第十八話〜魔女裁判
それはただの多数決だったが当事者の武内からすれば裁判だったに違いない。「賛成の場合は挙式、それ以外の場合は挙式しないでください。なお、この多数決の結果は絶対です」
「待ってくれ、死にたくない」
無常にも武内の悲痛な叫びだけが響くなか採決は始まる。
「ではこれで多数決を終了します」
結果は武内の真っ青な顔を見れば採決に参加しなくてもすぐにわかる。
「嫌だ嫌だ嫌だ……」
武内は壊れたレコードのように何度も何度も同じことを繰り返し繰り返しつぶやいている。
結果は追放に賛成が五人、反対が一人、その他が二人だった。
その他の二人というのは恭子さんと神条の二人で発案は菌の掃除だった。
「じゃあ頑張ってくれよ」
俺は右手を上げて呆然と立ち尽くす武内に手を振ってやる。
「嫌だっ!」
武内はしぶとく俺達と距離を開けてついて来ていた。
往生際が悪いやつだ。
「感染者となんか一緒にいられるか」
大西はそうヒステリックに叫ぶとさらに歩をはやめる。
それにつられて残りの人間も歩をはやめるが武内もまた、同じように歩をはやめる。
「やっぱり殺しておけばよかったんだ」
大西が一人毒づいて恐ろしいことを言い始める。
「そうよ今やらなかったら私たちが感染するかもしれないじゃない」
恐ろしいのはそんな物騒なことを言う人間が一人ではないということである。
「ですがなにも殺さなくても……」
このまともな意見は海人さんだがなぜか今の状況だとさも海人さんが間違ったことをいっているかのような状況である。
「いや殺しておくべきだ」
「そ、そうだ多数決! 多数決の結果は追放の方が賛成が多かったんですから……」
海人さんは思い出したように手をついて自分の中の切り札を使う。
「海人さん、それならもう意味はないと思うよ」
大西が不気味に笑う。
「なんですって?」
「私が武内君の掃除に賛成しよう」
大西は笑いながら、すっと右手を上げる。
「大西さん……」
海人さんは驚いているのかあきれているのか何も言わない。
「これで3vs3だな。こっちには強行する権利も生まれた」
神条さんがえらそうに胸を張る。
「それは違いますよ」
もはや無茶苦茶になった討論でも海人さんは必死にまとめようとしてがんばっている。
「知ったことじゃ無いね」
そういって神条と恭子さんの二人は武内のもとに歩み寄っていく。
「武内ぃ」
神条が明らかな敵意を込めて呼び掛ける。
「ひっ」
いくら空気の読めない武内でも今自分が置かれている状態がわかっているようで、真っ青な顔で脂汗までかき始め、震えながら答えた。
「お前を今から殺すから」
恭子さんがニッコリとわらってやさしい声で語りかける。人間怒りを超えると笑みになるのだろうか?
「嫌だ」
武内は心の準備が出来ていなかったのだろうか?いきなりの「殺す」という単語と自分に向けられる殺意に固まってしまっていた。
「じゃああばよ」
殺すといってもこの二人は武器らしい武器はもっておらず、必然的に武器は体だけになるわけで、殴る蹴るしかない。
突っ立っていた武内の腹に神条さんの蹴りが刺さる。
ものすごい音と同時に武内の体が本来曲がらない方向に曲がる。
「よくも飯を取ってくれたね」
恭子さんはひたすら足蹴にしている。その顔はやたらと満足そうだ。
「痛い痛い」
武内はなめくじのようにはいずり回りながら必死に逃げようとする。
「死ねっ死ね」
さすがに目の前で何度も殴られている人間を見て入られない俺はポケットのナイフに手を伸ばして三人に近づく。
もしものときは実力行使をしなくてはならない。
「ちょっとお二人さん」
いきなりかかった後ろからの声に、ナイフに伸ばした手を引っ込めて声に耳を傾ける。
「さっさと除菌してくださいよ、感染したら困る」
その声は大西は心底嫌そうな顔をして吐き捨てる。
自分では手を出さないというのに平然と人に指図ばかり、そんな大西の態度に体の温度が少し上がり再びナイフに手をのばしかけたがまだその時じゃ無いと我慢する。
「はやくしてくださいね」
大西は二人に念を押して離れて行ってしまった。
「これだからお偉いさんは」
神条は完全にやる気を失ったようで武内から離れ始めた。
「ちょっとなんなのよ」
残っていたのは俺と詩織と恭子さんと武内の四人だけになってしまっていた。
「あんた手伝いなさいよ」
恭子さんは俺を指差しながら顔を真っ赤にしてヒステリックに叫び始める。
「俺は賛成してないから手助けする必要性がないはずだが?」
「いいわよ私一人でやるわよ」
恭子さんは再びもう虫の息となった武内に向き直り何度も何度もけりまわす。
「行こうか詩織」
こんな退屈な茶番劇を詩織に見せ続けるわけには行かないしな。
「んーふぁーい」
ずっと歩き続けたせいか詩織は眠そうに目を擦っていた。
そういえば当たりはもう夜だ。
「しかたがないな」
俺はその場にしゃがみ込んで背中を見せる。
「なーに?」
さっきより眠そうになっている。
「眠いんだろう?乗れよ」
「ありがとうー」
詩織は俺の背中に乗ると力無くぶら下がって寝息をたてはじめた。
「助けてくれよ」
武内の悲痛な叫びが聞こえる。
俺はそんな叫びを正面から受けながら後ずさっていく。
「おんぶじゃなく抱っこの方がよかったな……」
なぜなら、俺が普通に歩けば詩織がその小さな背中に怨みの瞳を背負わなければいけないからだ。だから、俺はこんなマヌケな恰好をして歩いている。
「ごめんなさぃー」
背中で小さく懺悔の声が聞こえたが、いったい何への懺悔なのだろうか?少なくとも俺よりは罪深くはないだろう。
「すまないな」
詩織に習って俺も懺悔する。
沢山の人を殺してしまったことよりもその罪を背負った背中で罪無きものを背負っていることに対して。
「やっぱり少し重いかな」
それでも俺が背負った罪よりは軽い。
だが今はこの重さが心地よくいつまでも背負っていたいとさえ思えた。