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第二十話〜敵

「……だよ雄介……だって」
 なにらや辺りが騒がしい。
「……だってば」
 騒がしい音に渋々と目を開けると、そこには両手を組んで大きく振り下ろしている詩織の姿がうつった。
「やめっ……」
 俺のやめてくれと言う言葉は虚しくも聞き取られず、俺はその小さな両手に肺の空気をたたき出されて二度寝をする羽目になる。

「なにするんだよ、詩織」
 数分後、俺は叩かれた胸をさすりながら少し怒ったように尋ねる。
「雄介が起きないから悪いんだよっ」
 口から舌を出してウインクをされた。
 悪魔かこいつ……でも可愛いからよしとしよう。
 あれ?なんか間違ってないか俺?
「朝だからさっさと起きてよ」
 さっきとは変わって、少し頬っぺたを膨らませて怒りをあらわにするが、全く怖くはない。
 のんびり起き上がると、体の上からかかっていたと思われる上着が地面に落ちる。
 そいつを拾い上げてから泥を叩き落とし、詩織にありがとうと言ってから上着を渡すと、詩織はニッコリと笑って小さく笑う。
「今日はどうするの」
 まるで遊園地に来ている子供のように楽しそうに聞いてくるが、そんなに期待されても特にイベントはないし、この先きっと楽しい事より辛い事のほうが多いはずだ。
「雄介君、起きましたか」
 いつの間にいたのだろうか、海人さん達も俺を見ている。
 なるほど俺が最後と言うわけか……。
「とりあえず水の確保でもしませんか?」
 さっと立ち上がり乱れた服と髪を手で適当に整えて、まだ眠い意識の中でそういってみた。
 人間、水があれば一週間は生きながらえられると言うが、なければ三日といわれているので妥当な判断だろう。
「食料も探そう」
 溌剌とした声の意見が聞こえている。
 発言者はやっぱりと言うか当たり前と言うか、身を乗り出して手を挙げている海人さんだった。
「多数決しましょう多数決」
 海人さんが再び全員の真ん中に立ち、勝手に進行をし始める。
 しかし、いつの間にやることは全部多数決で決めることになったんだ?
「今日は食料と水を探しに行くというので良い方は挙手を」
 その提案に、全員が次々に手を上げる。
「では賛成多数で決定と言うことで良いですね」
 ニッコリと笑って全員にそう確認を取る海人さんを見て、近くにいた役立たず議員よりよっぽど議員らしいんじゃないかと思ってしまう。
「行動を開始してもいいですか、雄介君に詩織ちゃん?」
 何故か詩織を抜いた全員の視線が俺に向く。
「いいんですね『反対派』の方は?」
「ん?」
 海人さんをは腰に手を当てて人差し指をビシッと俺と詩織に指して聞いてくる。
 だから、似合ってないんだよそんな恰好。
「私は雄介と同じがいいー」
 詩織は俺に寄り添い主張する。
 そういえば多数決の時に手を挙げていない事を思い出す。
 以前、全員の目は俺に対して冷ややかで全員が敵に見える。
 それもそのはずで、多数決で少数派に回ると言う事は、多数派を敵に回すと言うことと等しいはずだから当然、全員から見れば少数派の俺は、『敵』と言うことになるだろう。
「すいません。考え事をしていて手を挙げるのを忘れていましたよ。当然俺も賛成ですよ」
「じゃあ私も賛成ー」
 詩織もすぐに反応して二人とも多数派に混ざると、その瞬間に俺と詩織を見る目がいきなり優しくなったような気がした。
 ここで俺は、この無人島で生きていく中で多数決で多数派にまわることがどれだけ大切かを思い知った。
「では、満場一致で決定と言うことで」
 海人さんもなんだか嬉しそうに笑いかけてくる。
「じゃあ食べ物でも探してきますよ」
「私もー」
 一人立ち上がり、さっさと捜索に専念しようと歩き始めると詩織も当然のように後ろをついてくる。
 わかっていたことだし俺も当然ついてくると思っていたので、少し歩むスピードを緩めてやると嬉しそうに詩織が隣に駆け寄ってくる。
「雄介君勝手な事をせずに多数決で……」
「なんでもかんでも他人の顔をうかがってたら何もしないうちに日が暮れますよ」
 振り返りもせず片手を振りながら食料を探しに消える。
「水でも確保しておいてくださいね。そっちの方が重要ですから」
 もう聞こえているかわからないがそんな言葉を置いて。

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