第26話〜そうだ樹海行こう
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第26話〜そうだ樹海行こう

「さて、今日もやろうか」
 結局、私はまた次の日もここにきてしまっていた。
 あのまま家に居ればまた、大河が私を心配して声をかけてくるに違いない。昨日の今日だけであの引き篭もりだった大河がそこまで積極的になるとは考えにくかったが可能性はゼロではない。可能性が一パーセントでもあるならば私はそれを回避したい。
 つまり私はまた、弟から逃げてきたということだ。逃げるなら図書館でもコンビにでもどこへでも行けばよかった。それだというのに私はよりによってここにきてしまっていた。
「黒須さん?」
 ぼんやりと雨の降る窓の外の風景を眺める私に彼が声をかける。
「何かあったの? 目、赤いよ」
 全く、普段は恋さんのアタックにも西条さんのアタックにも一切気づかないというのに、こういうところだけ鋭いのはずるい。そんなに心配そうな瞳で覗き込まれてしまったら私は嘘がつけなくなってしまう。
「さあ、今日は男子諸君は外で遊んでなさい」
 私が返答に困っていると恋さんがいきなり彼と藤村君を部屋の外へと追いやる。
「ちょっと、なにするんだよ」
 突然のことに藤村君は驚きを隠せないで居るようで、少し抵抗をしていた。一方彼はやれやれといった感じで自分から部屋を去っていく。いくらなんでもいさぎがよすぎる。しかし、形はどうあれ私は恋さんに助けられた。
「さて、本題に入りましょうか」
 私を含めた五人は、何故か円を描くように座っていた。
「その前に少し良いかしら?」
 そういってすっと立ち上がった可憐さんはそのまま扉へと向かって歩いていく。
「何してるのかな、亮君?」
 扉を勢いよく開けると、そこには聞き耳を立てている藤村君が間抜けな顔をして座っていた。彼はその後ろで腕を組んでやっぱりといった風にため息をついていた。
 可憐さんに猫のように首根っこをつかまれて藤村君は連れて行かれてしまった。しかも、玄関に鍵までかける用心深さだ。一応ここは他人の家のはずなのによくやる。
「合鍵があるけど、流石に入ってこないでしょう」
 二人が合鍵のありかを知っているのに鍵をかけたというのは無意味な行為に思われたが、鍵をかけたというのは、入れないようにしたのではなく入ってくるなという意思表示に近い行為のようだ。事実、外からは合鍵を使って家に入ろうとした藤村君を黙らせる彼の声が聞こえてくる。
 あそこまでしっかりと言われれば流石の藤村君でも入って気はしないだろう。今頃は二人で傘でもさしてどこかに行ったに違いない。
「それで、今日ここに集まってもらった理由だけど……」
 集められた理由を知らない私と西条さんは体を硬くして恋さんの言葉を待つ。
「白金について話し合おうと思ってね」
 恋さんの口から出た言葉に固まっていた体の力が抜けた。これで誰かを殺す相談なんてしよう。なんていわれていたらもっと体はこわばっただろうが、今回はそうではないらしい。
 しかし、考えてみれば彼のことを考えるなんてのは今の私にとっては拷問よりもつらいことなのかもしれない。現に、昨日だって結局ずっと彼のことが頭の中でぐるぐると回り続けて一睡も出来なかったわけだ。私の目が赤いといわれたのも恐らく寝不足と泣きすぎたことからきているものだろう。全く、誰にも気づかれないと思っていたのに、まさか元凶に気づかれるとは思っていなかった。
「まず最初にはっきりとさせておきたいことは、ここに居る全員が白金が好きだって事で良いのかを聞きたいの」
 いったい何を言い出すのかと思ったが、私を除いた四人はいたって真面目な顔で話を続けているので冗談ではなさそうだ。というかいつの間に私まで頭数に入れられているのだろうか?
「うん。私は好きだよ。白金のことが」
 まず話を振った自分から言ったほうが良いと思ったのか、それとも他者に対する牽制のつもりなのか恋さんが宣言する。恋さんが彼を好いているのは知っていた。だが、ここに集まった四人のいずれもが彼を好いていると宣言をした恋さんを茶化したりしない。むしろ皆、危機を感じているというか、少しぴりぴりとしていた。
 なんとなく西条さんが彼を好いているというのには気づいていた。それは、毎日毎日好きでもない男のところにクラスをまたいでいちいち昼食をとりにくる人は居ないだろう。
 しかし、あの二人のことは全く予期していなかった。ただ単にじゃれているか、少し気に入っている程度の認識なんだろうと思っていたのにそうではないらしい。
 私を抜いた四人が彼のことが好き。その事実が頭の中でぐるぐると回り始める。
 
