第三十七話〜無知の恥
「雄介、朝よ」母の声で起きている俺を近くで見守る俺。見るところ浮いているようだし、ほかの人からも見えていない。どうやら今度は霊体のようだ。
なんだか不思議な感覚だ。
「おはようございますー」
眠そうに目をこする幼き日の俺。
ふと、テレビから聞こえる時報に耳を傾けて、一瞬吐き気をもよおした。そうか、今日はあれの日か……。
たかしが死んだ夢を見た後の夢なのだから、そうなるとは薄々思っていたが、やはりつらい。
「早く御飯食べなさい」
「はーい」
のろのろと食卓につき、のんびり朝食を食べ始める俺。そろそろ出発の時間だろうに。
「ごちそうさまー」
俺はそう言うとランドセルに向かって、そのまま今日の用意をしている。
「うわー」
俺はいきなり頭を抱えて悲鳴を上げ始める。
「どうしたの」
母が慌ててやって来た。
当ててやろうか俺?ずばり宿題してなかっただろ。
「な、なんでもない」
俺は後ろ手に宿題のプリントを隠し持ちながらランドセルを背負う。
「行ってきまーす」
そのまま急いで玄関を出ようとする。
「待ちなさい」
そんな俺の背中に母の声がかかる。
「なに?」
俺がランドセルを背負ったまま振り向くといきなり抱きしめられた。
母はその瞳を潤ませながら俺の頭をなでる。
「ごめんね。ごめんね」
何故か母は俺に謝り続けていた。
あまりにも突然の出来事に俺は固まっていたが、それはしごくまっとうな反応だろう。
なぜなら、当時の俺には当然それの意味を知ることは出来なかっただろうからだ。しかし、今ならわかる。あれは別れの涙だったと。
「学校に行くから離してやりなさい。遅れてしまう」
いつの間にか現れた父が通勤用の鞄を持って、優しく母に話しかける。すると、母はすっと俺から離れた。
きっと俺の頭には母のなでてくれた優しい手触りと、柔らかな母の匂いが残っていただろう。
「行くか」
父が玄関へと進む。俺もそれの後について玄関へと向かう。
玄関を開け、後ろを振り向くと、既に涙を拭きとって普通を装っている母がいた。
何故、演技かわかったなんて単純なことだった、何故なら母の目には、ぬぐってもぬぐっても涙が沢山溢れて来ていたからだ。
「行ってきます」
「いってきまーす」
父が行ってきますをして俺が続く、毎朝の光景。その裏にとんでもない非日常が潜んでいたなど、当時の俺は当然もちろん知るよしもなかった。
これから友人が死ぬことも当然知らない。