第5話〜俺の登校
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第5話〜俺の登校

 その日は、腹部に走る鈍痛によって目を覚まさせられた。
 時計はまだ、いつも起きる時間の三十分前をさしていた。

「何をしやがる」
 俺は、開口一番に我家の小悪党に恨みの念をぶつける。
「朝ですよ」
 だがしかし、我が家の小悪党殿は俺の憤りなど無視した様子で、さらっとわかりきったことを口にした。こうなってしまえば、いくら言っても聞く耳を持ってくれそうに無いので文句を言うのは、素直にあきらめることにする。
 我が家の小悪党殿は、俺を起こしたことで満足したのだろうか、うれしそうに階段を下りて行ってしまう。おそらく食卓に向かったのだろう。
「朝……ね」
 今日も俺を包み込む暖かな光に、もう一度布団に包まりたい衝動を何とか押さえて起き上がる。痛いのはこりごりだ。
 大きく伸びをして体を起こす俺の目に、ふと、ベットの上に置きっぱなしで置いてあった開いたままの携帯が見えた。その瞬間、昨日の事が鮮明に思い出された。

「俺の名前は祐斗。君の名前は?」

 あぁ、俺はいったい何をしてしまったのだろうかと、頭を抱え込むことしか出来ない。
 しかも、メールアドレスを半ば強引にもらったわけだし、俺はきっと変人に見られているに違いない。 
 しかし、もう出会う事は無いだろう。そう思うと、少しうれしいような残念なような複雑な心境になった。
 まったく、最悪の朝だ。
 することもない俺は、仕方なく少し早めの朝食をいただく事にするため、眠い目をこすりながら、ゆっくりと階段を下りた。
「おはよう」
 階段を下りて最初に出会ったのは母さんだった。母さんは小柄であったが、俺と妹を産んだというのにスタイルがよかった。
 本人曰く、日々の行いのおかげらしい。しかし、俺は知っている。妹を生んだ後に、母さんがひっそりジムに通っていた事を。
 母さんは他から見れば、若いだの、可愛いだのだという評価だが、俺から見れば子供に依存しすぎたお節介な母さんである。が、しかし、確かに美人であることは認めよう。
「おはよう。母さん」
 母さんは俺が挨拶を返すと、うれしそうに微笑んでから食卓に戻った。
「おはよう。あにぃ。今日は早いんだね」
 自分で俺を起こしておきながら何を言っているんだと言おうかと一瞬思ったが、後が面倒そうなので言わないでおく。
「おはよう。愚妹」
「愚妹なんて言わずに、きちんと名前で呼んであげなさい」
 俺が妹をそう呼ぶと、母さんは少し怒ったような声で俺に注意する。しぶしぶだったが挨拶をやり直してやる。
「おはよう花梨(かりん)」
「やーい馬鹿あにぃ」
 そう小さな声で俺に言う妹は元気だけがとりえだった。それはもう、息の根を止めてやりたいくらいに元気だ。
 花梨は、身長は同年代の友達と比べれば、確かに小さかった。もちろん女性としての部分もだ。
 本人曰く、そこだけが唯一の欠点らしいが、その考えはまったく何もわかっちゃいない。むしろそれが最大の武器だというのに。
「おはよう! 諸君。今日もいい天気だ」
 一番最後に食卓に現れたのは父さんだった。父さんも元気で、格好はスーツをびしっと着込んでいるというのに、きっちりしているように見えてこないのはなぜなのだろうか。
 食卓に、家族全員がそろったところでテーブルに朝食が並ぶ。今朝も和食だ。
 俺達家族は、少々の雑談を挟みながら食卓を平らげ、各々の準備に移る。
 母さんは着替えに、父さんは食器の後片付けに、妹は学校の準備に、そして俺も学校の準備をするべく部屋にもどる。
 制服の袖に腕を通し、春のそよ風にさらされてたままの自室の扉を閉め、階段を下りる。途中、かばんを忘れていることに気づき、急いで部屋に戻りかばんを取り、また急いで階段を下りる。
 しかし、玄関まで来てようやく気づいた。まだこの時間は早すぎる、と。俺は仕方なく食卓に戻り、父さんと共に後片付けをする。後片付けといっても、父さんがほとんど済ませていたので、俺は昨日のうちに乾かされた食器を片付けるだけだったが。
 家事全般は父さんが担当だった。朝、母さんが食卓に食事を運んできてはいるが、それは父さんが服を着替えている間に、母さんが父さんの作った料理を運んでいるだけに過ぎない。
 父さんの料理はおいしかった。なんでも昔、調理師を目指していたらしい。
 母さんの料理は料理ではなかった。なんでも昔、研究に明け暮れ過ぎて、料理なんてする暇がなかったらしいいたらしい。
 そんなくだらない事を考えつつ、適当に時間をつぶしていると、父さんが黄色い包みを渡してくれる。
「お弁当だよ」
 先に行ったとおり、父さんは料理の料理はおいしい。なので、このお弁当も当然おいしいに違いない。
 時計を見て、そろそろ時間だと判断した俺はそのお弁当をかばんに入れ、そろそろ学校へと行く準備を始める。
「いってきます」
 玄関できちんと挨拶をしてから扉を開ける。今日もきれいな青空だ。

