第50話〜チート
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第50話〜チート

 まるで、そうする事のほうが正しいかのように規則正しくはじけ飛んでいく廊下のガラス片に私は目を奪われていた。そう、それは目の前に大きな銀の毛を纏う何かが現れたのも分からないくらいにだった。
「やあ」
 目の前に突如として現れたその銀の何かは、やたらと気さくに私達に挨拶をした。
「あ、あんたはあの殺人鬼のときの」
 どうやら彼にはこの銀色の毛の塊との面識があるようで、ただひたすら驚いていた。
 そういえば、彼の言うあの殺人鬼というのはどの殺人鬼のことだろうか。私も多くの殺人鬼とであったことは無い。というかこの狂った旧友で二人目だ。と、言うことは彼の指す殺人鬼というのはあの偽警官のことなのだろうか。
 そういえばあの偽警官のとき、私は気絶した。目を開けるとそこには情けなくぼろぼろと涙を流している彼が居た。そういえば何故、彼はあんな凶悪な人間から逃げ切ることができたのだろうか。
 相手は恐らくはネームレス。それだというのに、彼は不意打ちだった一撃目の胸の傷だけで逃げ出すことだできた。これは彼が物凄いスプリンターか、それとも相手がどじだったかのどちらかしか無いだろう。それに、アレ以降あの偽警官が起こした事件というものを聞いた覚えがない。ということはあの偽警官を何者かが処理したはずだ。そんな芸当が一般人である彼にできるわけ無い。と、すれば、私があの夜殺人鬼と一緒に出てこないように願った銀狼が助けてくれたとしか考えられない。
 彼に銀狼が出てきたかを聞いたとき、彼はいたって普通に出てきたと答えていた。そこに恐怖の色は無かった。むしろ敬愛しているかのような眼差しだった。あの時、私はただひたすらに私があの偽警官を出して彼を怪我を負わせてしまったことに謝っていたが、彼を危険に追いやっちただけだいけではなく、しっかりと助けれていたんだと思うと少し嬉しく思えた。もっとも、私が願わなければ彼は怪我をすることは無かったのだからただの自己満足なのだが。
「な、何なんだよお前は」
 銀の綺麗な毛並みの向こうからはおびえたような震えた声が聞こえてくる。そういえばこの銀狼、現れたときから私達と狂ってしまった旧友の間に立っている。それは私達を守るためなのか、それとも偶然なのか。どちらにせよ私達の安全は少しだけ確保された。
「君とは何かしら縁があるようだよ、黒須ちゃん」
 山のような巨漢がこちらを向き、にっこりとそういって微笑んだ。そう、微笑んだのだろう。恐らく彼、いや彼女かもしれないがアレはきっと優しい笑顔なのだろう。
 だが、銀狼の向こうに居る旧友には口を左右に広げて犬歯を見せているものだから、それはそれは猟奇的な笑みに見えたに違いない。下手をすればこの笑みから殺意みたいなものを勘違いして受け取ってしまったのかもしれない。
「ぼ、僕のみーちゃんに手を出すなっ!」
 やっぱり勘違いしていた男はヒステリックに叫んだ。私に危害を加えようとしている人間がそんな言葉を口にしているのだから、笑い種だ。
「邪魔なんだよ化け物……僕とみーちゃんの間に立つなよ」
 先程まで銀狼の登場にあたふたとわめくだけだったというのに、いきなり声の調子が変わる。心なしか目の前の銀狼からもぴりぴりとした緊張感を感じ取ることが出来る。
「坊主、名を名乗れ」
 先程まで私達に向けられていた温かみなどどこかに消えうせ、銀狼はこちらの肝も凍ってしまいそうな冷たい声でそういった。もうその口からは私でも殺意しか感じることができない。
「化け物に名乗る名前は無いね、吹き飛べよ」
 男が言い終わるか終わらないかというところで強風が吹き荒れた。その風はまさに台風の中に居るのではないかというほど強力だった。あの鋭い何かを放ってこないのは、この銀狼の後ろには私が居るからかもしれない。なぜなら、あの男曰く、あの男は私に惚れているのだからいとしい人を傷つけたくないというわけか。そして、ここで私は男の能力をおおよそ把握する。こいつの操っているのは物を見えなくする能力でもなく、物質を硬質化させたりするものでもない。
「風っ」
 男が操っていたのは風。これならばすべて説明できる。赤さんや恋ちゃんを切り裂いた切り傷も、そしてこの台風のような強風も、すべてはこの男の能力なのだ。
