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第五十九話〜清算

「え?」
 今まで散々渋っていた俺があっさりと言ったことに驚きを感じたのか詩織は固まる。
「同じことは二度言わない」
 俺の言ったことに頭がやっとついてきたのだろう、詩織の目に涙が溜まり始める。
「馬鹿」
 詩織は目に涙を浮かべながらロケットのように俺の胸に突っ込んで来た。少し痛かったがそんなことは不思議と気にならなかった。俺は胸の中でワンワンと泣く詩織の長い髪を優しくなででやる。
「ねぇ雄介?」
 涙をためた、ウサギのような真っ赤な目で詩織が俺の顔を見上げて聞いて来た。まだ声は落ち着いては居ない。俺はそれに頭を撫でてやりながら、一言疑問で返す。
「雄介は私のこと好き?」
 そんなにあの言葉が聞きたいのだろうか、俺にそんなことをお願いしてくる。そして、その台詞が恥ずかしかったのだろう。詩織は下を向いて話し出す。ふと、腹部に固いものを感じたが、多分手を俺の腹部に押し付けて心臓の鼓動で嘘でも見抜くつもりでいるんだろうか。
「二度同じことは言わないといったはずだ」
「じゃあ雄介は私のこと嫌い?」
 畜生、その聞き方は卑怯だろう。そんなことを言われたら俺はもう一度言わなくてはいけないじゃないか。
「……好きだよ」
「じゃあお願い聞いてくれる?」
 俺の答えにうつむいたまま質問で返してくる詩織、多分これはどれだけ愛されているかのテストだろう。もちろん答えないわけが無いだろう。
「全力でがんばるよ」
 俺のその返答に安心したのか、詩織は肩の力を抜いて、俺にもたれかかる。
「じゃあお願いはね……」
 詩織がまた俺のほうを向いて話し出す。この笑顔の為なら何をしても惜しくはないだろう。例えば、願いが抱きしめてほしいなら、俺はなにも言わず抱きしめてやるし、一緒に生きてこの島をでようなら、どんなことをしてでも生きてやる。そして、もしも復讐を止めてほしいというなら、止めてやる。それくらい俺の意思はかたかった。
「私の為に死んで」
 少しの静寂の後、そう笑顔で言ったかと思うと反発した磁石のように俺から身を話す。その右手と右手に握られている小型の銃を俺の腹部に残してだ。つまりは今まで感じていた固い感覚はこの銃だったのか。
 死んで下さい。か……。これは予想外だな。それに俺の周りの人間は武器を持っているのがデフォなのか?
「死んで?」
 俺がぼんやりと考え事をしていると詩織はさらに銃を俺に押し付けて催促をし始める。そんなに死んでほしいか。 
「ほら」
 俺は腹に銃を突き付けたままの詩織から銃を奪い取り、そのまま自分のこめかみに当てる。詩織も銃を奪われたときは驚いていたが、いつの間にか無言になり、俺の手元の銃を凝視している。なんでも聞くと言ったから別に死ぬのはかまわない。死んでほしいといわれたから。しかし、心残りがあるとしたら大西が殺せなかったことだな。大西に復讐するために沢山の命を奪った。それでもあいつには届かなかった。つまりはここまでの復讐の代価がこれというわけだ。俺の人生もここで清算のときか。
 俺はゆっくりと引き金を引いた。不思議と恐怖はなかった。だって、詩織の願いをかなえたのだから。
「バーン」

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