第47話〜予知夢
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第47話〜予知夢

 文化祭を前日に控え、私は彼の家にいた。これだけならばかなり聞こえはいい。だが、現実はどんなに甘くは無いものなのである。
「明日だ明日」
 なにせ私の目の前には彼の姿ではなく、今の時間帯とは不釣合いなテンションの藤村君が椅子に乗ったまま前後へとギシギシと椅子をきしませながら動いているのだ。いつかこけてしまうから危ない。というか、目の前でそんなにはしゃがれるとこちらがげんなりとしてしまうからやめてもらいたい。
「とうとう、来たわけね……」
 そしてもう一人、私の隣で魂を抜かれたようにぐったりと脱力したままの恋ちゃんが横たわっている。よほどお化けがイヤなのか、それともずっと我慢してきたのがここにきて緊張の糸が切れてしまったのか。それは分からない。
 だが、はっきりいえるのはこの状況は間違いなく恋だの愛だのを語る空間としてはふさわしくない物だという事だ。それに彼と二人きりになるのは限りなく不可能に近いだろう。なにせ恋ちゃんも藤村君もこの部屋を一歩も動く気が無いのだ。彼をつれて部屋を出るというのもアリなのだが、あいにく今日はそうはいきそうに無い。だって、ここはいつもの彼の部屋ではなくリビング。しかも、丁度彼の家で夕飯をいただいた後なのだ。彼と二人してどこかに行こうものなら周りから何を言われるか分かったものではない。
「次のニュースです」
 リビングに設置されているテレビが、どこかでおきた何とかという事件を紹介している。今、目の前で報道されているのは確実に自分の国のことなのに、どうしてか危機感を感じる事ができない。と、いうかああそんなことが有ったのか。程度しか感じることができない。実際、目の前で報道されている事が自分の身に降り注いだとき、私はどうするのか。そしてそれを報道された人は私をどのように感じるのか。それを考えると、ニュースというのは自分の感覚を麻痺させているのかもしれないと思う。もちろん思うだけだ。別にどうしようという気は無い。
「さて、次はこの頃凶悪な手口で犯行を繰り返し、市民を恐怖のどん底に叩き落しているいる殺人犯。通称【ジャックザリッパー】の話題です」
 キャスターがそう読み上げたが、やはりこれも自分の近くで起きていることだというのが信じられない。もしかしたら私はニュースすらも何かのドキュメンタリーなんかの番組なのではないかと勘違いしているのかもしれない。そうでなければ、こうも無関心でいられるわけが無い。
 何せこの事件は自分の町でおきており、死人が出ているのだ。しかも、犯人は自分の事を狙っているかもしれない。こう考えると、何故ニュースでこの事件を取り上げられたときに真っ先に反応をしなかったのかが不思議に思えるくらいにこの事件は危険だ。
 それにしても犯人も出世したものだ。最初は狂人によるゲーム感覚の犯行で、今になってみればカノ有名な通り魔の名前になっている。
 確かにこの犯人は通り魔だ。わざと被害者の血でメッセージを残したり、凶器が鋭利な刃物であるとはっきり分かるようにばっさりといっているのを見れば劇場型犯罪といえなくも無いかもしれない。だがしかし、この犯人には一つ本物と違う点がある。それは被害者に共通点が無いということだ。本物は娼婦ばかりを狙っての犯行だったが、この犯人には被害者への共通点が見つかっていない。それだけが不思議なところなのだが、ただ単に犯人はメッセージを残したいだけなのかもしれないと考えるとそれで納得がいってしまう。
「今日、昼ごろに新たな被害者が出ました。これで被害者は七人にのぼり、警察も――」
 キャスターは表情一つ変えずに一人の死を告げる。それが仕事なのだから仕方が無いのだろうが、こういうところが私達から実感とか親近感というものを奪ったのではないかと一人考えてしまう。
 そうか、七人目が出てしまったのか……。私はわくわくするような感覚を覚えていた。人が死んでいるのにわくわくするのは何事かとは思うが仕方が無いのだ。こうなる事が分かっていたのだし、こうはなってほしく無いと思っていたのだが、どうしてか胸は高鳴る。
「今回のメッセージは――」
「サ」
「さぁかくごしろ」
 キャスターが今回のメッセージを読み始めるのと同時に私は口を開いた。もしかしたら私の思い違いで、キャスターが違うことを言ってくれるかもしれないと期待していたのだ。
 しかし、私の予想は悪いことに的中していた。
「黒須さん。さっきのさって息ぴったりだったよ」
 誰にも聞こえないように小さい声で言ったはずだったのだが、どうやら彼は聞いていたらしい。どうしてこういうところだけ目ざといのだろうか。
 彼の問いかけに無言で答える。だいたい、言えるわけが無いだろう。この犯人のメッセージは私の能力の名前なので分かりました。なんて事は絶対にだ。大体、私は今こうしてのんびりとメッセージの文頭を見事当てたわけだが、これができるのならば警察にでも相談して新たな被害者が出るかもしれ無いと相談していればこんなメッセージは見なかったのかもしれない。
 とにかくだ。これで犯人は私を知っている人間だというのが分かった。私を知っている人間。それも私の能力を知っている人間となるとこの片手に収まってしまうだろう。そう考えるとやはりあの二人が犯人なのだろうか。
 だが、そう考えるとやはり一番に思うのが何故かということだ。人の命を七つも奪ったのだ、それなりの理由があるのだろう。恐らくは私に対する強い恨み。殺意だ。あの二人が私に殺意を向けているというのならば私はおとなしく死んでもいいかもしれない。私が見つけることのできた数少ない能力を知っていても私を拒絶しなかった人なのだ。能力以外のことで私を恨んでいるというのならおとなしく死んでもいい。なにせ能力の事ぬきで私の事を本気で思っていてくれていたのだからだ。その気持ちは私の思う方向ではなく捻じ曲がった方向であったとしても、私は受け入れてもいいかもしれないと思えるほど二人のことを好いていた。
「恋ちゃん」
「なに?」
 気がつけば私は恋ちゃんに声をかけていた。
「麗子さんどうしてる?」
 声をかけたのは否定してほしかったからかもしれない。二人は安全だと証明してほしかったのかもしれない。誰だって進んで殺されたくは無い。生きれるのなら生きたい。
「この頃は可憐さんと二人でどこかによく出かけてるわ。あれが怪我人だったとは思えないわよ」
 しかし、恋ちゃんの答えはどちらとも取れるようなあいまいな物だった。ただ単に遊んでいるだけかもしれないし、二人で今回のような犯行に及んでいるのかもしれない。考えても答えは出ない。まさに答えは闇の中にといったところだ。
 そういえば、先程キャスターは犯人が市民を恐怖のどん底に叩き落しているといったが、アレは間違いだ。なにせ明日は文化祭なのだ、町の一部では異常にもりあがり、熱気すら感じることができるだろう。恐らくそれは明日になれば町全体に感染するだろう。 犯人が誰であれ、明日は私の最後の文化祭なのだ。楽しまなければいけない。これは現実からの逃避ではない。問題の一時保留だ。時が着たらしっかりと考えようと思う。
 