「化け物とは酷いな」
「なにっ?」
 いまだに収まらない強風を操っていた彼の声が曇る。目を開ければそこには壁のように私達を守っていた銀狼の姿はなく、引きつった表情の男と、その後ろで悲しそうに腕を組んでいる銀狼が居た。
「お前、いつの間に」
 その言葉と共に強風はぴたりとやんだ。たぶん、あまりの出来事に風を操ることを忘れてしまったのだろう。
「私はTaker危険級、特種環境管理機関第三処理班所属の銀子です。コード風斬り、あなたを処理します」
 特種環境管理機関……役に立たないと思っていた国の機関がやっと動いたのか。この銀狼は銀子と名乗ったし、もしかしたら本当に彼ではなく彼女なのかもしれない。
 まぁ、そんな些細なことはどうでもいいのだが、取り合えずあの銀狼はこの絶望的状況をどうにかしてくれるようだ。
「国の犬はうせろよ」
 男が片手を縦に薙ぐと、近くにあった柱に大きな傷がはいった。アレは恐らくは男の攻撃手段なのだろう。手を振ることによって風の量を調節しているに違いない。いまのあれは、カマイタチとかそういった部類のものなんだろう。
「私は犬ではなく狼です。あしからず」
 私には男が手を縦に薙いだのと柱が崩れるのしか捉えることができなかった。恐らくその時間はコンマ一とかそういった世界だったに違いない。にもかかわらず、銀子と名乗る銀狼は猟奇的な笑みを浮かべて男の後ろに立っていた。それも笑えないジョークも一緒に携えてだ。私があの男なら、腰を抜かしていたに違いない。
「細切れっ」
 しかし、男は腰を抜かすことなく素早く両手を背後に向けて振り回す。やはりここが戦いの場数の違いなのだろうか。
 男が腕を振り終わるのと同じくして、やはり男の背後にあった廊下の壁は吹き飛び、破片が飛び散る。
「乱暴な奴だな君は」
 もちろん飛び散ったのは壁の破片だけで、銀狼の姿はまた男の背後へと移っていた。あれは時間を止めているんではなかろうか?それとも超高速移動でもしているんだろうか。とりあえず、あの銀狼は無傷のままで男をあざ笑うかのようにカマイタチをよけ続けていた。
 今の間に逃げてしまおうかとも思ったのだが、弱ったことに彼の様子が芳しくない。殺人鬼の話をしているときのように胸をつかみ苦しそうにうつむいている。よくよく見れば男のカマイタチに切られた訳でも無いのに胸からはじんわりと赤い色がにじみ出てきている。
「大丈夫?」
 あわてて彼の元に向かってみるが、彼は息を荒げるだけで返事をしてはくれなかった。とにかく彼をどこかに連れて行かないといけない。そう思って彼を支えるようにして何とか立ち上がる。やはり、私程度の筋力ではふらふらとふらついてうまく支えることができない。もう少し運動をしよう。
 日ごろの運動不足に嘆く私だったが、何とか近くの教室まで彼を連れて行こうと一歩一歩とゆっくり歩を進める。
「何してるんだよ」
 ふらふらと歩く私の頬を何かが横切っていた。それは物凄い風圧を残し、数秒遅れて私に鈍い痛みを与えた。あれほど私には攻撃してこなかった男がついに渡しめがけてカマイタチを放ったのだ。原因は?何故?どこかであの男は私に惚れているから攻撃してこないだろうという気持ちがあったのだろう。しかし、それも先程の攻撃でそれは無に解した。
 とたんに私は恐怖に染められていくのを感じた。彼を支えていたはずの両足はがくがくと震え始め、支えていたはずの彼に支えられるようにして立っているので精一杯だ。
「大丈夫?」
 いつの間にかしっかりと自分の足で立てるようになっていた彼に支えられ、私達は近くの教室へと逃げ込んだ。教室の外は私が消えたことにより一気に騒がしくなった。壁の吹き飛ぶ音、廊下を駆ける風の音。そのどれもがあの男のものだった。この音が鳴り続けている限り、あの銀狼はきっと無事なのだろう。
「つっ」
 支えていた私からゆっくりとはなれ、彼はその場にまたひざまずいた。それもまた胸元を苦しそうに握ってだ。彼の白かったシャツは少し前に見たときよりも紅く染まっており、その出血量の多さを示している。早く何とかしないといけない。
 そう思っても私は何もすることができなかった。止血しようにも出血箇所は胸部だし、病院に連れて行こうにも廊下はあの有様だ。今私にできることといえば無駄なサカサマサカサが発動しないように何も考えないことくらいだ。
「黒須さん」
