第19話〜始まり
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第19話〜始まり

「ですから――」
 あぁ……なぜ、こうも校長の話というのは長いのだろうか?こうも長いと卒業旅行前のわくわくした気分なんて一気に萎えてしまう。
「なので――」
 接続詞を駆使して魔術師のように話を続ける校長。そうだ、逆に考えよう。ここまで長い話を出来る校長は物凄いのだと。
「と、いうことで修学旅行を楽しんできてください」
 俺達はこの最後の一言を聞くためにひたすら直立の体制で待ち続けた。
 それからも修学旅行に行く際の注意事項やら何やらを色々な先生が話すのを聞いていたが、どれも右から左へだ。
 少しでも合宿などと名付けられた修学旅行を楽しいものにしようと意気込んでいた生徒達もすっかりとげんなりとしている。もしかしたら先生達の狙いはこれなのかもしれない。なかなかやることがあくどい。

「出発します」
 窓の外から見える先生達の満面の笑みに、すこしの寒気を覚えながらもバスは出発した。
 車内には、まだ初日の出発だというのになんとも重い空気で満ちていた。耳を澄ませば誰かがため息の音が聞こえた。というよりは耳を澄ます必要はない。なぜならば車内は、俺達を地獄へと送るバスのエンジン音と、タイヤの音くらいしか聞こえないほど静まり返っていた。
 辛い事があるとわかっていても最初くらいはみんな元気なのが普通だが、今回は違う。なにせ、つい先ほどこの修学旅行の本当のしおりが渡され、この修学旅行が合宿といわれる意味を知ったからだった。
 朝は四時から夜は十二時まで、分単位でスケジュールが組んである。これがもし電車のダイアだとしたら、確実にどこかで事故がおきるだろう。
「嘘だ……嘘だ嘘だ」
 隣りでは、呪詛のようにつぶやき続けている人間も居る。もちろん藤村だ。
 周りがそんな狂気に感染していく中、俺はポケットからイヤホンを取り出し、そっと耳につけて音楽を聴き始めてまぶたを閉じた。聞こえてきたのは、ヴェートーヴェンの運命だった。何百曲とある中でこのチョイスをしたこのプレーヤーはなかなかだとは思うが、この曲を聞いていると、なんだか今後の旅行がとても不安になってしまう。がしかし、このまま悩んでいてもどうにもならないはずだ、寝て起きたらもしかしたら何かが変わっているかもしれない。そう思って俺は意識を手放した。
 
 
 
「おきろよ」
 嬉しそうなその声で、意識を無理やりに覚醒させられる。眠い目をこすりながら声のする方向に顔を向ければ、藤村がにやついていた。
 一瞬、何かされてのではないかと窓を覗き込んで顔を確認したが、いつも通りの無愛想な顔がそこにはあった。
 ではいったい何なのか?
「おはよう白金」
 考えている間にも、恋がやってきてにやついている。本当に何なのだろうか?
 その答えは黒須さんの手元を見たことによって、案外早くわかることになった。
「ノート?」
 黒須さんの手にあったのはノートと、見覚えのない一枚のプリント。見れば周りのクラスメイトも同じような格好をしている。しかも皆、顔がかなり真剣だ。そして、そのプリントは俺の手元にもあった。しかも結構な時間が経ってしまったようで、到着予定時間まであと一時間を切っている。この状況から導き出せる答えは一つ。
「課題が出たのか」
 そう聞くと二人は笑顔でうなづいてくれた。なるほど、殺してやりたい。
 そこからは俺は音楽を聞いている暇も、雑談をしている日まもなく、ただひたすらに課題に力を注いだ。
 
 
 
「それでは課題を回収します」
 そういわれたのは目的の寺についてすぐだった。俺はぎりぎり終了した課題を提出して一息をついた。
 しかしついた寺は、いかにも古いですといったような趣があり、なんだか幽霊の一つや二つくらい出てもおかしくないといった大きな墓地まであった。
「じゃあお寺に行きますよ」
 そういって如月先生は近くの石段を登り始めた。なに?これが寺ではなかったのか?
「嘘だろ……」
 如月先生についていった藤村に続いて上を見上げると、今から登る石段の先には石段が見えていた。どうやらとてつもなく長い石段のようだ。