 
 
 私はいつもより早く目が覚め、いつもより早く準備を完了させる。テレビをつけて天気を確認してみるが今日は晴れらしい。実に喜ばしい。
 今朝聞いたのだが、母は珍しく私の学校に来るらしい。めったに行事に現れない母が私のために学校に来るなんていうのは小学生以来では無いだろうか。実に喜ばしい。
「おはよう」
 大河は私が早くおきているのを見てお姉ちゃんは小さい子供みたいだねと私を馬鹿にしてきた。たしかに文化祭が楽しみで目が冴えたなんていえばどう考えても子供っぽいといわれてしまうだろう。
 私達は珍しく同じ時間に母の手作りの朝食をそろって食べた。母は仕事で朝は居ないことがほとんどなので今日みたいな朝はとても貴重で、月に一度あるかないか位の頻度なのだ。テレビでは相変わらず通り魔の報道をしていた。やはり前のように専門家の先生が偉そうにメッセージを解読している、今度はゲームではなく過去の犯罪の模倣らしい。今度はどんな見解を聞かしてくれ宇野かとテレビに釘付けされていたというのに、画面は唐突に真っ暗になってしまう。見れば大河がリモコンを操作していた。
 何のつもりかとたずねたところ、母に縦読みのことを知られてしまうかもしれないとのことだった。そうなのだ。あのメッセージの意味を理解したのは私と大河、そして犯人の数名だけしか居ないのだ。ここで母に知られて余計な心配はかけたくない。
 
 母とまた学校で出会う約束をして家を出る。
「おはよう。黒須さん」
 彼はいつも通りのようで変わっているところは特に見受けられない。やはりこんなに興奮しているのは自分だけなのだろうか。
 
「おはよー」
 彼と一緒に登校することはあまり無い。なぜならば、登校したところで特に会話も無くこうして恋ちゃん達と会うのがオチだからだ。
「おはよう」
 やはり二人にも代わったところはとくに見受けられない。やはり自分がはしゃぎすぎなのだろう。
 
