第4話〜私の朝
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第4話〜私の朝

 朝、目を覚まして自室の窓を開けると、太陽の日差しにまぶしいと思いながらも、ずっと見つめて自らの目を焼くことで私の一日が始まる。
「……」
 鏡の前の自分を見て、今日もため息をつく。何故、こんなにも私は不幸なのだろうか?
「俺の名前は祐斗。君の名前は?」
 ため息をつきながら、昨日会ったあの男の奇行をふと思い出す。
「私は美穂」

 ついでに、自分の奇行について思い出し、頭を抱える。
 何故、あんな事をしたんだろう?そう思ったが、どうせいつものことだから仕方ないとすぐにあきらめる。きっと、もう会うこともないだろうし、携帯にメールされても無視をすればいいだけの話だ。
 鏡で軽く身だしなみを整え、朝食を食べにリビングへと向かう。
 食卓には当然のように朝食は用意されておらず、私はいつものように冷蔵庫に向かう。冷蔵庫の扉を開けて牛乳を取り出し、棚から食器を一枚取り出し、いつもの朝食を始める。
 目の前の箱から食器へとシリアルを注ぎ、それに牛乳を注いで、いつもの朝食を作る。食べようとして、肝心のスプーンを忘れていることに気付き、また、ため息を一つついてから席を立つ。 スプーンをとるついでにテレビのリモコンを取り、適当なチャンネルにあわせる。
 食卓に座っているのは私一人だけ、音を出すのも目の前でついているテレビと私くらいで、なんとも朝の風景とは言いがたい寂しい風景だったに違いない。
「出たな! 怪人ウルティウス」
 テレビでは、やたらと重武装したヒーローと、なにやらそれっぽい怪人が対峙している。こんな番組があったんだ。
「ごちそうさま」
 静かに手を合わせて、食べ終わった食器を洗い場へと運び、綺麗に洗って食器乾燥機に入れてから自分の部屋に戻る。
 机においてある鞄を手に部屋を出ようとしたとき、一匹の白い羽に黒い点がひとつある珍しい蝶が部屋に迷い込んできた。
 ゆらゆらとさまようその姿に、私は自分を重ねたのだろうか?私は、いつでも蝶が逃げていけるよう、少し無用心だが部屋の窓を開けておく。どうせ、今日は雨は降らないだろう。
「行ってきます」
 誰かが返事を返してくれるわけではないが、すでに日課となった挨拶を無人の部屋にし、家を出る。しっかりと鍵もかけて準備は完了だ。と、言っても私の窓は開いているのだが。
 私の歩く道で聞こえるのは町の喧騒。朝なので、その喧騒も昼よりはいくらか、すがすがすがしいものではあった。
 私と同じく登校する生徒達の話し声、走り去るバイクの音、そのどれもが生気に満ちているように感じられる。
 しかし、私はどうだろうか?私といえば、うつむいたまま何も言葉を発さずに歩いているだけ。もちろん、隣に友達の姿はない。
 しかし、私はこの時間がたまらなく好きだった。なぜならば、生気に満ちた人の流れにいるようで少し気分がよかったからだ。
 このまま時間が止まって進まなければいい。そう思ったこともあったがそれは無理な話だ。
「危ないよー」

 このまま、無事に時間が過ぎることを少し期待し、登校を再開した時だった。後ろから間抜けな声が聞こえてくる。
 何かと思い、後ろを振り向いたころにはもう遅かった。
 私に一直線に向かってきたそれは、私に当たって、その動きを止める。
「大丈夫ー? お姉ちゃん」
 声の主は、心配そうに私から数メートル離れたところから声をかけていた。小学生くらいの少年だった。
 私は、自分に当たったそれを拾ってやろうと思ってふと思い出す。このまま拾うとおそらく拾えないことを。それでも私は、今日なら出来るのではないかと淡い期待を抱いてしまい、私は落ちているボールに手を伸ばす。
「ありがとーナンパのお兄ちゃん」
 しかし、私の手はボールに触れることはなかった。なぜならば、ボールは近くを通った青年の手によって投げられてしまったからだ。
 私は、私の仕事を奪った青年を少しだけにらんでから、登校を再開する。
 私は本当についていない。というより、やろうとしたことはすべて裏目に出てしまう。なぜか?それは私が『ネームレス』だからである。

