第13話〜積極的
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第13話〜積極的

「チケットを拝見いたします」
 そういって俺の渡したチケットを笑顔で真っ二つに破く店員。
「ごゆっくりとお楽しみください」
 渡された半分になってしまった手元の紙を見ながら、俺は店員の横をため息とともに通り抜けた。
 あぁ、何でこんなことになってしまったんだろう。
 確かにあいつらはこうする予定だったとはいえ、本当にするとは思わなかったぞ。
 いや、俺の認識が甘かったんだ。やつらはやると言ったらやる。そういう生き物だ。
「さー遊ぶぞー」
 俺の後ろからは、元気な声と楽しそうに話をしている聞きなれた声が聞こえる。
「ごめんね、黒須さん。こんなことに巻き込んで」
 後ろは無視をして、隣で静かに立っていた黒須さんに謝罪する。元々はこんなことになったのは俺のせいだ。
 きっと、黒須さんもこんなにぎやかなところは得意ではないだろう。
 それなのにあいつらときたら、あんな笑顔でここのチケットを渡すもんだからきっと断るに断れなかっただろう。
「いい」
 黒須さんは諦めたようにため息をつき、肩を落とす。本当にすまない。俺がしっかりと釘をさしておけばよかったんだ。
「どう?」
 黒須さんと俺が話をし終えたタイミングで、いきなり恋が目の前でくるりと一回転した。
 それと同時に恋のスカートが花のように広がる。
「どう?」
 回るのをやめた恋が、もう一度俺にフリルのついた凹凸のない胸を張ってえらそうに聞いてくる。
「転ぶなよ」
 恋がスカートをはくなんて事は今までに見たことがない。俺の記憶の中をいくら掘り返してみても一度もない。
 なので俺はスカートを書く際のアドバイスを率直に述べてやった。なぜなら、スカートを踏んで転んだ恋の姿が容易に想像できたからだ。
 しかし、俺の反応がお気に召さなかったのだろう、恋は子供のように頬を膨らませた。
「行くわよ、白金!」
 そう恋が言ったかと思ったら、俺は腕を抱かれそのまま引きずられていく。俺の意思とか意見は関係ないらしい。
「わかってないわね」
 引きずられていきながらも、声に反応して後ろを見れば、やれやれと言った風に可憐さんたちが俺に首を振っている。花梨までもが小ばかにしたように首を振っている。俺がいったい何をしたと言うんだろうか?
 俺は引きずられながら、やけに張り切る恋の理由や、ほかの人たちがあきれている理由などまったくわからず、この馬鹿みたいに広い巨大テーマパークでの活動を開始した。


「な、なぁ……少し休憩しないか?」
 俺の提案は、普通の人間からすればいたって普通だったと思う。
「何言ってるの?」
 しかし、それは俺の常識であっただけで、こいつの常識ではなかったようだ。
 恋はまた俺の腕を抱かかえ、次なるアトラクションを探す。いつもならここでこいつは腕をつかむ程度なのに、よほど遊びたいらしい。と言うか胸があたっている。
 頼む、出来れば今度は絶叫系じゃないものがきますように。
「これに乗ろう」
 今日はやたらと積極的な恋につられながら、次のアトラクションにたどりついた。
「すーぱーろーりんぐえくすとりーむ?」
 看板を読み上げた俺は本能的に悟った。これはやばい。なぜかわからないがものすごくやばいような気がする。と言うか当たり前のように絶叫系のアトラクションに来たな。
「今回はパスね」
 いつの間にか追いついた可憐さんは両手で罰を作って俺にそう告げる。今回は、と言っても今日来てから一度も乗り物に乗っていないような気がするから、今回もパス。が正しいのではないだろうか?
 しかし、可憐さんが何も乗り物に乗っていないと言うので思い出した。今日はまだ、絶叫形のアトラクションしかのっていない。高所恐怖症の可憐さんには申し訳ないことをしている。
 そして、もしかしてこいつは今日一日中この遊園地にある壱百八つの絶叫系アトラクションを回ることに時間を使うつもりなのか?
「お、俺もパ――」
「いくよ! 白金」
 もちろん恋が俺の意見など取り入れてくれるわけもなく、と言うか聞かれることもなく、俺はそのまま引きずられていく。
 あぁ、後ろでは可憐さんと黒須さん。そして花梨が手を振っている。そういえば、黒須さんも何にも乗っていない。黒須さんも高所恐怖症なのだろうか?
 そして黒須さんは身長制限に引っかかった花梨の相手をずっとしているように思える。
 今の気持ちを簡単に言うと、いつもは真っ平ごめんだと思っていた花梨お守りも、今なら進んでやってやろうと言えるくらいのものすごい意気込みだ。
「はいはい乗った乗った」
 恋に詰め込まれるように無理やりシートに座らされ、隣には当然のように恋が乗り込んでくる。俺の後ろでは、藤村と麗華さんが座っていた。二人の間には会話はなく、お互いに気まずそうだ。
 そんな二人がいたたまれなくなった俺は何か声をかけようと思った。しかしそのとき、目の前に赤いバーがやってきた。
 そして電話のコール音のような音とともに赤いランプが点灯。俺を乗せた地獄のゆりかごはゆっくりと前進を始めた。二人を気遣う事はもはや出来そうにない。
「ではお楽しみください」
 畜生、いつもなら美人だと思えるだろう店員の顔がやたらと憎たらしく見える。
 もういやだ。
 
