第14話〜恐怖心
「あー面白かった」結局、本当に絶叫系アトラクションを制覇してしまった俺達。
太陽もすっかり傾いてしまい、辺りも薄暗くなってきた。
もう当分遊園地にはいきたくない。
「最後はあれー」
今日の移動中ずっと俺の腕を抱いたままだった恋は、最後の最後まで俺を離すつもりはないらしい。アトラクションに連れて行かれる俺は、次が楽なものである事を祈るしか出来なかった。
「じゃじゃーん」
もう絶叫系は制覇したはずだが、この恋の嬉しそうな声を聞く限り何か隠しのアトラクションでもあったのかと、どきどきしながらゆっくりと目を開ける。
「観覧車?」
そう、目の前にあったのは観覧車。とてつもなく速い訳でもなく物凄くGがかかるわけでもない普通にゆっくりと回転する観覧車。
嬉しそうに観覧車を見上げる恋を見て俺も嬉しかった。ここに来てやっと遊園地で怖くない遊園地らしいものに乗る事が出来る。
嬉しそうに俺を連れて行こうとする恋だったが、俺の体はほかの力によって止められる。
「これ以上あんたの好きにはさせなわいよ」
俺の腕をつかんでいたのは可憐さんだった。何故俺がつかまれているのかはわからないが、ともかく二人とも俺を離す気はないらしい。
恋と一緒に観覧車に乗ればすべてが終わると思っていたのに、ここにきて問題発生とはついていない。
「あんたはずっと連れまわしてたんだからもう十分でしょ」
可憐さんの力が強まり、俺はよろついて一歩可憐さんに近づく。
「いーえ、こいつは一日あっても気づきませんよ」
俺が何に気づかないのかはわからないが、確かに俺には今引っ張られている理由はわからない。
そして今度は恋の力が強まり、恋のほうに一歩よろける。
二人の力は拮抗しており、二人とも一向に譲る気配はない。だから、どちらかに諦めてもらわないと俺は裂けてしまう。
「恋、可憐」
ここにきてやっと場を収めてくれそうな人間、麗子さんが登場してくれる。これで俺もきっと安全だ。
「独り占めはよくない」
と思ったのが甘かったらしい。そう言うと、俺を助けて者だと思っていた麗子さんまでもが引っ張り合いに参加する。
このまま三人に引っ張り続けられれば本当に裂けてしまうかもしれない。
俺はわずかな望みを込め、藤村に助けを求めようと姿を探すが、見当たらない。花梨はこっちを見て笑っているし、黒須さんはきっと戦力外だ。
「く、くじで決めよう」
なんとか搾り出した言葉で三人が引っ張るのをやめてくれる。裂けずにすんだようだ。
「何でお前ばっかりなんだろうな」
そういいながら俺を恨めしそうににらんだ藤村の手には、くじが握られていた。なんとも準備のいいやつだ。と言うかさっき姿が見えなかったのはこれのせいか?
全員参加だからとかたくなに首を横に振る黒須さんも交え、全員がくじに手を伸ばす。
藤村曰く、くじは三人のペアが二つ、残りは一人ぼっちらしい。
「せーの」
藤村の声で一斉に全員がくじを引く。神様、どうか俺に慈悲を。
「わー高い高い」
目の前で花梨がはしゃいでいる。まったく、兄として恥ずかしい。
結局くじの結果は俺を引っ張り合っていた三人。俺と黒須さんと花梨。そして残りは藤村一人と言うわけ方になった。
まぁあの三人が俺と一緒ではないのだから当たりと言えば当たりだろう。
「あにぃ、夜景がきれいだよ」
どんどん高度を増していく観覧車。それに比例してテンションのあがる花梨。本当に子供っぽい。
しかしだ、花梨がはしゃぐのもよくわかる。なぜならば、眼下に広がっている風景は、夜空を水面に移したときのような美しい輝きを放っていたからである。
「黒須さん、あんなに夜景がきれ――」
俺もかりんと同じようにはしゃいだままで声をかけようと黒須さんのほうを向くと、おかしなことに気がつく。
花梨のテンションが上がっていくごとに黒須さんのテンションが下がっていっている事に。しかも、黒須さんは死人のように顔を真っ青にしている。
「もしかして黒須さん高所恐怖症?」
俺がそう聞くと黒須さんは震えながらも一度だけ、ゆっくりとたてに首を振った。なるほどね、だから今日一日まったくアトラクションに乗らなかったわけか。
しかし、乗ってしまったものは仕方がない。ゆっくりと一周して地面に帰るのをじっと我慢してもらうしかない。
目をぎゅっと瞑って小さく震える黒須さんをどうにかしてあげたかったのだが、俺にはどうする事も出来そうにない。
やがて観覧車も頂上付近にさしかかり、花梨のテンションも最高潮に達する。かと思われたが花梨は目をこすりながら眠そうにし始めている。はしゃいだ後はすぐに眠くなると言う所はやはり子供っぽい?
