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第十九話〜除菌

 結局、詩織を怨みの目から守ろうとして、後ろ向きのまま歩いて来てしまった。
 どう考えても途中で、抱っこに切り替えた方がよかっただろうに……何で思い付かなかったんだろうか。
「うーん」
 詩織が背中でもぞもぞと少し動いた。
「まったく……」
 俺は壊れ物を扱うようにゆっくりと背中から詩織を地面に下ろし、木の近くに寝かせて上着をかけてやり、その近くで詩織を眺める。
「ここに居たんだね雄介君」
 いきなり暗い闇の中からヌッと海人さんが出てくる。
「どうしたんですか?」
 高鳴る胸の動機を押さえて聞き返す。正直まったく気配を感じ取ることができなかった。
「みんなどこに行ったのかなって思ってね」
 海人さんは見つかってよかったと思っているのだろうか?安心たようすで話す。
 確かにあの時はみんなさっさと先に進んでいたな。
 薄情者め。
「桜木さんをしらないかな?」
 恭子さんだけ聞くってことはそれ以外の人間はそろっているのだろう。
「さぁ知りませんよ」
 俺は両手を肩の位置まで上げて知らないとジェスチャーもつける。
 多分今頃殺菌中だろうがね。
「そうか……」
 海人さんは肩をがっくりとうなだれて再び闇に消えようとする。
「あの」
 そんな後ろ姿に思わず声を書けて自分でもはっとする。
 特に用事がない……。何で声をかけたんだ?
「なんだい?」
 海人さんは少し疲れた風に振り返り尋ねる。
「いえ、特には」
「そうか」
 再び海人さんは闇に消えようとして今度は自分から止まっり、くるりと向きを変えて思い出したように伝言を残した。
「私達は少し離れたところに全員いるから何かあったら呼んでね。後は、桜木さんが来たらちゃんと伝えてくださいよ」
「了解しました」
 だらし無く右手を上げて頭の高さまで持って行きスッと手前に切る。
「敬礼するならもっときっちりしないとダメだよ」
 少しだけ真面目な顔で言い残して海人さんは闇に消えた。少し怖かった。
 人が居なくなって安心して一つ大きなため息をつく。
 しかし、全くもって疲れる一日になってしまった。最初は二人だけだったのに今は八人、いや今は七人になっているだろうがな。
「フフフ」
 闇の中から再び声がしているが今度の声は少し様子が違うようだ。
「誰だ」
 闇に向かって短く鋭く声を発する。
 もちろん腰のナイフに手を伸ばしてだ。
「どうもー」
 闇の中から聞こえてきたのはどこか外れた調子の高めの声だっであったが、特徴的に多分恭子さんの声だろうな。
 相手は俺とわかっているようで安心きったようすでガサガサと茂みを揺らしながら現れた。
「どうもー」
 やたらと上機嫌のような声だが、目には涙を浮かべていると言うちぐはぐな恰好で、明らかに何かがあったというのがわかる。
 もっとも足元のハイヒールの色が明らかに赤く染まっているのを見れば何があったかはわかる。
「何かあったんですか?」
 まぁ、大体予想はついているが俺は心配そうに尋ねる。
「人殺しちゃってねー」
 心底愉快そうな、高い外れた調子の声でぺらぺらとしゃべり始めた。
「あいつが悪いのよ、私のカンパン奪ったし、うざいし、感染したし、うざいし、カンパンだし。大人しく私たちからすぐに離脱していればこんな事にはならなかったのよ! そうよ私は何も悪くないわ。あいつらだって除菌とか言ってたんだし、私もそうよ」
 話す声はどんどんと大きくなり、手ぶりも大きくなってきてものすごく感情が高ぶっているようだ。
「でも人殺しは人殺しよね……私はなんて事をしたのよ」
 かと思うと今度はいきなり頭を抱え込み、声もだんだん小さくなり、地面にひざを立てて辛そうな声を搾り出していた。
「でもでも……」
 そんな感情のスイッチの切り替えを見ていると、俺はまるで三流役者の芝居を見ているかのような複雑な気分になった。
 しかし、見ていて哀れだと思う。いつまでも罪を犯したか犯してないかということに振り回されずに罪ときちんと向き合うということが大切だというのに気付かないなんてな。
「私はただ……」
 悲痛な声が闇に溶けて聞こえなくなってくる。
 今日の闇はすべてを覆い隠してくれるだろうか?

第三章完

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