第25話〜苦闘
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第25話〜苦闘

「何で休みなのに皆俺の家に集まるんだよ」
 そう困ったように笑いながら、集まった私達に視線を送る彼だが、不快だといったような表情ではない。
「なによ、どうせ一日を無駄にごろごろと無駄に過ごそうとしてる幼馴染を憂って遊びに来たってのにその言いようは何よ」
 自分がいきなり来て部屋にあがりこんでいるというのに、これだけ言えるのはある意味すごい事だと思う。
「う、うるさいよ」
 それに臆してひるんでしまう彼もどうかと思う。まぁ一日をごろごろ過ごすという部分が図星だったんだろう。心なしか微妙に歯切れも悪い。
「それに、黒須さんや西条さんまで連れてきて、何考えてるんだよ」
 そういいながら私と西条さんを指差す彼だが、彼の言うことはもっともだろうと思う。なぜ私はこんな朝からこんなところに来てしまったのだろう。私は今日は一日新しく買った本でも読もうと思っていたのに。
「西条さんはつれてきたんじゃなくてついて来た。が確かなんだけどね」
 言った後で西条産に意地悪そうに笑いかける恋さん。ライバルには容赦をせず攻撃をするという事なんだうか?
 案の定、西条さんは顔を真っ赤にして床を見つめて黙りこくっているが、どうせ彼は鈍感なので気づくことはないだろう。
 しかし、ライバルに好戦的なら何で私を呼んだんだろう?恋さんは、正正堂堂と勝負をしたいなんていっていたし、それのせいなんだろうか?いや、いまさらりと自分が恋さんのライバルということにしていてしまったがそもそも、私は彼を恋愛対処に見ていないのでライバルというのはおかしいだろう。ただの友達として私をこの場に呼んでくれたに違いない。
 しかし、西条さんは何で彼の家の前でうろうろしていたんだろうか?
「それは私から説明しよう」
 今にも口喧嘩が始まってしまいそうな空気の中で始めたのは藤村君のお姉さんだった。というか、この部屋の人口密度は少し高すぎると思うのは私だけなんだろうか。一部屋に、私を含め七人なんて尋常じゃない。それでも彼の部屋は少し広かったので問題はなかったのだが、問題は何故こんな人数過去の部屋に集まったかということにあると思う。
 問題といえば彼が旅行の最終日に倒れてしまったが、アレも自分のせいだと気づいてしまった。おそらく、私は彼が怪我をしたときの銀狼のように出るわけないと思ってしまったのだ。私がそんな事をすれば本当にそれらが出てしまうのは想像できたはずだ。
 銀狼のときもお化けの件もそうだが、まだ死人が出ていないことだけが唯一の救いだと思う。しかしだ、これ以上私が特定の誰かと一緒に過ごすのは危険すぎるような気がする。これ以上誰かに依存してしまうと後には引けない事になるかもしれない。
 だが、長らく人と接していなかった私にとってはこの状況、この人間関係は捨てるに捨て切れないくらい心の中で大きな割合を占めてしまった居た。まさに後の祭りといったところだ。
「それで? 黒須さんはどう思うの」
 私が今後のことについてぼんやりと考えていると、いきなり声がかかった。私に何かを質問しているというのは分かったのだが、聞いていなかったので何を話していたのかが分からない。
 しかし、こういうときはそうですね。とか、それでいいと思います。とか、そういったことを答えておけば物事はたいていいい方向に流れていく。大体、人間よくある賛成意見よりは珍しい反対意見に飛びつくものだ。
 だが、私はそれを口にせずに無言で一度だけ首を縦に振る。これで私に対する質問もやんで、この話もさっさと終わってくれるだろう。
「うそ……だろ……」
 がっくりとひざを突いて四つんばいになってしまう彼。私の言葉はそんなにも衝撃的なものなのだろうか?見ればここにいる人間はとても良いことを考えるような人たちではないと思い出した。その仲でも唯一の良識派の彼がここまで絶望している。と、なると私はもしかしたらとんでもない間違いを犯してしまったのかもしれない。
「あ、あの――」
「じゃあ早速計画を立てましょう」
 急いで訂正しようとした私の声も、遮られるように話は進んでいく。もう遅いようだ。せめてこの皆の楽しそうな顔が悪いものではないことを祈るくらいしか出来なかった。
「よりによって黒須さんまでもが……」
 彼はいまだに頭を抱えてなにやら言っていたが私も隣りで頭を抱えたい気分だ。何せ私が承諾をしてしまったことで話はもう決定の方向で話が進んでいたからだ。無論そこに彼の意見などは取り入れられる事はない。
 私と彼は二人、蚊帳の外に置かれてしまったように会話に参加がすることが出来なくなってしまっていた。と、言っても私はもともと参加なんてする気はなかったので好都合といえば好都合のような気がする。
「黒須さんはなんで賛成したの?」
 いつもよりトーンの低い声で彼が私に尋ねた。何故?といわれても理由はない。というか聞いていなかったのだからまず何が行われているのか把握できていない。
 だんまりを決め込む私に、彼はため息を一つだけついて会話を終わらせてしまう。
「話し、聞いてなかったからよく分からない」
 そんな彼を見ているとどうにも本当のことを伝えたくなってしまった。
 しかし、彼は私のその言葉を聞いて、さらにに絶望の色を濃くした。
「残念だね、黒須さん。いまさらそれが分かってももうあの人たちは止められないよ」
 彼は力なく微笑んで見せたが、そんなに事態は深刻化しているのだろうか。
 
