第21話〜猿芝居
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第21話〜猿芝居

 つまらない。楽しくない。別に普段の生活があきの来ない楽しいものではないが、それでもやはり今の状況は楽しくない。
「あなた達はみごとAクラスに選ばれました。しかしここで気を抜くのではなく、しっかりと勉強に励みましょう」
 私がこのクラスに来て最初に聞いた先生の言葉はそれだった。
 会話もなくひたすらにテキストに向かうクラスの人達。そこには、面倒だのやりたくないなどといったような様子は一切見られず、皆一心不乱に課題に取り組んでいた。まさに勉強をするために生まれてきた機械のようだ。
 私は、一足先に終わった課題の上にお気に入りの黒のシャープペンシルを転がしてため息を一つつく。別に勉強は嫌いではない、むしろ好きな部類に入る。だがしかし、朝からの一件がどうも私の気分を重たいものにしているのだった。
 朝、彼を見かけた私は挨拶をしようと思って声をかけようとした。嫌いだと思っている相手にわざわざ挨拶をしようというのもなんとも変な話だが、とにかく私はしようと思ったのだ。それだというのに、あの赤い髪が出てきて私の存在を覆い隠してしまった。私は彼が嫌いだ。だから彼に挨拶を出来ないのはなんともない。しかし、何故だろう。彼の周りに多くの女の子が集まるのを見ていると心がチクッとする。
「ずいぶんと余裕のようね」
 私が考え事をしているというのに隣に座っていた女子生徒が私に話しかけてきた。
「あなた白金祐斗の知り合いね」
 見れば私にそういうこの生徒、どこかで見たような気がする。
「私の名前は青葉百合(あおば ゆり)っていうの。赤さんのお友達といえば理解してもらえるかな?」
 赤?私の知り合いにそんな人間は居ただろうか?しかし、青葉?青葉青葉……。
「赤さんより西条さんといったほうがよかったかしら?」
 私が悩んでいるのを察したのだろう。青葉さんは私がわかるように話してくれた。
 西条さんね、あの人の友達か……確かに朝、西条さんが青葉だの翠だの言って走り回っていたような気がする。
 しかし、また彼の周りに女の子が増えるわけなんだ。私はどうもこの頃、彼への女の子の集まり方が異常すぎるような気がする。別に彼のことは好きではないのはいい。しかし、もしかしたら私の能力が……。いや、これを認めてしまえば彼の元にはきっと今より多くの女の子が集まってしまうだろう。彼のことは好きではないがそれは少し嫌だ。だから私はこれを認めてはいけないんだ。たとえそう思うことで逆に私の能力が発動しても、あの思いを認めない限りは被害は最小に抑えられるはずだ。
「聞いてる?」
 不機嫌そうに眉を寄せて私を見る青葉さん。そういえば忘れていた。
 私は青葉さんにわかったという意味を込めて縦に首を振った。
 しかし、青葉さんはそれだけでは不満のようで表情をさらに険しくする。
「名前くらい名乗ったらどう?」
 そういって私をにらむ青葉さん。しかし、青葉さんは私より小柄だというのに物凄い迫力ある。何故かこの瞳ににらまれると物凄く逃げたくなってしまうほどだ。そして、私にない部分ものすごい迫力ではある。これは反則だと思う。なんと言うかその、女性として負けた。気がする。
 しかしここで、私にも女性らしいだとか女らしさなんかを気にする気持ちがまだ生きていたのかと驚いた。
「黒須美穂」
 またこれで彼の周りに女の子が増えてしまうのか。
「安心して、別に私はあなたの敵になろうって訳じゃないから」
 私がまた大きなため息をついていると青葉さんは肩を叩いてしっかりと告げた。
「あ、青葉さん?」
 青葉さんの尋常じゃないほどのやる気を肌にひしひしと感じた私は思わず声を上げて青葉さんを止めようとした。
「青葉さんなんて他人行儀じゃなく、私のことは百合で良いわ」
 私の声などまったく聞こえていない様子でどんどんと青葉さんは私を押し倒そうと力を込めてくる。
「青葉さん。黒須さん。課題は終わったんですか?」
 少し騒がしくしすぎたのだろう。担当の先生がやってきて私たちに注意を促す。地獄に仏、まさに危機一髪だ。
「私ならすでに終わっています」
 そうきっぱりといって先生のほうを一度たりとも見ようともしない青葉さん。私以外にも終わっていた生徒が居たなんて……。
 先生は疑いの目でちらりと青葉さんを見てから課題に目を通し、驚いたようにもう一度課題を見直す。
「く、黒須さん、あなたは?」
 青葉さんの課題を元の位置に戻した先生は私が無言なのを見て、直感的にまだ出来ていないのに遊んでいるのだと悟ったのだろう。嬉しそうに私の課題をぱらぱらとめくる。
 しかし、先生の目は大きく見開かれることになり、課題を机においてそのまま去っていってしまう。注意はしてくれないの?
 