 上れど上れど石段。回れども回れども石段。ずっと石段。螺旋状に山を登っていく石段にいらつきを覚えながらも、ポケットから携帯を出して時間を確認する。まだ一分しか経っていない。そして気づいた事がもう一つ、もうここでは電波は入らなくなっており、こいつは時計にはや変わりしてしまっていた。
「皆ー遅いよ」
 そういって先頭に立っているのは恋と運動部の皆さん。流石は体育会系の人間は体が違う。俺達文科系のは上るのが精一杯だというのにまだまだ余裕のようだ。
「だらしないなぁ」
 そういって俺を待ち構えていた恋。何とかして言い返してやりたくはあったが、どうにも俺は上るだけで精一杯だ。
 それに、俺が最後尾というわけではなく、むしろ俺は結構がんばっているほうだと思う。それなのに恋はまだがんばれと俺に言ってくるのだった。
「白金は好きな子とか出来たの?」
 少しうつむきながら俺にそう聞く恋。こいつは俺のことを冷やかしに来たのだろうか?
「いない」
 ぶっきらぼうに短く答えて先に歩を進める。
「もしも私が彼女になったらどうなるかな」
 なんだか今日のこいつはおかしい。車内の勉強の熱にやられてしまったのだろうか?
「別にいいんじゃないか」
 適当に答えたつもりだったのだが予想以上に恋は喜んでくれたようで俺の荷物を持ってくれた。
 
「と、到着」
 結局、最後まで俺のペースに合わせて上まで登ってくれた恋。隣りでずっと喋っていてうるさかったが、今思えば多少気がまぎれてよかったのかもしれない。質問の内容は首をかしげるようなものばかりだったが。
「到着した人はここで課題を受け取ってから待っててね」
 そう笑顔で伝える如月先生。そしてその周りに見えるのは、大小さまざまな机や椅子に座りながら必死に課題を解いている体育会系の皆さんの姿があった。
 なるほど、先に運動に情熱を注いで勉強のおろそかになりがちな体育会系の皆さんに少しでも時間をあげようという魂胆なのか。なるほど。
 ということで俺も早速、課題に取り掛かる。続々と後続の生徒が来たことがわかってもただひたすらに課題をやる。俺には他人にかまっているほどの余裕は皆無なのだ。

「はい、課題回収」
 結局、全体が課題が終了した時間は、到着の後先にかかわらず同じくらいになっていた。
 課題を回収された俺達は、ここでやっと自分達がこれから一週間すごす場所に居たことに気がついた。とてつもなく長い廊下、掃き応えのありそうな広い石畳、逃げ出すことのできそうにない長い長い石段。そこはまさにお寺という皮をかぶった監獄だった。
 俺達はその後、味のない昼食をとり、再び課題に明け暮れた。数学、国語、社会。課題は手を変え品を変えて俺達に襲い掛かった。

 時間は過ぎて夜。
 畳の上にしかれた布団に倒れこむ。畳が硬くて体が少し痛むが、そんな事はもう関係ない。俺はそれ以上に疲れたのだ。
 部屋割りはランダムだった。別に好きなところに移動しても良いとの事で、男女が相部屋になる事さえも了承された。しかし、だれもかれもランダムに振り分けられた部屋からは出てこなかった。皆布団に包まり泥のように眠っていて、やけに静かなのが不気味だ。
 俺は一人、眠れないまま天井を見つめていた。羊を数えていれば眠くなるかもしれないとは思ったが、四桁まで行ったところで面倒になったやめた。
 一人無音の世界に居た俺は、ふと、昔のことについて思い出していた。一緒に公園でよく遊んだあーちゃん。何故あの子があーちゃんと呼ばれていたのか、そして何故俺はあんなにも黒須さんにあーちゃんをかぶせてしまうのか?
 俺はあーちゃんの事が好きだったらしい。そしてそこに黒須さんを重ねたがっているというのは、やはりそうなんだろうか?
 しかし、黒須さんとあーちゃんを重ねると同じようでどこかが違うような気がしてならないのだ。確かに、時間の経過とか、会っていなかった時間などはあるだろう。だが何か違和感を感じてならないのだ。
 こうして俺の眠れない夜は更けていった。

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