 何も考えないようにしようと思ったのに弱弱しい声で彼が話しかけてくる。
「西条さんと約束してたんだよ」
 いきなり何を言い出すのかと思ったが、ここは黙って聞くことにする。
「でも、もう守れないよ」
 ポツポツとつぶやく彼の頬には涙が遣い落ちていた。何を約束していたのかは分からないが、彼が泣いているのは約束が守れなかったからというわけではないはずだ。
「恋も、今度ケーキ焼いてやるって言ったのにな」
 ぽろぽろと涙をこぼす彼に感化されたのか、私も視線がぼやけだす。せっかくできた友達ともう合えない。それはやはりつらいことだ。
「みーちゃーん」
 二人して声を殺してないていたというのに、廊下では私を呼ぶ声が響いていた。その声に一瞬殺意すら覚えたが、結局のところあの男だって元はといえば私があの男を殺してしまったから悪いのだ。
「黒須ちゃん。処理終わったよ」
 男の声が聞こえてすぐ、何食わぬ顔でひょっこりと教室に現れた銀狼は、その手に縄でぐるぐる巻きにされた男を抱えていた。処理、といってもこの場合は捕縛ですんだようだ。
「この男は今から本部のほうに持っていってから処遇が決まる。何か異論は有る?」
 淡々と銀朗が語ってくれるが、この男が本部に連れて行かれた後の処遇なんて一つしかないはずだ。
「偽警官のときはどうなったの?」
「んー彼は廃棄だったかな」
 その言葉を聴いてはっきりと確認する。この男は死ぬ。と。
「どうぞ」
 それでも私がこの男を連れて行くのを否定しなかったのは、私がこの男を殺すのと同じことだったのだろう。私は同じ人間を二度も殺すのだ。この学校の生徒をこれだけ殺してさらに私を慕ってくれた男を二度殺すのだ。処理されるのは本当のところは私のほうではないのだろうか。
「うーん」
 ずっと泣いている私達二人を見てなのか、銀狼は四体の散らばる教室を見回し、困ったように頭をかき、そして思いついたように私に告げる。
「ここにいる死体を作ったのは全部君のせいだ」
 そう溌剌とした声で私に告げるのだ。それも両手で死体を指差して楽しそうにだ。
「全部全部君のせいだよ。しっかりとかれたの死を認めることだ」
 銀狼は最後に笑顔のままそういって消えてしまった。
 何をしたかったのか分からない。だが、やはりこの状況を作り出してしまったのは自分のようだ。私があんな夢を見なければよかったのだ。そして起こらなければ良いなんて願わなければよかったのだ。そうすれば、こんなことにはならなかった。
 皆皆死んでしまったし、皆皆帰ってこない。皆皆私のせいだ。
 私は一人、皆が死んだのだと強く心に刻み、願わくばこのまま何事も無いまま皆が死んだという事がゆっくりと現実になることを祈った。
 
 
 
「ちょっと何よこれ」
 私が祈り始めてどれくらいの時間が経っただろうか、辺りが急に騒がしくなり始めた。とうとう警察が押さえきれずに一般の人がやってきてしまったのだろうか。
「真っ赤よ」
 殺人の現場としてはやたらと騒がしすぎるような廊下に違和感を感じて目を開けてみる。するとそこには元気に動き回っている死体があった。いや、死んでいないのだから死体というのにはおかしいかもしれない。だってそれはゾンビという訳でもなく、ちゃんと五体満足で動いているのだ。こんなことありえない。魔法でも使わない限り、いあや魔法ですら死者をよみがえらすなんて芸当はできない。
「あぁ……何だそういうことか」
 そういえばそうだった。この世にありえないことなんてありえないのだ。この世の中には風を操る狂った人間がいれば国所属している銀狼だって存在する。自分の思ったことが逆の形で実現する人間だっているわけだ。
「サカサマサカサね……」
 私は目の前で動き回るクラスメイト達を眺めながら、自分の能力の名前を口にする。まさか皆の死を強く思うことで、その死さえも無効化するなんて、本当に恐ろしい能力だサカサマサカサというのは。
「美穂ー」
 私は聞きなれた声に顔を上げる。そこには胸元をぱっくりと体の中身が見えない程度にセクシーに開い赤さんと、傷だらけではなくぼろぼろの制服だけを纏った恋ちゃんがいた。私は二人に向け力いっぱい手を振りながら、どんどんと景色がぼやけるを感じながら、少しだけ自分の能力に感謝した。

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