第9話〜勉強会、キタル
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第9話〜勉強会、キタル

「この頃、町で起こっているネームレス排除を行っている警官もネームレスに違いない! きっと裏バトルが行われているんだ」
 ノートの上を走らせていたペンを止め、藤村がそんな事をいきなり叫んだ。
「も、もうだめだ」
 そして、次の瞬間には俺の目の前で、藤村は自分の前に積み上げられたテキストの類を大怪獣のごとくなぎ払い、倒れた。実に迷惑だ。
「わ、私も無理」
 藤村の隣の恋も、朽ち果てるように思考回路をショートさせ、机にうなだれる。
「お、俺も」
 俺も二人に続くようにして、だらしない声を出し、死体のように床に転がる。

 此処は藤村家、藤村の部屋。部屋の広さはごく一般の一人部屋より少し大きく、部屋の中で二人までなら、楽に素振りが出来そうだ。内装はベットに本棚、そのた一般の部屋にありそうなものは全部あった。
「だらしないわねぇ」
 俺達を見下ろすようにベットから顔が生えてくる。
 俺たちを罵倒する彼女は、藤村可憐(ふじむら かれん)藤村亮の姉だ。彼女は、藤村と同じく騒がしい人で、昔は炎の女とか火蓮とか呼ばれていたらしく、ポニーテールが特徴的な女性だった。
「あんたの弟が一番だらしないのよ」
 なぜか俺達の部屋に一緒に居た麗子さんが、可憐さんにトゲトゲしく言う。
「あんたのところの妹も、亮と秒単位しか倒れるの変らなかったじゃないの」
 それにたいして、可憐さんもすぐに食って掛かる。
 彼女等が、炎の女、氷の女などといわれた理由は此処にあった。
「大体あんたは――」
 この会話でわかるように、この二人、水と油のように合わないのだ。
 なので、会えばよく口げんかをしているし、いつも何かを競っていたりする。
 こちらとしてはそんなものに巻き込まれたら、たまったもんじゃない。しかし、なぜかいつも俺の周りで暴れ始める。いい迷惑だ。
 そのくせ、この二人はたいていセットなのでなおさらたちが悪い。
 だいたい、何故、そりが合わないと分かっているのならば一緒の空間に居るのか意味がわからない。
 確かに、仲が悪くて口げんかをしているというより、仲がいいから本気で言い合っているような印象も受けるが、俺は基本的に二人には一緒に居てほしくない。まさに混ぜるな危険というやつだ。
 なぜこの二人がここにいるのか?その疑問は、思い起こせば麗子さんは恋が戦力として家から引っ張り出し、可憐さんは私の家なんだからどこに居ても私の自由。と、いう何ともらしい理由で居合わせる事になったんだとぼんやりと記憶している。
 実際、二人共、勉強は出来るので非常に戦力になる。しかし、少々五月蝿くはある。
「静かなほうがよかったのに」
 あらかじめ、こうなることを予想していたのだろか、だらしなく溶けている俺の隣で、黒須さんはため息をつきながら本を取り出す。まさか、その人を殺せそうな太さのハードカバーであの二人を沈黙させるつもりでは?
 もし、そうならば俺も大々的に援護しよう。
 だがしかし、黒須さんはその鈍器を凶器としてではなく、普通に本として扱い始めた。実に残念。期待はずれだ。
 二つ目のため息とともに、一瞬俺を見る黒須さん。その、水晶のように透き通った黒い瞳からは、静かに読書をしたかった。と言う俺への文句が感じ取れた。
 黒須さん。ごめんね。いつもはこうじゃないんだ。いつもは、俺たち三人だけで粛々と勉強をしていて、今日は本当にイレギュラーなんだ。本当だ。嘘じゃない。
 心の中で、聞こえることのないだろう叫びを黒須さんにぶつける。
「はぁ……」
 当然、伝わっていなかった。
 黒須さんには、こうして辛い思いをさせてしまっているが、この勉強会に来てもらって俺は正解だと思う。なぜならば、朝の小テストで証明されていたように、黒須さんは強力な戦力になってくれたからだ。
 たしかに、無口なので少々聞きづらいというところはあるが、質問をしたときは訂正箇所にメモを書いて、ちゃんと俺達でもわかるように答えてくれる。
 それに、説明し終わった後に、ありがとう。と、言うと、頬を朱に染めるのも、見ていて楽しい。
 だから、時々あてつけのように聞こえてくる、帰りたい。という声は、休止した俺の頭の中を右から左へと、だ。聞こえない事にする。

「テストが終わったらどうする?」
 本日、何度目になるかわからない休憩を開始した藤村が元気に言う。その元気をぜひ勉強にぶつけてもらいたいものだ。
「どうする? って言ってもいつも何もしてないじゃない」
 同じように隣で休んでいた恋は、机のクッキーを食べながら藤村に返す。こいつも、もはや勉強をする気はなさそうだ。
 一方の俺はというと、二人の話を聞きながら、隣で俺の解いた問題に赤いペンで丸やらバツを描く黒須さんの手元をじっと見つめながら、自分の正解率の低さに落胆していた。数学は自信があったのに。
「はい」
 黒須さんは俺のほうに答案をばっと突き出し、受け取るように促す。
「ありがとう」
 俺が、訂正の赤に染まった答案を受け取りながらお礼を言い終わる前に、黒須さんは本で顔を隠してしまう。残念。この解答のように染まる顔を見たかったのに。
 本に没頭している黒須さんを横目に、真っ赤になって帰ってきた、俺の答案を見てため息をつく。
 しかしだ、この解答には黒須さんの解説がしっかりと書いてある。前向きに考えよう。黒須さんの解説さえあればきっと大丈夫だ、これをしっかりと読んで理解すればきっと俺はテストの結果で頭を抱えることはなくなるだろう。
 俺は、テスト終了後の事しか考えなくなってしまった二人と、いつの間にか、その話に一緒になって楽しそうにしている、それぞれの姉達を無視し、持参したノートに間違った問題をもう一度、黒須さんの解説を読みながら挑戦する。なるほど、わかりやすい。
 何度も思うが、黒須さんを本当に無理やりにでもつれてきてよかったと思う。なぜならば、小テストが満点だった数学はもちろん。恋を当てにしていた生物さえも、きちんとカバーしてくれた。と、いうか全科目において完璧だった。しかも、解説はわかりやすい。ただ、まったく話してくれないというのが難点だが。