「そういえば黒須さんはあの肝試しの事覚えてる?」
 いまだに何かの計画で盛り上がっている他の人から離れて二人で小さく座って黙っていると彼が話しかけてきたので、私は返事代わりに一度だけ首を縦に振った。
 忘れるはずがない。なぜなら、私の能力でまた人に迷惑をかけてしまったのだから。
「あれって本物らしいよ」
 私を驚かそうと思ったのか彼は手を胸の前まで上げてお化けの格好をしている。こんな状況を招いた私に対する仕返しだろうか?しかし私はアレが本物だというのをここにくるまでに恋さんに嫌というほど熱弁されて分かっていたので驚きはしなかった。たしかに、それが自分のせいだと気づいたときに心臓が止まるかと思ったのだが。
「あれ? あんまり驚かないんだね」
 あまりに無反応な私を不思議に思ったのだろうか。彼は悩み始めてしまう。
「わ、わーこわーい」
 これ以上私のせいで彼を悩ませたくなかったので驚いているフリをしてみるが、彼は苦笑いをするだけだった。
 
「ごめん」
 再び訪れた沈黙を破ったのは私だった。いくら無意識のうちにやってしまったとはいえ、人を脅かしてしまったのだから謝らないといけない。そう思ったのだ。
「なにが?」
 いきなりの謝罪に彼は困惑していたが、私の思いが伝わるなんてそもそも最初から思考に入っていないので問題はない。
「ごめん」
「海のことならもう気にしてないよ。事情も分かったし」
 案の定彼は違う方向に謝罪を解釈した。これでいい。むしろ私の謝罪の意味を彼に悟られてしまったら私はここに居られなくなってしまう。
 そう考えて気づく。離れないといけないのにここに居られないなんて考えてしまうなんて、私は本当に駄目な人間だ。
「それに、黒須さんと海にいけるのは楽しそうだしね」
 そういって今までの憂鬱な表情からは一変して満面の笑みを私に向ける彼。私にその笑顔がまぶしすぎた。まぶしすぎてすぐに目をそらしてしまった。
 そういえば彼が話の節々で言っている海とはいったい何なんだろうか?
 
 
 
「お邪魔しました」
 時刻はすでに夕刻を回っていた。結局あの後も私と彼を除いた五人はずっと話し込んでいた。彼と私は終始無言だったが、それでも何故かそれだけで心がとても温かくなっていた気がした。
「また明日も来るからね」
 そういうのは恋さんで、また今日の話の続きをするらしい。
 彼は玄関でめんどくさそうに頭をかいていたが、しばらくして好きにすればいいといって家に引っ込んで行ってしまう。
「じゃあ私はここで」
 私と彼の家は徒歩で数十秒なのですぐに恋さんたちと分かれることになる。
「じゃまた明日」
「じゃあね」
 無言で手を振る私に次々と声をかけて去っていく皆。明日って事はまた明日も私に自由の時間はないのだろうか?そう思うと少しだけ憂鬱な気分になった。
 
「ただいま」
 当然返事の帰ってこないだろう家に帰宅を告げる。
 見ればいつものように彼の妹の靴が置いてある。
「お、おかえり」
 そのまま自分の部屋に向かおうとしていたというのにその場で足が止まってしまう。
 長い間聞くことのなかった声。しかも私を迎え入れてくれる懐かしい声。私はその声がとてつもなく嬉しくて、目の前が一瞬ぼやけてしまったが、それを袖でふき取って部屋に走る。
 嬉しくないわけではない。もちろん恥ずかしかったわけではない。ただ、今まで私のせいでああなっていた弟にどういう声をかけていいのか分からなかっただけだ。
 部屋に戻った私は扉に鍵をかけ、そのままベットに飛び込んだ。両膝を抱えて一人震える。ついでに布団にうずくまる。つまるところ、私は弟が怖かったのだ。
 寒さからではない震えを止めようと、必死に抱えた両膝を強く抱くがいっこうに震えはとまることはなかった。
「黒須さん?」
 震え続ける私の脳裏に、彼の笑顔が浮かんだ。
 すると不思議と少しだけ震えが治まったような気がした。
 私の周りが変わったのは彼がきてからであることは間違いなかった。
 弟が久しぶりに部屋の外に出るようになったのは、彼の妹がきてからだった。私に友達が出来たのは彼の友達がいたからだった。私がこんなにも苦しいのは、彼がきてからだった。
 彼のことを考えると不思議と心が落ち着く。それに少し胸の鼓動も早くなる。
 だけどそれを認めてしまうと私はそれが出来なくなってしまうに違いない状況を作り出してしまう。考えても考えても答えはいつも同じで早く突き放せ。なのに私はそれが出来ず、彼に助けてほしいと思う始末だ。
 
「白金君……苦しいよ」
 
 思ってはいけない人を思いながら、私は部屋で一人涙を流した。

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