第18話〜誰だろうと
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第18話〜誰だろうと

「来週から修学旅行ね」
 そういったのはいつものように隣のクラスから現れていた西条さんで、せっかくの修学旅行だというのになんとも辛気臭い顔をしている。
「そういえばそうね」
 答える恋も、どこか表所は暗い。だが俺はそんな二人の気持ちは痛いほどによくわかる。
「今から何とか風邪をひけないか?」
 そう冗談めいたことを言う藤村だが、言葉とは裏腹に表情はいたって真面目だ。
「あきらめろ」
 俺はそう言って藤村の肩を叩いてやる。もちろん藤村もそんなことは無理だとわかっているので肩をがっくりと落とす。
 俺達四人はなんとも重い空気で食事を共にするが、一人だけその雰囲気に毒されずに首をかしげているだけの黒須さん。
 そういえば、黒須さんは最近ここに来たからあの修学旅行の内容を知らないのか。
 知らぬが仏。なんて言葉があるが、遅かれはやかれもうすぐ伝えられることになるだろうから今教えても何の問題もないだろう。
「黒須さん、俺達の学校の修学旅行というのはね、それこそ修学旅行というよりは合宿のようなものなんだよ」
 黒須さんは俺の言葉にますます意味がわからない。といったふうに考え込んでしまった。
「うちの学校の修学旅行、それは別名『勉強合宿』っていうのよ」
 恋の大きなため息とともに漏れたこの単語でやっと意味がわかってくれたのだろう、黒須さんはうんうんとうなずいている。
 名前の通り、勉強合宿は修学旅行という皮をかぶった化け物である。なにせ、朝から晩までずっと勉強をさせられるからだ。しかも、合宿の開催地はどこかのお寺で、食べ物はもちろん精進料理。毎朝雑巾がけなどの奉仕活動もみっちりと組み込まれているのだから、もはや修行クラスだ。そして、それが一週間も続くというのだから俺達のように勉強が嫌いな人間はもちろん、勉強の出来る人間も表情が暗くなるのは当然だろう。
 歴代の先輩達は合宿を終えた後にはげっそりとした顔で合宿のことについては何も話してくれず、ただただがんばれとしか教えてくれないのだ。あの可憐さんたちでさえ合宿のことになるとその顔をゆがませるほどだ。それは不安になるというものだろう。
「り、りんご切ってきたんだけど食べる?」
 あまりにも暗い空気に呑まれて忘れていたのだが、西条さんへのお礼代わりに作ってきたりんごの入った入れ物を掲げる。
「もらうわ」
「ちょうだい」
 声はまだなんとなく重く、反応も重たいものだが、何とかこちらに興味を持ってくれたようでりんごのはいった入れ物に視線を集中せる。
「うさぎって……あんた好きねぇこれ」
 俺がふたを開けてから一番に反応するのは恋。流石は昔からの付き合い、俺がよくこれを作るのを知っている。だが別に好きなわけではないぞ。むしろ好きなのはお前だろうに。何せ俺があーちゃんにと作っていったのに、一番多く食べていたのは四人の中でもお前だっただろうに。
 昔のように遠慮なくりんごを食べ始めた恋を横目に、ほかの人間の反応を見てみる。
 黒須さんはめったに見せない笑顔でりんごを頬張っていてくれている。藤村はというとうさぎの耳の部分の皮をめくって遊んでいる。お前は何をしているんだ。
「どうかな? 一応あの時のお礼のつもりなんだけど」
 特に反応がないので、西条さんにこれがお礼だということを伝える。
「じょ、冗談だったのにごくろうさんね」
 そう言いながらもきっちりとりんごを食べる西条さん。喜んでもらえて何よりだ。
「そういえばあんたお菓子作るのも好きだったよね」
 りんごを食べ終わった恋が余計なことを言う。こういう事を言ったという事はどうせこの後に続くのはあの言葉だろう。
「今度作ってきてよ」
 やはりか……。恋が言い出したのだから作ってこなかったら何日もの間ずっとしつこくせがまれるのだろう。
「気が向いたらな」
 そうため息をつきながら了解する俺だが、いつもの二人以外にも、黒須さん西条さんの笑顔が見れるかもしれないと思えば少し笑みがこぼれる。
「じゃあ今日はこれで失礼するわ」
 昼休みも残すところ数分となったところで西条さんが席を立つ。真っ赤な髪をなびかせ、優雅に足し去っていくその風景はどこかのお姫様を彷彿させる。
「いいなぁー」
 いつも西条さんが去った後の恋はこうだ。何かうっとりとしたような様子で自分の短い髪をいじり、ため息をつく。いったい何を考えているのだろうか?