 学校に着くと、なにやら教室が騒がしかった。まあ騒がしいといっても、ごく一部の人間だけであったが。
「なぁ、知ってるか祐斗」
 その、騒がしい一部の代表の一人がうれしそうに俺に話しかけてくる。
「あぁ、もちろん」
 ここで知らないと言えば、きっとこいつはうれしそうに俺に情報を教えてくるだろう。
「転校生が来るらしいぜ」
 無論、知っていると答えてもこのとおり教えてくるが。
 しかし、こいつの言っていることがもし正しければ、この学校にも転校生が来るのか。
 この三年の四月に転校?来るのなら、何故始業式に来なかったんだろうか?家の都合か?
 いろいろなことを考えてみるが、すぐに無駄だと思って考えるのを止める。
「しかも、女だった」
 女か……。しかも、今こいつは、だったと言ったよな。と、言うことは見てきたか、誰か見た人間から聞いてきたのか。なんにせよ、それならこの情報の信憑性はぐっとあがった。
「顔はよく見えなかったがAランクだな。あれは」
 しかし、聞きもしていないのにぺらぺらと色々なことを喋るやつだ。
 まぁ、勝手に話してくれた方が、こっちも話さなくていいのでありがたいが、少々うるさいのが問題だ。
 しかし、こいつじきじきにランクを付けると言う事は、こいつが実際に行って見てきたと言うことなんだろう。
 しかしだ、人を見てAだのBだの言うのは胸だけにしておいたほうがいいと思うよ、俺は。
「はい静かにして」
 朝のにぎやかな雑談の時間を断ち切るように扉が開き、担任の如月先生がやってきた。
 俺たちの担任は女性。しかも若い。それだからなのか男子生徒にはもちろん、女子生徒にも人気が高い。女子曰く、いつもスーツを着てさばさばとしている姿がかっこいいらしい。
 ちなみに、隣で俺に情報を植えつけ続けるこいつの評価はA+らしい。確かに胸もそんな感じだ。
 しかし、まだ如月先生が来るはずのホームルームの時間にはなっていないはずだが、どうしたというのだろう。
「皆、おはよう」
 如月先生の声に教室全体で元気にこたえる。
 小学生かこいつらは。だがしかし、そう思っていても俺は挨拶はきちんとする。
「三島君?挨拶はどうしたの?」
 理由はこれだ。この如月先生は、挨拶をしてこなかった生徒を目ざとく見つけ出し、説教を始める癖がある。
 確かに挨拶は大切だとは思うが、そこまでする必要はあるのだろうか。
「まぁいいわ。今日私が早く来たのには理由があります」
 珍しい。また長い説教が開始されると思ったが、今日はそれを中断してまで何かやることがあるらしい。
「転校生どんな子だろうな」
 何かと思って胸をドキドキさせたが、隣人によってなぜかはすぐにわかった。
 しかし、この時期に転校とはいったいどんな理由があったんだろうか?
 そんなことをぼんやりと考えながら教室の扉を見つめる。普通ならば、あそこから入ってくるはずだ。
「転校生がうちのクラスに来ることになりました」
 クラスの反応はまちまち。なぜならば、俺の隣のこいつがクラスの大方の人間には喋ってしまっていたからだ。
 如月先生は、俺たちの反応にすこしつまらなさそうに眉をひそめだが、それも一瞬で、次の言葉を発する。
「じゃあ入ってきて」
 いきなり言われたものだからクラス全体が少しあわてた。
 そんなクラスの様子を見て、にやついた如月先生の顔が見えた。まさにしてやったりの顔だな。あんなにざわついていた教室は、今まさに何かの演奏が始まるのではないだろうかと言うくらい静かになった。

 そして、ゆっくりと教室の扉が開いた。
 今、転校生はどんな気持ちなんだろう?希望?それとも絶望?
 まぁ、なんにせよこれから一年間は一緒に過ごす相手だ。顔と名前くらいは覚えていても損はないだろう。
 そう思って俺も、期待か絶望かどちらかの気持ちを背負いながら扉を開けているだろう生徒を待った。

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