のようだった。そんな可哀相な恰好にしても、俺は断らなければいけなかった。何故なら俺は犯罪者だからで、一緒に居ると迷惑がかかるにちがいない。現にこうして鬼に追いかけられて生命の危機にある。
 それしにしても、詩織の姿はあまりにも痛々しい。ここはやはり説明が必要なのだろう。例え嫌われようと、それでも伝えなければならない。
「詩織。俺は犯罪者なんだよ」
 俺は罪の告白を始めた。話す言葉に抑揚はなく、まさにそれは言葉を発するだけのロボットのようだっただろう
「機内での一度目の爆発、あれは俺だ。確かに、海人さんの爆弾で墜落はしたが、俺もそれに関与している。それに、俺はこれから犯罪を起こさなければいけない。父を、家族を殺した大西に復讐しなければいけない」
 一通り話すと俺は大きく息を吸って最後の言葉を口にする。
「犯罪者と一緒にいたら幸せにはなれない。だから君とは居られない」
 全て言いたいことを言うと俺は、元来た道へと足を向ける。呼び止める声はもちろん無い。少々呼び止められるのではないかという淡い期待も抱いたが所詮は夢。
「はははは」
 しかし、後ろからは呼び止める声ではなく、予想外の声が聞こえてきた。その予想外の声のほうに体を向けなおすと、詩織が腹を抱えて笑っているではないか。特におかしなことは言っていないはずだと俺は首を傾げる。
「何がおかしい」
 笑い続ける詩織にいらつきを感じて俺は問う。冗談だととられたか?
「何がって、その程度のことで犯罪者がどうこう言うからよ」
 詩織はへらへらと笑ったまま口にするが、その様子がたまらなく俺をいらつかせる。苛々しながら詩織にさらに何故笑っているかを聞いても、笑い声しか帰ってこない。流石に我慢の限界になった俺は、その場を去り始める。何がその程度だ。
「犯罪者と一緒だと不幸になる?面白いこというのね」
 立ち去ろうとしていた俺の背中にやっとまともな言葉がかかる。もちろん笑いながらだが。
「心配しないでよ。私もそれだから」
 詩織はそういうと俺のほうに歩み寄ってくる。その口調は笑い声のない、むしろ感情さえも感じることの無い冷たい言葉だった。じゃりっじゃりっという詩織の足音と、ただならぬ気配に俺は蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。
「万引きだって立派な犯罪だしね」
 そういうと詩織は俺の背中に飛び付く。先ほどまでの恐ろしい気配は微塵も感じさせない。だが、万引きと聞いて、犯罪といえば何も殺しだけじゃなかったと思い出す。
「犯罪者と犯罪者ならどうなるの」
 詩織は笑いながら俺の背中で聞いてくる。時々、腰折のこう言った気持ちというか雰囲気の切り替えに疑問を感じる。しかし、それを考えたところで俺にはどうしようも出来そうに無いことは明白だ。笑い声と同じように揺れる背中の詩織から何も膨らみを感じないことに落胆しながら俺はそんな質問に笑いながら、さあなと答えておいた。
「ついでだから私の秘密も教えてあげるね」
 そう耳元で詩織がささやいたあと、背中の重みが消える。
「私ね、雄介と同じ犯罪者なんだよ」
 決心を決めただろうその言葉に、今度は俺が腹を抱えることになった。犯罪者といっても、たかが゛万引と゛殺人゛を同じに考えないでほしい。確かに同じ罪であることに間違いは無いが、罪の度合いが違う。
 俺が腹を抱えていると、どんどんと詩織の顔は真面目な顔になっていく。また、この雰囲気か……。
「万引きと殺人は同じ犯罪者でも罪の重さが違うんだよ」
 腹を抱えながらだがきちんと説明してやる。それでも詩織の雰囲気は一向に変わる気配は無い。
「万引き?なにか勘違いしてない?」
 俺はその言葉でぴたりと笑うのを止めた。何故だろう、物凄く悪い予感がするのは。俺はその予感が嫌で黙ってしまう。また、詩織も同じように黙っていた。

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