 一方の黒須さんはというと、りんごのときの笑顔はどこに行ってしまったのかというくらい無表情に戻り、ただ黙々と弁当箱を片付けている。
「そういえば黒須さんって何かあのりんごに思い出でもあるの?」
 唐突だったとは思う。それに何をいまさらという感じはあるが、何故がその理由を知りたくて聞いてしまった。
 当然のように黙り込んでしまう黒須さん。もとより簡単に会話が成立しないのは知っていたし、当然といえば当然の反応だろう。
 もうこの話題は忘れよう。西条さんにりんごを渡したときに感じたこの懐かしいような、後ろ髪を引かれる妙な違和感も、目をつぶってしまえば気にならないものだろう。そう思って俺は聞くのをあきらめた。
 しかし、黒須さんは俺の言葉を受けてからぴたっと動きを止めてしまっていた。予想以上に俺の質問は相手を困らせるものだったらしい
「昔、友達がよく作ってくれた」
 俺が気にしないでと言おうとした時に黒須さんはそうぽつりとつぶやいた。
「友達がね……」
 自分でその言葉をかみ締めるようにつぶやいて、黒須さんの言葉を聞いてなんだかほっとしていた自分が居た。
 その理由は定かではない。ただ、俺は予想以上に昔の事、恐らくよく一緒に遊んだあーちゃんの事が気になっていたということだ。
「教えてくれてありがとう」
 しかし、この安堵感は何だろう?別にあーちゃんが黒須さんだろうと西条さんだろうとあーちゃんはあーちゃんなのに、あーちゃんが黒須さんだとこうも安心するのはおかしくないだろうか?
 安心と同時にもう一つ悩みを抱えることになってしまった俺は、少しの頭痛を思えながらも次のお菓子のメニューを一人微笑みながら考えるのだった。
「最後に連絡ですが、みんなも知っての通り来週からは修学旅行ですからしっかりと準備しておくこと。特にずっとニヤニヤして授業をまともに受けていなかった白金とかね」
 結局、残りの授業をそっちのけでお菓子について考えていたが、流石にこの終わりのホームルームでの如月先生の言葉には、今までお菓子のことを考えながらにやついていた俺の笑顔も凍った。もちろんクラスからは笑い声が上がっていた。
「どうせ白金のことだから変なことでも考えてたんでしょう」
 帰り道、恋がいまだにニヤつく俺を見てそういう。確かに男がお菓子のことについてにやけるなんていうのは異常なのかもしれないが、そもそもは誰のせいでこうなっていると思っているんだ。
「変なことで悪かったな」
 あっさりと俺は認めたのだが、どうやら違う回答がほしかったらしく、後ろで歩いていた西条さんとひそひそと話している。と、いうかいつの間に西条さんは一緒に帰るようになってしまったんだろうか?
「さすが健全な男子だな」
 笑いながら俺の肩を叩く藤村。お前はいったい何を勘違いしているんだ?
「変態ー」
 近くに居た花梨にもそういわれてしまう。いったいなんなんだ?男がお菓子を作るのがそんなに罪なのか?
