第52話〜嫁
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第52話〜嫁

「そういえば、白金ってあの林檎以外に何か料理できないの?」
 長い赤髪をなびかせながら西条さんがこちらを振り向き、そんなことを唐突に聞いてきた。本当にあの髪は綺麗だなと思う。赤髪なんていうのは漫画とかそういう世界の話で、実際に見れるとは思っていなかったし、変に染めている人間では出ないようなつややかさがあの髪にはある。正直言って触ってみたいとすら思える。
 しかし、どうしてこれほど目立つ容姿をした人を俺は二年間一度目にすることが出来なかったのだろうか。あれほど目立つ赤髪なのだ、一度見れば何となくでも覚えているはずだ。俺が目に出来なかったと言うことは、西条さんがよほど気配を消すのがうまい忍者か、単に俺が周りに関心がなかったのどちらかになるだろう。この場合はもちろん後者だ。
「白金はお菓子ならちょっと作れたと思う」
 一人悩んでいると、俺の口では無い口から答えは出た。 
「あと家事全般なら適度にこなす」
 ちょっと悔しそうに拳を握り締めながら俺のことを語っていたのは恋だった。そういえばこいつも、あの事件で死んだはずの人間だ。
 恋が倒れたあの瞬間、俺の頭はブレーカーが落ちたみたいに真っ暗になり、何も考えられなくなったのを覚えている。アレはどうしてだったのだろうか。クラスメイトや西条さんが死んでいたのを見て、何も感じなかったわけではない。あの時、俺は確かに憤りを感じていたはずだ。それだというのに恋が死んだのを見た俺は、他のときにはなかったりアクションをしてしまった。
 クラスメイトとは仲が悪かったわけではない。嫌いではなかったし、むしろ好きだった。西条さんも、つい最近知り合ったというのに黒須さんや恋と仲良くなり、俺の仲で少なからずもいいポジションであったはずだ。俺はもちろん恋もそんな感じで見ていた。
 仲のよい女友達。それが俺の中での恋が所属しているポジションだ。それ以上でもそれ以下でも無い。
 なのに何故、俺はあそこであれほどの喪失感を感じてしまったのだろうか。それは大切な友達を失ったから?いや、友達ならいっぱい失っていた。もしかしたら、俺の中で恋と言う存在は予想以上に大きな存在となってしまっていたのかもしれない。
「嫁にしたいような男だよ」
 予想外の事実に驚いていたというのに、隣で男からそんな気味の悪いことを言われてしまっては興がそがれる。
 そういえば隣で平然とした顔で気味の悪いことを言ってくれた藤村だが、こいつはあの事件のときにどこにいたのだろうか。お化け屋敷でお化けをしていたはずなのだが、見ていない。ことを思い出す。
 おおかた、どこかで隠れていたのだろう。そう思うことにしよう。何も進んで人が死んでいる姿なんて想像はしたくない。それも仲がいい人間ならなおさらだ。
「確かに、嫁にしたい」
 何か遠くを見るようにして、そんなことをつぶやき始めてしまう西条さん。一度死んで、何処かがおかしくなってしまったのだろうか。俺は男だから嫁にはなれないというのに何を言っているのだろうか。
「嫁にしたいね」
 何故か俺を嫁にすることで一致してしまった集団を、精一杯の笑顔で見送ってやる。そろそろいつもの分かれ道だし、この瞬間をどうにかしてやり過ごすことが出来れば、時間が解決してくれる。流石のこいつらも明日になれば俺を嫁にするなんて世迷言は吐かないはずだ。
「お疲れ」
 丁度、いつもの分かれ道に差し掛かったところで、精一杯の笑顔で別れを告げてその場を足早に立ち去る。
 
「だからそこは――」
 おかしい。分かれ道になったというのに何故こいつらはまだいるんだ。しかも、さっきと変わったことといえば、あいつらの配置が俺の前か後ろかというだけだ。相変わらず話の内容はなんら変わっていない。不快だ。実に不快だ。
「昔から祐斗は林檎が――」
 恋が俺のことを祐斗と呼んでいる。そういえば、恋はいつから俺のことを白金と呼ぶようになってしまったのだろうか。昔は祐斗、祐斗と言っていたくせにどういった心境の変化だろうなのだろうか。大きくなったから恥ずかしくなったなんて理由ではなさそうだし、俺には理解できない。まぁ、どんな理由にせよ、たまに俺のことを祐斗と呼んでしまうあたり、たいした理由ではないのだろう。
 と、言うか恋は俺の過去を楽しそうに話しているのだが、いっこうにあーちゃんの話をしない。もしかしてあの文化祭の一件のせいであーちゃんのことさえ忘れてしまったのか?
「なあ恋。昔、俺と藤村とお前の他に一緒にいた子っていたよな」
「うん」
 普通に昔の事を聞いただけだと言うのに、なぜか先程まで楽しそうに話していた恋の表情が曇る。あーちゃんと恋は仲が悪かったのだろうか?俺が記憶している限り、二人はあのよく言い争っていたものの、仲が悪かったと言うわけではないはずだ。むしろその逆。仲がよかったように思える。
 女性の友情と言うのは複雑のようで、どうも分かりにくい。
「お前ってあーちゃんと仲悪かったっけ?」
 思い切って聞いてみると、恋はとたんに表情をやわらかくして首をブンブンと横に振る。恋はいったい何と勘違いしていたのだろうか。
 とりあえずはこの反応を見る限り、あーちゃんというのは俺の妄想の存在では無いということは分かった。それだけでも大きな収穫だ。
 何気なく横目に黒須さんの表情を見てみるが、変化は見られない。ポーカーフェイスなのかそれともあーちゃんではないのか、判断は出来ない。ただ、よく俺は目の前に本人がいるかもしれないと言うのによく平気で本人の話なんて出来たものだと、自分ののんきさに少し感心してしまった。
 