 
 
 それからというものは大変だった。あの後も何故か私に必要以上にへばりつく青葉さんいなせ切れず、何度も抱きつかれたものだ。課題後の朝食後だって、その後の課題、そしてその後の昼食とずっと引っ付いているのだから目障りなことこの上ない。
 本人曰く、私のストライクゾーンにど真ん中らしいがいったい何の事なのかまったくわからない。
「美穂さーん」
 ただいま夕食中。やはり青葉さんは私にべったりで、いつの間にかもう下の名前で呼ばれてしまっている。まったく、迷惑な事極まりない。
「あ、青葉さん。少し離れてください」
「だからー青葉じゃなくて百合って呼んでくださいよー」
 そういって私の腕にその胸についている二つの凶悪なものを押し付ける青葉さん。そんな事をされても私は女なのだからちっとも嬉しくはない。し、しかしやはり大きい。この腕がすっぱりと収まってしまうほどの大きさ、そしてこの腕を包むなんとも柔らかい感覚。凶悪だ。
「ゆ、百合さん……少しだけ離れてください」
 私は百合。とはいえず、さんをつけてしまった。しかしこれはごく普通の反応だと思う。初対面の相手にいきなり呼び捨てなんて事は私には出来そうにない。
「百合で良いって言ってるのに……まぁ仕方がないですね」
 そういって嬉しそうに頬を赤らめて百合さんは私から少しだけ距離をとってくれる。本当に少ししか動いてくれないのはどうかと思う。
「私は敵じゃないって言ってるのに」
 そういうとよよよとなきくずれてしまう百合さん。なんともわざとらしい。しかしこの人が言っている敵ではないとはどういった意味なんだろうか?
「簡単に言いますと味方、協力者なんていう表現が良いかもしれませんね」
 そう言って微笑む百合さんは、物凄くかわいかった。その笑顔に私は女だというのに、少しきゅんとしてしまった。
「赤さんはあんな無粋な男には似合いませんからね」
 気づいた事がある。百合さんの笑顔は一切男子に向けられている様子はない。現にそういって男子生徒をにらむ視線は私に向けられていたものとは百八十℃逆の性質のもだろう。
 なんだかとっても嫌な予感がする。こう、背筋がぞくぞくとする感覚。もしかしたら体に危機が迫っているのかもしれない。
「それでは就寝の時間です」
 そう言う先生の言葉でやっと百合さんとはなれられる。やっとこの恐怖から脱する事が出来る。そう思ったのだが、何故か百合さんは私の後をつけてくる。部屋へ行く道がたまたま同じなのだろうと思ったが、どうやら目的地は私の部屋らしい。私が部屋に入ると後ろから百合さんもついてくる。
「じゃあ後で来るから準備しといてね」
 そういって部屋から出て行く百合さん。どうやら目的は私の部屋の場所を確認したかっただけのようだ。
 後で来るというのは理解できた。夜まで一緒に居るというのは正直勘弁してほしいが、同姓から自分にこんなにもまっすぐな好意を向けられたのは、恋さん達以外では久しぶりなので少しいいかなとは思う。
 しかしだ、準備をしておいてというのはいったいどういった意味だろうか?やはり百合という名前なのだからアレなのだろうか?
 今までずっと冷静を保ってきたはずなのに百合さんに出会ってからども調子がおかしい。しかし人を変えてしまう、それが百合さんの魅力なのかもしれない。だがやっぱり今の自分には少し邪魔なのかもしれない。
「お待たせ」
 数分後、そこには荷物を背負った百合さんが扉を開けてたっていた。もしかしたらこの部屋で一緒に過ごす気なのか?そう思ったが百合さんは私に荷物を背負うようにといって私を引きずっていく。
「ど、どこに?」
「戦場よ。赤さんを取り戻す為のね」
 そういう百合さんの顔はとても冗談を言っているようには聞こえず、私は本当に戦場に連れて行かれているのではないかと不安になってしまうほどだった。
「おじゃまします」
 そういうだけ言ってノックもせずに扉を開く百合さん。
「今日からここで生活させていただきますね」
 相手もいきなりの訪問者に驚いたのだろう。次々と荷物を置いていく百合さんに何も言い返さずに静まり返っている。
 私は目立つのはが好きではないので黙って扉を見つめていたが、百合さんから挨拶をするようにといわれて恐る恐る顔をあげる。
「黒須み――」
「黒須さん!?」
 私が自己紹介をし終わる前に私の正体を知ったのは見知った顔だった。
 黒須さんのあなたの味方という言葉と赤さんを取り返すという言葉の意味が今やっと理解できた。
 目の前のはいつもの食事のメンバー。とやたらと元気そうな女の子が一人。そして彼を好いている人間は私の知っているだけでこの中に二人。
 つまり、この人は私と彼を引っ付けて西条さんを取り返そうというのだろう。
 さてさて、なんとも面倒な事になった。別に私はこんな事望んでいないというのにまったく迷惑だ。
 そう思いながら私は頬を緩ませた。

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