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第一話〜ナイフ

「準備完了っと」
 俺はこれから出かける海外旅行の用意を詰め込んだキャリーバックを飛行場の荷物用コンベアに乗せて一息つく。
「きゃー大西さん」
「こっち向いてください」
 キャーキャーと耳障りな黄色い声がロビーで聞こえている。
 今回乗る飛行機には、あの大物政治家の大西翔と、その家族も乗り合わせることになっていて、そのためかロビーはマスコミやらファンやらで通勤ラッシュ時の満員列車のようになっている。
「今回の海外への旅行にはどのような意図が?」
 取材陣の中の一人だろうか、キャスタらしき女の一人がマイクを向けて質問をする。
「ただの旅行ですよ」
 そういうと、大西は真っ白な歯を覗かせてにっこりと微笑んでいる……恨めしいほどのいい男だ。
「今後の政策について一言」
 さっきのキャスターがしつこく質問を繰り返す。
「何事にも全力で取り組ませていただきますよ」
 まったく政治家ってのは、決まった事しかいわないロボットなのか?
「うわさになっている一家の惨殺への関与は?」
 そうキャスターが聞くと、今まで周りに振りまいていた笑顔が一瞬にして凍りついて明らかに動揺の色を表す。
 しかし、すぐに仮面でもかぶるかのように、いつもようにすぐに笑顔に戻り。
「私には関係のないことです、惨殺された家族の遺族の方にはお悔やみ申し上げます」
 そう言うと、あとの質問は答えずさっさと飛行機に乗り込んでいってしまった。
「おい、雄介何やってんだよ」
 そんな様子をボーっと見ているとふと声がかかる。
 声の方向を見ると、そこには細身の、いかにもいまどきというような服装の若者が俺の名前を呼んでいた。
「すまないな前田」
 なぜ謝っているのかはよくわからないがとりあえず謝る。
 ちなみに前田とは大学の同級生だ。
「なぁ、機内にナイフってどうやったら持ち込めるかなぁ?」
 何の脈絡もなくいきなりそんなことをいいながら、嬉しそうに手に持った刃渡り十センチくらいのコンバットナイフを握って語りかけてくる。
 俺がやれやれといったように肩をすくめて首を振って無理だろうというリアクションをしてやると、 
「じゃあ、もしできたら?」
 そういって、前田は口元を吊り上げていかにも「何か秘策があります」といった顔をして俺を挑発をしている。
「そうだな二万やるよ」
 そういうことならこちらも、のらないわけにはいかない。
「本当か」
「だが無理だった場合は、俺が二万をもらうぞ」
「了解」
 前田が、口元を吊り上げてうれしそうにしていたので、俺は前田と同じように口元を吊り上げて不敵な笑みを漏らした。
「さて、どこに隠そうかな」
 前田はいきなり自分の服をひっくり返して、どこかナイフを隠せる場所がないか必死に探していた。
(秘策はなかったのか……)
 そんな、哀れな前田を放置して一人機内に乗り込んで、空港に来る途中に興味本位で買ったサバイバルブックに手を伸ばす。
「雄介ー見てくれよー」
 いきなりの嬉しそうな前田の声に俺は読んでいたサバイバル本を置いて隣を見ると、そこには前田が進級できたときのような笑顔を浮かべていた。
 もちろん、その手にあのナイフを持って。
「機内に持ち込むの割と簡単だったぜ。あとで二万な」
 前田は、相当嬉しかったようで上機嫌で語りかけてくる。
 まったく、二万のためだけのために危険を冒すのはどうかと思うが、後でどうやって持ち込んだのかじっくり聞きたいものだ。
「二万だぜ二万」
 やたらとしつこく何度も聞いてくる前田を適当にあしらって再び本に集中する。
「チェスでもしようぜチェス」
 また、いきなりそういうとさっきのナイフを腰にぶら下げてから、俺の返答も待たずにナイフ同様どこからかチェス板を取り出して勝手にせっせと準備を開始した。
「これも金をかけるか?」
 俺はにやけながら聞いてやる。
「おまえとは頭脳系のゲームの賭けはやらないさ」
 前田は悔しそうに顔をゆがめる。
「そりゃ懸命な判断だ」
 笑いながら答えてやる。
「準備できたぜ」
「そうか」
 こうして結果のわかりきった勝負は始まった。
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