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第二十六話〜死に方

「いくぞ」
 それは俺が詩織の手をつかんで、走り出すために一歩踏み出した時だった。
「全員動くな」
 いきなり背後から大きな破裂音と大地を割らんとする大きな叫び声が聞こえてくる。
 俺に駆け出すことは叶わなかった。
 くるりと向きを変えると先程の生徒たちの集団から死の臭いがする。
 案の定、男子生徒の一人が血を流して事切れていた。
「よくも逃げてくれたな」
 元ハイジャックの一人は邪悪に微笑み銃口を生徒に向ける。
「待ってくれ」
 やっぱりドラマの教師みたいに銃口の前に立つなんて事はしなかったが、叫ぶだけましか。
 後ろでは生徒同士が抱き合ってぶるぶると震えている。
「まぁいいか。それより、飯と女だ」
 教師のおかげで殺すことに興味をなくしたのか、飢えた獣のように目をぎらつかせながら目的のものを探す。
 生徒たちは安心したようで、体をぽりぽりとかいている。
「女はこいつらでいいとして」
 流し目で見られた生徒は怯えて泣き出すものさえいた。
 いやそこの男子生徒、君は大丈夫だから泣くな。気持ち悪い。
「飯持ってねぇか」
 生徒たちは思い切り首を左右に振っている。
「お前らは」
 当然首を振る方向は横。あっても渡すわけがないだろう。
「役に立たないな」
 元ハイジャックは舌打ちをしてから女を物色し始める。
 女生徒は何とか選ばれないようにと俯いて小さくなっている。
 そんな中で一人の女生徒が腕を掴まれた。女子生徒はキャーだの、やめてーなんて泣き叫んでいたが、銃を突き付けられた瞬間
には黙りこくってしまう。
 元ハイジャックはいやらしい笑みを浮かべながら女生徒の服をぬがし始める。
 女生徒はまた何か叫んで抵抗していたが、それはかえって元ハイジャックを喜ばせるだけで、どんどんと生まれたときの姿に近
づいていく女生徒。
 しかし、涙目の女生徒とは対象的に、嬉しそうに服をぬがしていた元ハイジャック犯の手が、いきなりピタリと止まる。
 しかもある一点を凝視したまま。
「ハズレか」
 凝視されている場所はちょうど胸の辺り。
 別に女生徒の胸が擬装だったとかではなく女生徒の胸には感染者の印である白と黒のしましまがくっきりと浮かび上がっていた
のだ。
 もう用は無いとばかりに突き飛ばされる女生徒、その表情はどこか安堵に満ちていた。
「え……あ?」
 たが、次の瞬間には女生徒は胸から血を流して倒れてしまう。
 近くにいた女生徒は悲鳴を上げようとしたが近くの生徒に口を押さえられる。
 賢い選択だ。
「何だお前ら全員感染してるのかよ」
 詰まらなそうに言うと生徒には興味を無くしてこちらを見る。
「あんたの相手なんてごめんよ」
 詩織は挑発的な目で男をにらむと舌まで出した。
 しかし男は笑いながら。
「俺はロリコンじゃないからこっちから願い下げだよ。おじょうちゃん」
 詩織は何か言おうと暴れ出しそうだったが何とか捕獲に成功する。
 また、すねを蹴られた。痛い。
「おっ」
 見回りをしていた男が、首を痒そうにかいていた恭子さんを見て、嬉しそうに歩み寄る。
「ふむ」
 上から下を舐めるように見てから頷く。見事合格らしい。
 女生徒と同じ様に服を剥ぎ取ろうとするが、恭子さんもかなり抵抗をする。
 抵抗に一瞬怯んだところで恭子さんは男を蹴った。
 しかもナニを。悶絶しながら転がり回る男を見て、なぜか俺もまたがむずむずした。
 この痛みは男にしかわからないだろう。
「貴様」
 転がりながら男は呻く。芋虫みたいだ。
「五月蝿いのよ」
 何と恭子さんは芋虫まで近づきこれでもかと顔を蹴飛ばした。勿論、男は意識を無くして動かなくなる。
「いい度胸だ」
 もう一人の男が感心したように頷き、銃口を向ける。
「あんたも五月蝿いのよ」
 恭子さんが股に蹴りを入れようと足を伸ばす。
 が、しかし、その足は男の股には届かず地面に落ちる。
 ここで離脱か、あっけない最後だったな恭子さん。
 恭子さんの死体が辺りを真っ赤に染めていくのを見て、周りの奴がまたわーきゃー喚いているが俺には関係のないことだ。
 まぁ、人を殺めた罰といったところだろう。
 しかし、そう思ってふと気付く。
 なら俺も『まともな』死に方はしないな。
 絶望と恐怖が蔓延しているこの空間で、俺だけが一人ほくそ笑んでいた。
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