「ご、ごめんなさい」
 私は皆が宣言していく中で不意に席を立った。やっぱり耐えられない。
 そのまま部屋を飛び出して階段を駆け下りる。途中、背後からは何か声が聞こえてきたような気がするが、今は聞きたくない。雨の中、彼の家を飛び出して走る。一瞬家に帰ろうかと思ったが、家にいる大河のことを思い出してあきらめる。
 結局、私は行く当てもなくひたすら雨の中をどこかに走った。
――彼を好いてはいけない。
 
 わかっていた。好いてしまえば彼はどこかに言ってしまうというのは分かっていた。だから意識しないようにしていた。
 だと言うのに昨日、ほんの少しだけ彼を思ってしまった。
 本当にほんの少し思ってしまった。ほんの数秒だ。それだと言うのに次の日にはこれだ。私の能力は関係なかったのかもしれない。だが、いきなり今まで何もアクションを起こさなかった幼馴染が活発に動き出したり、いきなり知らないクラスの女の子が彼を好いたりするだろうか?いきなり私が思った次の日に新たに好きだと言う人を見つけるだろうか?
 結局のところ、やっぱり私は誰かを好いてはいけないのだ。
 好きになればなるほど相手が離れていってしまうのだ。そんな絶対にかなわない恋ならばしなければよかった。誰かを傷つけてしまうような、好きな人とも結ばれないこんな能力は要らない。
 と、いうか私はもう彼のことを好きだというのに気づいてしまったのだ。しかしまだ認めるわけにはいかない。これ以上何かが有ると私が壊れてしまうかもしれない。
 私はかすむ視界の中でひたすら走った。目がかすむのは、雨せいなのか涙のせいなのかわからなかった。それに、何故走っているのか、何から逃げているのか、そんな物はこれっぽっちとも分からなかった。
 道行く人は皆、傘も差さずに雨の中をただ走る私を異物を見るような目で見る。そんな視線も嫌で、私は人の少ないほうへ少ないほうへと走った。
 
 やがて、私はいつか彼と来た公園にたどり着いた。彼と来たと言っても、そのときは花梨ちゃんがいたし、そういえばここで恋さんにライバル宣言をされたこともあった。
 流石に走り続けていたので、足は動きたくないと悲鳴を上げているし、息もかなりあらい。このままただずんでいてもよかったのだが、流石に足がもう立つことさえも拒否しだしている。ベンチに座ろうかとも思ったが、こんな雨の中一人でベンチに座っているのを誰かに見られたら、きっと誰かが声をかけるに違いない。私は一人になりたいのだ。そんなことは望ましくない。
 考えた結果、私は公園によくあるコンクリートで出来た滑り台の中で休憩しようと思いつく。あそこならば人に見つかりにくいだろうし、私ひとりが座るスペースは十分にありそうだ。
 ザアザアと雨がコンクリートで出来た滑り台の屋根を打つ。ここは予想以上に狭かった。想像では楽に座ることぐらい出来るだろうとは思っていたのだが、ここは私がひざを抱えて座ることが出来るよりも少しだけ広いスペースしかなかった。
 走るのがつらくてとまってしまったが、走るのをやめたとたんに彼のことをまた思い出してしまう。私が走っていたのも、何も考えなくてよかったから走っていたのかもしれない。
「なんで」
 なんで、私は認めることが出来なくて他の人はたやすく認めることが出来てしまうのだろうか。しかも、それが私のせいで起こった気持ちかもしれないと言うのにだ。なんで、私だけこんなにも悩まないといけないのだろうか?世界は本当に不平等だ。神様なんてものがもしも居たらならば、そいつは今すぐに殺してやりたいほど意地悪にちがいない。
「さむいな」
 精神の異常の次は、体が異常をきたし始めた。傘も差さずに雨の中を走ったからだろう。私のからだはずぶ濡れになっていた。濡れたた体は氷のように冷たくなり、私は抱いていた足をより強く抱く。着ている服がいつもより重いし、何よりも肌に服がへばりついてとても気持ち悪い。髪のびしょぬれで、毛先からは水滴が滴っている。
 しかし、私はそんなものを絞ったり振り払ったりする気力もわかず、ただひたすら空虚を見つめて死にたいと願った。もう疲れた。彼のことを考えるのも、この能力で考えるのも、全部が嫌になった。死後の世界があったとして、私が地獄に行くことになろうとも、今のこの状況よりはずっとましに違いない。
 それならば、こんなくそったれな世界に何の未練があるだろうか?
 死のう。そうしよう。なんだか眠いし、このまま寝てしまえば楽に逝けるような気がする。
 お母さん、最後まで親孝行できなくてごめんね。大河、駄目なお姉ちゃんでごめんね。
 
「黒須さん!」
 
 地獄と言うのはやっぱり、閻魔大王とか鬼なんかが居るんだろうか?もし居るのならスケッチでもしてみたいものだ。
 そうだ、地獄に行くと言うことは、私は死ぬんだし、この際だ言ってしまおう。私は彼のことが間違いなく好きだ。離れたくないし、彼にも私を好いてほしい。
 
「黒須さん!」
 
 薄れ行く意識の中、私は愛しい人の声をきいた。

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