第3話〜どこかの貴族のお嬢様?
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第3話〜どこかの貴族のお嬢様?

「すいません。ボールを拾ってくれませんか?」
 何をしているかって?何、必殺技の事後処理だ。
 俺は今、見ず知らずの目の前の女性に声をかけている。目の前の女性は、長い黒髪で顔はよく見えないが、見えるところで言えば、身長は150p前後で小さく、やや猫背で、少し暗いといった言葉が似合いそうな女性だった。
 こういうとナンパをしているように聞こえるが、俺はただボールを回収しているだけだ。やましさなどかけらもない。多分。
「あの、ボール……」
 俺は目の前の女性に再び声をかけるが、帰ってきたのはボールではなく沈黙。
「ボール、とってもらえませんか?」
 俺は、取りに行けばすむというのに、少し意地になってもう一度声をかける。
 女性はため息をつきながらボールを拾い上げるためにかがむ。

「おいっちに、おいっちに、おいっちに」
 と、そこにいきなりランニング集団が現れ、俺と女性の間を通過していく。ランニング集団の通った後には、なんともいえない熱気と、男のむさくるしい汗の匂いが残るだけだった。
「あの、ボール」
 しかし、俺はそんなものは無視して女性に話しかける。だが、帰って来たのは、またもやボールではなく沈黙。
「ボールを――」
 しかし、俺の木庭など無視をして、ため息だけ残して女性は去っていった。
 俺には、なぜ女性が去っていったのか理解できなかったが、女性の居たところを見て理解する。
 そう、残っていたのは男たちの熱い熱気と汗の匂いだけ。つまりは、ボールは先ほどのランニング集団に蹴り飛ばされてしまったのだ。そんな馬鹿みたいな偶然な事があっていいかと思うかもれないが、実際におきたのだから仕方ない。現実は小説より奇なり。とはよく言ったものだ。
「セカン」
 少年たちはうだうだしている俺に痺れを切らし、野球を始めていた。
 だが、ここで切り上げられたのはちょうどいい。
 ここらで俺もおさらばすることにしよう。
 俺は川原から離れてまた、ぶらぶらと町を歩く。商店街、公民館、学校、エトセトラエトセトラ……。
 色々回って気づいたことが二つあった。一つ目は、俺の町は存外にでかいということ。よくよく見れば、掘り出し物がありそうなアンティークショップや、いかにも胡散臭い寂れた洋館。結構何でもあるものだ。
 二つ目は、俺の行く先々で必ずといって良いほど、先ほどのボールの女性と出会うと言うことだ。
 別に俺が後をつけている訳ではないし、あっちがこっちをつけている訳でもなさそうだし、本当に偶然でよく出会う。
 何度も会ったからだろうか?俺は女性に純粋に興味を持っていた。
 それはそうだろう、一日に何度も同じ人に出会えば気にならないはずはない。俺は思い切って商店街で女性に声をかけてみることにした。
「すいません」
 帰って来たのは、ボールのときと同じく沈黙。
 そして、無言のまま女性は去っていってしまう。
「すいません」
 今度は空き地で声をかけるが、帰ってくるのはまた、沈黙。
 まるで俺を空気のように無視して女性は再び去っていってしまう。
「あの」
 次は住宅街で。やっぱり帰ってくるのは、沈黙。
 また無言のまま女性は去っていく。
「ねぇ」
 コンビニで。
「ちょっと」
 本屋で。
「おい」
 ことごく無視される。 
 それは、俺がそこにいないのかと錯覚させるほどの威力だった。少しなきそうになった。
 そして、ついさっきの俺の声かけも、同然のごとく無視された。少しだけ涙が出た。
 女性は俺の声かけなど、どこ吹く風でふらふらと町を彷徨っている。
 ルートのようなものはないが、同じ場所に何度か行っているところ見ると、おそらく、目的なんかは存在していないのだろう。
 いつの間にか俺の休日は、その女性のストーキングに変わっていた。
「お嬢さん」
 俺はやけになり、どうせ無視されるだろうと思ってふざけた様子で、図書館の前あたりに差し掛かった女性に声をかけてみる。
「なに?」
 だが、予想と反して女性は反応を示す。俺は、予期していなかったことに頭が真っ白になって「あ」とか「う」とかしか話せなくなってしまう。
 まさか、どこかのお嬢様でお忍びでここに来ているのかもしれない。そんな思考さえ思い浮かんでしまった。
「俺の名前は白金 祐斗(しろがね ゆうと)。君の名前は?」
 何をとち狂ったか、俺は自己紹介なんて始める。相当俺はあせっていたのだ。
 当然、俺は相手に変人だと思われたに違いない。というかずっと話しかけていた時点でもう手遅れだろうが。
「私は美穂」
 相手も何を考えているのか、いやそうな顔をしながら俺に自己紹介をする。察するに、自己紹介をしてさっさと俺とお別れしたいのだろう。なかなか頭が切れる。
「メ、メールアドレスでも交換しようよ」
 さらに、俺は何を考えているのか携帯を取り出してアドレス交換をせがむ。
 ここで普通なら「いやだ」とか言ってもいいはずなのに、美穂と名乗った女性は俺と同じように携帯を取り出してアドレスを交換し始める。
 赤外線でデータのやり取りを行うのには、道端に生えていた桜の花びらが木の先端から落ちて地面につくほどの時間も要さなかった。
「それじゃ」
 アドレス交換が終わると、冷静になった俺は何をしていたのかと恥ずかしくなり、その場を走って逃げ出す。大丈夫、足に早さには自信があるんだ。なんたって俺は100mを12秒で駆け抜ける。
 散った桜を、自らの起こした風によって舞い上げながら俺は家へと走った。

「ただいま」
 肩で息をしながら帰宅すると、妹には「こんな時間まで制服でいたの?」なんて笑われたりしたが、別段何もしていなかったりする。
 そんなことより今は疲れた。俺は部屋に帰ってベットになだれ込む。いつもは感じないが今日のベットはものすごくやわらかいような気がして、眠気を誘う。虚ろに見開いた目先では、携帯のディスプレイで、今日新しく登録した「黒須 美穂(くろす みほ)」という名前が携帯のバックライトに照らされて光っていた。

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