 俺が自分の趣味と人生についてもう一度考えながらもふと思う、ずいぶんと帰り道もにぎやかになったものだ。はじめは俺と花梨の二人っきりだった。なのに今ではどうだろうか、恋や藤村が加わり、さらには西条さんまでもが増えてしまった。もちろん黒須さんも増えているのだが、あまり話したりはしないのでにぎやかになる要因にはなっては居ない。
 別に嫌というわけではないが、たまには静かに帰りたいものだと思ってしまう自分は贅沢だろうか?
「じゃあね」
「さようなら」
「じゃあな」
 三者三様の別れの言葉を聞きながらいつもの分かれ道で三人がグループを離れる。ここからは少し静かになる。
 
「黒須さんはどんなお菓子がすき?」
 しばしの間無言で歩いていた俺は、いつまで経っても決まらないお菓子のメニューを他人に任せてみようと聞いてみた。
「え?」
 ただ一緒に歩いてただけの黒須さんはうつむいていた顔を上げて聞きかえしてくる。
「今度お菓子を作るんだけど黒須さんは何を食べたい?」
 今度はしっかりとわかるように目的を伝える。
「りんご……ケーキ……」
 すると案外あっさりと教えてくれた黒須さん。明日は雨だろうか?
「へぇリンゴケーキか、昔よく遊んだ子も好きだったよ」
 そう、リンゴケーキはあーちゃんの好物でもあった。真っ黒な髪に白いクリームとつけて微笑みながら食べていたのは今でも鮮明に覚えている。俺が物を作る喜びを知ったのもあーちゃんのおかげなのかもしれない。
「私は、昔友達が作っていた」
 黒須さんはうつむいたまま俺に教えてくれる。
「友達ってうさきのりんごの友達?」
 俺がそう聞くと黒須さんは一度だけ首を縦に振った。
 もしかしたら、本当に黒須さんがあーちゃんなのかもしれない。そう思うとなんだか嬉しく思う自分が居た。
「恋ちゃんも藤村もあの子達もリンゴケーキ好きだったよね」
 黙っていた花梨がそっとそういう。
 確かに、恋や藤村もリンゴケーキが好きだったような気がする。
 また他人の笑顔が見れる。そう思うと俺はまた嬉しくなったのだった。
「お菓子は良いけど、とりあえずは合宿がんばってね」
 嬉しかったというのに花梨が嫌なことをぼそりと告げる。あぁ、勉強は嫌だな……出来ればしたくない。だがしかし、いつもにぎやかなあのメンバーとなら面白いかもしれない。そう思えば少し希望が持てるのだった。
「おじゃましまーす」
 帰り道に最後のイベント。また俺は黒須さんの家の前に立って、花梨のゆれるおさげを眺めていた。あんなにあにぃあにぃと言って俺にへばりついていた花梨が、俺から離れていってしまうのは少し寂しくはあるが、これもあいつの成長なんだと気持ちを切り替えることにする。それに俺は別にあいつのことは好きではないしな。
「いつもいつもごめんね」
 ていつもの言葉を黒須さんに述べる。
「いい」
 そしていつもの言葉を受け取る。
「弟君の調子はどう?」
 こうも毎日言っているのだから少しはどうなのかを聞きたくなるものだ。
「大河」
「ん?」
「名前」
 今日の収穫は弟君の名前のようだ。
「それで……花梨は役に立ってるかな?」
 ただ単に迷惑をかけているようならば、花梨には悪いが止めるしかないだろう。
「問題ない」
 がしかし、そんな悩みは杞憂のようで、しっかりと花梨は役に立っているらしい。流石は俺の妹。
「この頃は一緒にご飯を食べに降りてくるようになった」
 そうぼそぼそと話す黒須さんの表情は見えないが、なんとなく声の調子が嬉しそうだ。
「いつか一緒に帰れると良いね」
 そう言う俺に、しっかりと首を経て振る黒須さん。
 本当にいつかそんな時間を迎えられたらいいのにな……。
 そう思いながら俺は、花梨が家に入ったのを確認し、黒須さんにお別れの挨拶をするのだった。

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