 小学生の頃だった、私はとある理由で心に傷を負い、そこから私のこの不幸は始まった。
 医者曰く、「まだ、この病気はよく解明されていないので、なんともいえない」との事だ。治る見込みもないらしい。ついでに医者は、冷たく、私にこうも言った。
「君をギバー注意級に認定する」
 その言葉は私を人間として認めず、異能力者の怪物だと断定した言葉だった。

 私の能力の名は、「逆転現象<サカサマサカサ>」

 自分が忌み嫌う能力の名前なんか考えたくは無かったが、思いついたのでそう呼んでいる。もっとも、私以外にこの能力の効果を知っている人間は両手に収まる。医者、国の役員。なぜ周りが知らないかというのは、私がそれを周囲に話さないのと、私の階級が低い事に、国も特に警戒していないということだ。
 そして、能力の名前を知ってる者と言われれば、その数は片手に収まる。それも、私が周りに話さないだけだ。
 私はこの能力が大嫌いだ。なぜなら、自分の思ったことと、行動が間逆になってしまう。しかも、その方法は無理やりであったり、普通ではありえないような事だったり、とにかく偶然にしてはありえなさ過ぎる事ばかりおきた。
 たとえば、さっきのボール。私は、確かにボールを拾おうとした。しかし、それは突然のイレギュラーによって阻止された。昨日のメールアドレスの交換もそうだ。 
 私はメールアドレスの交換など望んでいなかったし、むしろ嫌がっていた。ゆえに私の逆転現象<サカサマサカサ>が発動してしまったのだ。
 おそらくあの男が私に出会い続け、声をかけ続けたのも、私が早く消えてほしい、かまわないで欲しいと願ったからに違いない。そして、私がもう出会いたくないと願ってしまったという事は、またどこかで出会うかもしれないということだ。
 しかし、そのどれもがたいした事が無いので安心はしている。私は一度、この能力で人を傷つけている。それも、致命的な傷をだ。事故に合わせた彼は無事一命を取り留めたが、その出来事は、能力などたいしたことが無いと、淡い思いを抱いていた私の期待を、完膚なきまでに打ち崩した事件だった。
「逆転現象<サカサマサカサ>なんて無くなればいいのに」
 そうつぶやきながら、私は目の前に見えてきた学校にへと、さらに進む歩を早めた。学校なんて行きたくないのに。
そのまま、来客用のスリッパをはき、職員室へと向かう。かなり早い時間に来たとおもったのに、職員室の中は人でいっぱいだった。
 私は職員室に入り、適当に近くの人に声をかける。その人は、丁寧にも私の担任となる女性の元へと連れて行ってくれた。
「あなたが黒須さんね。よろしく」
 如月鈴花(きさらぎ すずか)と名乗った担任は、私に握手を求めてくる。特に断る理由も見つからなかったので、私は差し出された手を握り返す。とてもやわらかく、暖かい手だった。
 如月先生はパリッとしたスーツを着て、とてもスレンダーな女性だった。きっと男子生徒から人気があるに違いない。
 そのまま職員室で、朝のホームルームを待っていた私だったが、職員室の外が騒がしいことに気づき廊下を見てみる。すると、そこには一人の男子生徒がこっちに手を振っていた。転校生が来たというので見物にでも来たのだろう。
 しかし、私の転校はまだ知られていないはず。だが実際、その男子生徒は実際にそこにいるのだ。しかも、私を見て笑っている。私は恥ずかしくなって目をそらす。

 その数分後、私は教室の扉に来ていた。ここから私の憂鬱な学校生活が始まる。
 担任の入りなさいという言葉に、私はゆっくりと、希望となるか、絶望となるか、わからない扉をゆっくりと開いた。

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