「き、休憩を要求する」
 スーパーローリングエクストリームから降り、直ぐに次なるアトラクションへと俺の腕を抱いたまま進もうとする恋を無理やり止める。流石に五十個も連続で乗るのはつらい。
「もう飯の時間だ」
 俺は近くのホットドックの屋台を指差して恋にとまるように言う。食い意地のはった恋のことだ、これならばきっととまってくれるはずだ。
「うーん」
 しかし今日の恋は少し違った。いつもならすぐにホットドックの屋台のほうに飛んでいくはずなのに、今回は何かを悩む仕草を見せて立ち止まっている。これは奇跡か?
「もうお昼なのね」
 しかし結局は食い意地に負けた恋は、しぶしぶと言った感じで近くのベンチに腰掛ける。後ろからついてきていたみんなも近くのベンチに腰掛ける。やっと休憩か。
 風が気持ちいい。あのアトラクションで十分に風は感じられたのだが、こういうゆっくりとした風のほうが今は落ち着く。
「はーい集合」
 可憐さんが近くの芝生に陣取り、なにやら準備をしている。可憐さんの周りを見れば、同じように芝生に陣取っている親子連れも目立つ。
 俺はベンチからゆっくりと立ち上がり、可憐さんの元へと進む。
 可憐さんの元によった理由は一つ、もちろんお昼ご飯だ。
「いただきます」
 各々が持ってきた昼食を取り出す。全員手作りの弁当のようで、大きさや内容が一人一人個性が出ている。
 もちろん、俺も自分で作った。ただ、花梨は俺の作ったものを勝手に弁当に詰めていたので内容はほとんど俺と一緒だ。
「これ美味しい」
 その声で全員のお弁当を見回していた俺は、俺の弁当の中から料理がなくなっていることに気づく。それも結構な量。
 見回せば、ほとんどの人間が俺の料理を食べていた。黒須さん、君もか……。
「白金にはこれをあげる」
 そう言って恋は玉子焼き?のようなものを差し出す。恋の弁当はいつも恋のお母さんが作っていたはずだ。つまり、今日は少し失敗したんだろう。
 しかし、見た目はひどい出来だ。形は崩れているし少しこげている。かなり甘く見てもやはりひどい。これは少しどころの失敗ではないな。
 まぁしかし、貰えるのなら貰っておこうと俺は弁当箱を差し出す。だがいつまでたっても玉子焼きは弁当箱に入る様子はない。
 イラついた俺は恋に文句を言おうとして視線を上げた。
「あーん」
 視線を上げた先では、玉子焼きをつかんだままの恋は口を大きく開けてそういっていた。それに従い俺は何のためらいもなく口を大きくあける。
 しかし、肝心の恋はというと、俺の口元まで玉子焼きを持ってきたかと思うと顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「そ、そんなことすると思ったの? ば、ばっかじゃないの」
 そう言って恋は弁当箱に玉子焼きを落としてそっぽを向いてしまう。最初からこうすればいいのに。
 俺はありがたく、もらった玉子焼きを食べようと箸でつかむ。その様子を恋は穴が開くのではないかというくらいじっと見ていた。
「返してほしいのか?」
「いいからさっさと食べろ」
 せっかく聞いてやったというのに、少し怒気をはらんだその声にはいはいと適当に答えて玉子焼きを口にする。
 うん、いつもの何かが違う。確かに見栄えの部分でも色々といつもとは違ったが、味付けも少し違うような気がする。
「あ、味は?」
 恋が身を乗り出して俺に聞いてくる。何故そんなに必死なんだ。
「今日は調子が悪いみたいだな。味がいつもと違う」
「そう……」
 俺がそういうとなぜか恋がしょぼくれる。別に恋の事じゃないんだから恋が落ち込む必要はないと思うのだが。
「だが、俺の好みの味だな。美味いぞ」
 いつも、少し甘いと思っていたが、今日は少ししょっぱいくらいになっていた。俺はそっちのほうが好みなので美味かったと言えば美味かった。
「あ、あっそ」
 褒めたと思えば今度はそっぽを向いてそっけない態度をとられる。まったく、訳のわからないやつだ。
「鈍感」
 花梨にそういって頭を突付かれる。みんな入場門のときのように首を横に振っている。恋は一人そんなのじゃないと顔を真っ赤にして反論していたが、俺には待ったく訳がわからない。
 
 
「さー昼も遊ぶわよー」
 お昼ごはんが終わったかと思えばすぐにそう言ってまた俺の腕を抱く恋。やはりまた胸があたっている。もはやこれは意図的なものではないのかとさえ思ってしまう。
 胸はどうもでいい。どうでもよくないがこの際は二の次だ。このままではまた絶叫マシーンに連れて行かれてしまう。そっちのほうが今は重要だ。
「お化け屋敷なんかどう――」
「次はあれに乗るわよ」
 俺の最高に良策だと思われた提案は最後まで聞かれる事はなく、俺はまた絶叫マシーンへと連れいてかれるのだった。
 後五十八、願わくば楽なのでありますように。

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