「おねーちゃん」
ふらふらと俺の隣から黒須さんの隣まで歩いていき、そのまま黒須さんにもたれて眠ってしまう。
「ご、ごめんね」
ふがいない妹を恥ずかしいと思いながらがちがちに固まったままの黒須さんにもたれている花梨を自分のほうに連れ戻そうと立ち上がった。
その時だった、あれほど明るかった夜景がいきなり輝きを失い真っ暗になる。
もちろんそれを同じくして、丁度頂上にいた観覧車は動く事を破棄した。
「停電か……珍しい」
どうせすぐに元に戻るだろうと席に座る。こういった大きな施設には予備の電力くらいはあるだろう。
まだ、目が闇に慣れていないのに動いたら黒須さんに何をするかわかったものじゃない。ストーカーに加え、変態なんて称号がついた日には俺はどうしたらいいかわからなくなってしまうから今は動かないことにする。
「黒須さん? 今から花梨を受け取りに行くよ」
目が闇に慣れてきたので俺はもう一度席を立ち、黒須さんに近づく。
暗闇の中でかろうじて見えたのは、相変わらず目を硬く瞑ったまま小さく震えていてる黒須さんと、幸せそうに眠る花梨の顔だった。
「じゃあ花梨もらうよ」
俺が花梨を抱かかえて動こうとしたときだった、俺の行動はまたしても停止する。
今度の原因は俺の手が、手冷え切った手によってがつかまれているということ。
「一人にしないで」
なんとも消え入りそうな震えた声。そんな声を聞いて離れる事が出来るだろうか?
俺は一度は浮かした腰を、今度は黒須さんの隣に落ち着ける。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
ぐっすりと眠っている花梨を自分の膝枕で寝かせてやり、俺の腕にしがみついたまま震える黒須さんにやさしく言葉を掛けてあげる。
しかし、その声も黒須さんにあまり届かなかったようで、震えはいっこうに収まらない。
「目を開いてごらんよ、今なら真っ暗だから高いのなんてわからないよ」
俺がそういうと黒須さんはゆっくりだったが目を開いてくれる。
しかしタイミングが悪かった。丁度、黒須さんが目を開け切る頃に町の電力が回復してしまい町は少しずつ明かりに包まれてきてしまう。
「嘘つき」
そういって今度は完全に俺に抱きつく形になってしまう黒須さん。これは見ようによっては非常にまずいような気がする。と言うかまずい。
しかし、今のが相当ダメージらしく黒須さんの震えは増していた。
「ただいまこの観覧車は停電によるトラブルのため一時停止しております。運行再開はおよそ三十分後になります」
観覧車内に取り付けられていたスピーカーからは、残りの時間を示すアナウンスが流れてきた。
三十分ね、三十分もこの抱きつかれたままの状態はとてもおいしいが非常にまずい。何とかして黒須さんには離れてもらうしかない。
「あの、黒須さん?」
声をかけるが俺の胸に抱きついたまま離してくれる様子はない。と言うよりか後三十分と聞いて泣き出してしまっている。
黒須さんを泣かしてしまったのはこれで二回目か?まったく……最低だな俺は。
俺の膝枕の上で寝ている花梨。ただ俺の胸で泣いているだけの黒須さん。周りから見れば二人の女子に囲まれていると言う俺は、それなりにおいしいポジションだろう。しかし俺の場合はそうでもない。
もしこんな状況をほかの誰か、そう、あの三人のうちの誰か一人にでもに見られたらと思うとぞっとする。
それに、女の子を泣かしたままと言うのは非常に心苦しい。
「泣かない泣かない」
泣いている姿を見たくない。そんな思いが起こした行動はあまりにも単純すぎた。
俺はいまだに胸で泣き続けている黒須さんの頭を優しくなで、そんな言葉を口にしているのだった。
これでは一人の女性を子ども扱いをしているようで失礼かもしれないが、俺もちょっと前に同じような扱いをされたんだ、これでノーカウントだろう。
――泣かないの、男の子でしょう。
それは俺が黒須さんがいつまで立っても目を覚ましてくれないのと、絶望的な状況から脱することが出来たという気の緩みで泣きじゃくっていた俺に掛けられた言葉だった。
あの時の言葉、何かが引っかかる。そして今の状況も。
ぼんやりとしか思い出せないが、昔に同じようなことがあったような気がする。
あの時のように泣きわめく俺を、
「ゆうくんはおとこのこだからなかないの」
といってやさしく慰めてくれたり、ある時は今のように俺の胸に抱きついてわんわんと泣いていた少女がいたような気がする。
考えて見ても肝心な事はまったく思い出せないが、確かにいたような気がするのだ。そう、確か黒髪がきれいな女の子で名前はあーちゃん。
まさに今の黒須さんはあーちゃんにそっくりだ。だから俺も、僕だった頃のようにこうして女の子の頭をなでてあげられるのかもしれない。
「黒須さんって、昔――」
「大変長い間ご迷惑オおかけしましたが観覧車の点検が終了しましたので、ただいまより運転を再開いたします」
俺の聞きたかった質問は、むなしくも、途中でこの状況を抜け出す合図となるアナウンスによってかき消されてしまった。
タイミングが悪い。今までは早くならないかと思ったのに、こうしてみるともう少し待ってくれてもよかったのではないかと、身勝手なことさえ考えてしまう。
今、ゆっくりと俺は地上へと降りていっている。
それは嬉しいことなのだろうけれど、この胸の重さや、この手の中にあるここちよい髪の感覚とお別れと考えると少し残念だ。
「黒須さん。下まで来たよ」
眠る花梨を背負い、ウサギのように目を真っ赤に黒須さんの手を引いて、俺はようやく大地に足をつけた。