 結局いつもと特に変わらない登校が終了する。目の前には文化祭と書かれた大きな看板。なんでも美術部が三日三晩寝ないで完成させた会心の作らしく、真っ青な海が背景に描かれたものだ。何故海なのかは分からない。そして、どうしてここに力を注いだかも不明だ。
 私達がそのまま門をくぐると、そこはお祭りだった。もし夏祭りの前日に行くときっとこんな感じだろう。生徒達は最終確認のためにあちこちと駆け回り忙しそうにしている。今になって何かが足りないことに気づいて慌てているところもあれば、のんびり雑談をしているものも居る。
 そんな中で私達のクラスはというと、自分達の教室には入らずに何故か特別教室に集められていた。入らずにと言うかお化け屋敷があって入れないだけなのだが、ここで最終確認が行われていた。切符の販売から気絶者の救護、そして迷路破損時の整備の手順など準備は万端だった。
 長ったらしい最終確認が終了し、私達は少しの間自由になった。なにせ後はお化けの役はお化けに、販売は販売にと役割がそれぞれ決まっているので私のような資料係はお呼びでは無いのだ。
 特にやることもぶらついていると、隣のクラスからは黄色い声が聞こえてきていた。その声に誘われるようにふらふらと隣の教室まで出向いたところふと気づいた。隣のクラス。いや、この学校全体が自分のライバルだったのだ。それを営業前の忙しい時間に入っていくなんて妨害以外のなんでもない。私は黄色い声の正体を確かめたい衝動を何とか押さえ、手をかけた扉からゆっくりと離れていく。
「やめてってば」
 私の手が離れかけた扉がいきなり開く。扉の向こうに居たのはどこかで見たことのあるフリルの付いた制服だった。
「え?」
 そのフリルは止まることなく私に向かってやってきて、そのまま衝突する。瞬間、世界が反転した。
 
「いたたた」
 私の上に居るフリルは痛そうに体をさすっている。正直私のほうが痛いと思う。
「大丈夫?」
 私の目の前では体をさすりながら赤髪を携えたフリルが私に問いかけていた。私は無言でうなずいて無事を伝える。しかし、何故だろう。赤さんのこの姿を見ていると無性に不安になってくる。何かどこかで見たような気がする。
「どこかでその服着たことある?」
 もちろんその答えはノーだった。さっきの黄色い声も赤さんが制服に着替えたから起きたらしい。クラスメイトが見たことが無いのだ、私が見たことがあるはずは無い。ならばこの違和感はきっと気のせいなんだろう。
「私そろそろ行くね」
 そういって赤さんはクラスに戻っていってしまう。とじられた扉の向こうからはまた黄色い声が上がっていたので赤さんは今頃もみくちゃにされているのかもしれない。
 
 放送による校長の挨拶終了後、生徒会長の藤村君の合図で文化祭が開催された。私達の学校の文化祭は二日間連続で、二日間とも一般公開されているので誰でも見学することができる。一日目は主に自由となっており、二日目にクラスの発表やら出し物が色々ある。
 することも無くただふらついているといろいろな物を見つける。他のクラスはどうやら面白いことをしているところもあれば、普通にやっているところもありと見ているだけでも楽しい出し物だ。自分は基本的に何を見ても今は楽しいとか面白いといえるのであまり宛にならないのは分かっているのだが、それでもこれは素晴らしいと思う。
 色々とみまわり一度自分のクラスに戻ってみる。何とお化け屋敷は盛況のようで行列ができている。こんな子供だましにお金を払うとは酔狂な人も居るものだ。
 と、廊下で休憩している彼を見つける。なにやら腕を痛そうにもんでいるが何かあったのだろうか。
「こんにゃく吊ってたんだよ」
 近づいてきた私の視線に気づいたのか彼は勝手に説明してくれる。どうやら彼の仕事はこんにゃく吊りらしい。
「そうだ、黒須さんもやってみなよ」
 そういって私の手をつかんで部屋の中へと引きずっていく彼、足を踏み入れた教室の中はまさに阿鼻叫喚の巷だった。そんなに怖いものなのかと思うくらいお客は叫んでいる。これはちょっと耳が痛くなりそうだ。そう思ったときに彼は耳栓を渡してくれた。なんとも準備がいい。
 おとなしく耳栓をつけて彼に引かれる。教室はもともと大きくないはずなのだが、暗闇だというのと少し足元に道具があるというで時間が予想以上に時間がかかってしまった。場所に着いたのだろう、彼は何かをつかんでそれを私に押し付けてくる。ひんやりとしたそれを見れば、なんとそれはこんにゃくだった。何の変哲も無いこんにゃくだった。私はどうすればいいのかと困惑していたのだが、彼はそれを器用に糸で結びこんにゃく吊りセットを完成させる。なるほど、これが彼の仕事なのか。
 私は彼に習って仕事をし、適度に時間を過ごした。耳栓をしていたのでお互いに会話こそ無かったものの、なんとなく楽しい時間だった。
 しかし、時間があるていどったった頃だろうか、人がぱったりと来なくなってしまった。ついにあきられたかとおもったって耳栓をはずしてみたのだが、どこかで悲鳴が聞こえている。だがその悲鳴はこの教室内からではなく、隣の教室からだった。隣といえば赤さん達のカフェだ。悲鳴が上がることなんてまず無いだろう。
 私は妙な胸騒ぎにかられて急いで教室を飛び出る。頭の隅で少し前に見た夢について思い出してしまったのだ。
 真っ暗な教室の扉を開けた私の目に飛び込んできたのは、夢で見た通りの真っ赤な廊下と傷だらけのクラスメイトだった。
「こ、こないでよ」
 呆然としている私の耳に、赤さんの震えた声が聞こえた。このままではいけない。私の夢では赤さんはこの後……。
 まずい。そう思って私が駆け出すのと同時に、悲痛な叫びが廊下に響いた。  

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