「そういえば皆ってどれくらい家事とか料理って出来るものなの」
 探るような様子で西条さんが聞いている。俺の話をしないからいっこうに結構なのだが、明らかに今までの雰囲気と違う。なんと言うかこう、見えないはずの火花が見えそうなほどの勢いだ。
「そこそこ」
 始めに答えたのは恋で、見事嘘と分かるような消えるような小さな声でつぶやいた。挙動不審だし、恋をよく知らない人が見てもこれが嘘だと言うことは容易に見破ることが出来るだろう。実際、恋が出来る料理と言えば、カップラーメンとカップラーメンくらいだ。
 もっとも、カップラーメンが料理にカテゴライズされるのかはわからないのだが。
「恋の得意料理は?」
 意地悪く笑いながらそう聞く西条さんはちょっと楽しそうだった。対照的に、質問をされた恋はというと、やはりあせっていた。適当に料理をあげればいいと言うのに、何故か考え込んでしまっている。これでは嘘だと分かってしまう。まあ元々ばれているのだからいまさら気にしてもしょうがないと言うところはあるのだが。 
「私も恋と同じで料理は普通かな」
 明らかに恋と同じと言うのを強調していった西条さん。もしかしたらこの状況を大いに楽しんでいるのかもしれない。不適に笑うその笑みは、当然のごとく恋に向けられていた。
「わ、私も」
 二人に釣られるようにして、小さく手を上げたのは黒須さんだった。自身がなさそうに手を上げているところを見ると、もしかしたらもしかしてかもしれない。
 と、いうか黒須さんがエプロンをつけて鼻歌を歌いながら料理を作っている風景など、面白すぎて想像できない。また、そこの人物を恋に変えようが西条さんに変えようが結果は同じである。俺から見てあの三人は確実に料理は出来ない。だがしかし、本人ができるといっているのだ。ぜひともその腕前を見せてもらいたいものだ。
「じゃあ、得意料理食べさせてよ」
 俺はその場の雰囲気で軽く三人に言ったつもりだった。
「わかった」
 それだと言うのに三人は重々しくうなづき、簡単に了解してしまう。
「もう白金の晩御飯は決定ね」
 恋はいたって真剣な顔で俺に話しかける。自分から言い出してしまった手前、断りづらい。と言うかこのやる気の恋に逆らうなんて俺には到底出来ない。
「そんな、白金に悪いでしょう」
 ここで逃げ腰になり始める西条さん。冗談で終わるか、どうにかなるとでもなると思っていたのだろうか。もしかしたら俺の晩御飯は抜きになってしまうのかもしれない。丁度明日は休日だし、丁度寝込むにはうってつけな日和となっているのだが、出来れば俺だって平和に休日を過ごしたい。
 ここで西条さんのt気遣いと言うか逃げの一手が何とか認められることを祈ってみる。
「やりましょう」
 願ってみたのだが、何とそれは黒須さんの言葉によって無残にも打ち砕かれた。恋も黒須さんも、何故料理が出来ないとわかっているのにこんなに勝気なのだろうか。何が彼女らを動かす原動力になっているのだろうか。
 そして、俺は明日を無事に迎えることが出来るのだろうか。不安ともしかしたらと言う淡い期待を胸に、俺はまた一歩と決戦の場である自宅へ徒歩を進めていった。
 
 
 
「ただいま」
「お邪魔します」
 憂鬱な気分と共に、いつもよりも心なしか重くなっている玄関の扉を開けると、すぐに後ろにいたはずの彼女らが家へと上がりこんでいく。 仮にも家のものが一緒にいると言うのに無視をして入っていくなんて何を考えているんだか。
 といっても、鬼神と化している彼女らを止めるすべなんて持ち合わせていないので俺はおとなしく目をつぶろう。
「楽しそうね」
 脱ぎ散らかされた靴を丁寧にそろえ、自分も家へと上がる。奥では、母さんの嬉しそうな声が聞こえてくる。あの母さんのことだ、簡単に了承してしまったのだろう。
「おまえも大変だな」
 そういって俺の肩をポンと叩きながら、当然のように藤村は家へと上がった。もうどうにでもなってくれ。
「今から始めるから絶対にのぞかないでね」
 しかも、帰ったので水をいっぱい飲もうと思っただけなのに、扉を閉めて通せん坊とこの有様だ。ここはいったい誰の家なんだかわからない。
 俺はあきらめて自室へと戻る。部屋では、それが当然かのように藤村がくつろいでいた。もう注意する気にもなれない。ここはおとなしく喉で出掛かっているこの言葉を先程飲めなかった水の代わりに飲み込むのが賢い解決方法だろう。
 黒須さん、恋、西条さん。下は三人の戦場になっているはずだ。願わくば、食べれるものが出来ますように。願わくば、意外に三人とも料理ができるというオチでありますように。俺はまるで自分の家にいるかのようにくつろぐ藤村を横目に、ただひたすら自らの無事を祈っていた。

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