「白金はどう思う?」
 いたって真面目に、本当にすべき事を黙々とやっていた俺に恋から声がかかる。
「なにが?」
 当然、四人の話など雑音程度に捉え、目の前の問題に集中していたので、四人の会話の内容なんか俺にわかるわけがない。
「テストの後どこ行きたいかって話しよ、白金」
 俺に、やっぱりな。といったような侮蔑のため息とともに解説してくれる恋。なぜだ?俺は間違っていないはずなのに、なぜ侮蔑されなければいけない。
 そして、いまさら気づいたのだが、いつの間にかどこに行く事は決定していたらしい。
 俺が勉強に励んでいる間に、藤村と恋。それに麗子さんや可憐さんがテスト後の話に花を咲かせていたのは知っていた。しかし、本当にその話しかしていなかったんだな。
 藤村、恋、お前らもっと勉強をしたらどうなんだ。結局、テストの後にどこか行くと言ったところで、テストをクリアしないと元も子もないぞ。
「黒須さんも来るよね」
 相変わらず、あるかも分からないテスト後の休みについて語り合っていた四人が、いきなり黒須さんに声をかける。
 藤村と恋の二人が、クラスを代表する『黒須さんファンクラブ』の会員だというのは分かっていたが、出会ってまだ間もない人を誘うとは、相変わらず遠慮といったものを知らない奴らだ。 
 そんな、二人のいきなりの誘いを受けた黒須さんの反応はというと、やっぱりといったような落ち込みだった。出会ってまだ一週間の人間に、いきなり一緒に遊びに行かないか?なんて誘われれば、驚くのは当然だと思っていたのだがが、そうでもなかったようだ。それどころか黒須さんは、またやってしまった。という風に落胆のため息さえついていた。
 この二人の性格は、勉強会に誘われた時に把握したというのか?もしそうだったら、なかなかに黒須さんは察しがいい。さっさとあきらめたほうが得策だ。
「白金も来るし、私達と友達になった記念だと思ってさ」
 どうやら恋が言うに、俺が行くことはすでに決定していたことらしい。分かっていた事ではあったが、少しは俺に聞いてもいいんじゃないのか?
 そこからは、藤村と恋のお得意の粘り強い説得。俺はというと、その間も黒須さんの渡してくれた解答とにらめっこをしていた。

「ありがとう黒須さん」
 部屋に備え付けの時計を見れば、説得から三十分が経っていた。今回はなかなか黒須さんもがんばったようだ。
 がんばってといっても、俺の記憶が間違っていなければ黒須さんは、二人の二十九分間の説得にずっと横に首を振り続けていただけのように記憶しているが。
「じゃあどこに行く?」
 完璧にこの勉強会の趣旨を忘れてしまった様子の二人に、やれやれとあきれながら俺は黒須さんが説得されていた間に行っていた問題を黒須さんに渡す。
 あの二人は、本当にあんなことをしていてテスト後の休日が来るのだろうか?
 黒須さんは相変わらず、俺に解答を渡すときの事務的内容の言葉以外は話してくれず、持参の本に没頭している。気づけばもうすぐで本を一冊読み終わってしまいそうだ。
 人が本を読み終わる時間というのはまちまちだが、本をよく読む人でもハードカバーの本はなかなかに時間はかかるだろう。おそろく、黒須さんが一冊を読み終える頃が終了のいいころあいの時間に違いない。
 四人は、ずっと遊びにいく計画を立てる事に夢中で気づいていないのだろうが、時刻はすでに十一時だ。先ほど時計を見て確認したから間違いない。
 流石に、これ以上黒須さんをここに拘束しておくのも忍びない。
「お話のところ悪いけど皆さん、時間も時間ですよ。そろそろ今日はお開きにしよう」
 ノートを閉じながら二人に提案してみる。黒須さんもちょうど本を読み終えたようで本を閉じる。
「え? あ、もうこんな時間?」
 少しあわてる様子を見せた恋だったが、次の瞬間には笑顔で黒須さんには絶望に等しい言葉をかけた。
 それは、明日も一緒に勉強しようね。だった。
 黒須さんは少し困ったようにうつむいた後、あきらめたように肩を落とし、首をゆっくりと縦に振った。そうそう、無駄な抵抗はよしたほうがいいよ。

「じゃあまた明日」
 玄関で、藤村と可憐さんが見送る中、恋と麗子さんが走って帰っていってしまう。二人とも完全に門限を忘れていたんだろう。
「遊園地のチケットはどうにかしておくよー」
 藤村は、走り去っていく恋の背中にそんな言葉をかける。いつの間にかテスト終了後は遊園地に行くと決まっていたらしい。
「じゃあ藤村、帰るよ」
「じゃあね黒須さん」
 昔からの親友である俺のさわやかな挨拶は無視して、黒須さんに別れの挨拶をする藤村。そんな藤村に黒須さんは、小さく手を振ることで返していた。
 それぞれの別れの挨拶をした俺達二人は、半月がきれいに見える夜道を、自宅へと向かって歩き出した。

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