第十話〜こんにちは他人
本でしか見たことの無いような背の高い木々を間を縫ってひたすら歩く。目的地は多分あの煙が上がっている場所。俺を容赦ない日差しで丸焼けにしようとする太陽をにらめ付けながら、着ていた上着を脱ぐ。
しかし暑い。夜はこれが無いと寒くて死にそうだというのに日中はこれを着ていたら逆に死にそうだ。
出発したのは確か今朝のことだったのにもう何日も歩いているような錯覚に陥る。そして歩いていた理由も忘れそうになるくらいに疲弊していた。目的地は多分あの煙が上がっている場所だったような気がするし、そうでないような気もする。
「雄介ー」
たぶん俺の名前だろう『それ』を呼ぶ、気だるそうな声が聞こえてくる。
「もう動けない」
そう言うと目の前の少女は近くの木にへたり込んでしまう。止まり自分もそれに習って近くの日陰にへたり込む。
「……まだ休むか?」
疲れ切った体でもともな判断ができるくらいに体力を回復させてから、答えは聞かなくてもわかるような質問をする。答えは当然YESだろう。
「暗くなる前にたどり着かないと危険」
帰ってきたのは俺の予想していた反応とは違っていた。
「なら休憩はなしだな」
その答えには驚いたが、仕方ないとばかりにさっさと場を立ち上がり歩き出す。
「でも歩けません」
「どうしろというんだ?」
背後からかかる声に足を止めて聞くと、詩織はにっこりと笑うと両手を合わせてウインクをくれた。
「いやだ」
これ以上つらい思いはしたくない。
「おねがいー」
両手を合わせてこちらを見ている。
「こ、断る」
心が揺さぶられた俺が恥ずかしい。
「お願いよ」
「だが断る」
「ガンバレーガンバレー」
結局、俺は背中に小型のスピーカを背負うことになってしまった。
しかたないだろう、あんな目で見られて断れるはずがないじゃないか。それにウインクももらったし。
いや、俺は別にロリコンではないからウインクが嬉しかったとかそんな理由では絶対にない。
「まだつかないの?」
「さぁ」
背中のスピーカーは沈黙を知らないのかと思うほどによく話す。いい加減付き合うのにも疲れてくる。
スピーカーを背負い始めてどれくらい経っただろうか、俺は目標としていた煙の場所までかなり近づいていた……と思う。
「雄介。人よ」
スピーカーはどうやら人の気配を感じたみたいだ。
「どこだ?」
俺にはさっぱりわからないので尋ねてみる。
「あそこよ。あそこ」
そうい言うと詩織は背中から飛び降りて走り始める。もちろん俺は放置したままだ。
「まったく」
背中に感じたぬくもりが無くなり、のそのそとそのぬくもりの元へと歩を進める。
「誰だっ」
茂みから出た俺はいきなりの敵意のこもった声と、いくつもの瞳から敵意を受ける。確かに殺意を抱かれるようなことはしたがここにいる連中は誰もそのことを知らないはずだ。
「雄介ー」
詩織は多くの人間の中でこっちに向かって手をぶんぶんと振っている。
まったく、こっちの気も知らないでのんきなもんだ。あちらには敵意はないというのにこちらには敵意ビンビンか……不条理だ。
「あれの同行者です」
ため息を一ついてから、詩織を指差して言うと敵意は消えたようで、すんなりと俺を迎え入れてくれた。しかもなぜかやたらとほほえましい瞳で。
「やっと着いたね」
「あぁ」
詩織との会話もそこそこにして俺は周りの捜索を開始する。
まず、初めに見につけたのが今まで目指してきた煙の正体だった。
煙の正体は、生存者が救難のサインにと燃やしていた火だった。
そして、その火の近くには無残に地面に突き刺さった飛行機と丁寧に並べられた無数の死体があった。
「ここで救助を待ちながらみんなで助け合いながら細々とやっています」
いきなり声がかけられる。
「その死体の山はみんなで運んだんですよ。すごい光景でしたよ、まさに地獄ですね」
聞いてもいないのに声の主はペラペラと説明してくれる。声の主を見ると、太めのいかにも中年といった、人のよさそうな顔の男が立っていた。
「これは申し遅れました。私は井上海人(いのうえかいと)です」
俺が不思議そうに見ていると、何を思ったのかいきなり自己紹介をしてくる。
「そうですか」
そう言ってさっさと立ち去ろうとすると声に呼び止められる。
「そうですか。ではありませんよ、あなたのお名前は?」
「言う必要はあるのか?」
「有りますね。私は名乗りました。だから貴方も名乗ってください」
そんな無茶苦茶な理由で名前を結うのは癪だが別に名乗ってもデメリットは無い。
それにこの親父には何かとてつもないものを感じる。
「雄介」
「雄介さんですね」
短く名乗ってさっさと立ち去ろうとするがまた呼び止められる。今度はなぜか手を差し伸べてきたままで。
「よろしくお願いします」
もう反抗をするのも面倒なので、俺は素直にその手を握った。
男は嬉しそうに俺の手を上下に振って満足そうに手を離してくれる。
俺はやっと男から解放された喜びを感じつつ、ここに来た最大の意味を果たすために、再び死体に歩み始める。
ずらりと並ぶ死体には特に何もされておらず、本当に運ばれただけのようだった。
「さて」
一息ついてからここに来た意味、つまり両親を殺した議員の生死を確認し始める。議員の死を祈りながら。