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第neo1話

――朝、部屋の窓を開くと、空が眩しすぎて、もう見たくないと太陽を凝視する。
――昼、友達が楽しそうに話しているのを聞き、五月蝿い雑音だと耳を傾ける。
――夜、歩いていると、月が綺麗だと思い、もっとみたいと目を閉じる。
 そんな事はあなたにありますか?

 朝、目を覚まして部屋の窓を開けると、暖かな太陽の日差しをうけ、まぶしいと思い目を背けることで俺の一日が始まる。
「おはよう」
 軽く目の前の、だらしなくパジャマを着た髪のボサボサとした、身長おおよそ175p、体重60s前後の男に挨拶をするが、当然のように返事はない。
「あにぃ! いつまで鏡を占領してんのよ」
 俺の背後と、目の前こいつの背後にも、同じ大きさの女が現れる。俺達はやはり同時に、やれやれといった感じに肩を上げ、面倒だが横にどいてやる。
「なに見てんのよあにぃ」
 女はじっと見つめてくる俺に気づき、恥ずかしそうに一言かけると、すぐにそっぽを向いてまた、髪をセットし始めた。
 俺は用のなくなった場を離れ、香ばしいハムとトーストの焼けるような匂いに釣られて歩き出す。
 この匂いからするに、朝食は間違いなく洋食だ。
 そのまま匂いにつられる様にして、匂いの元に着くと、やはり朝食が置いてあり、俺はそれを頂くことにする。

「ごちそうさま」
 静かに手を合わせて食べ物に感謝の意を示し、食べ終わった食器を洗い場へと運び、自分の部屋に戻る。
 部屋では、天井に巣を張ろうとしている蜘蛛を眺めながら、制服のトンネルに腕を通り抜けさせる。
 おそらく、あの巣は帰ってくる頃には出来ているだろう。
 そんなことを考えながら開けっ放しだった窓を閉め、部屋を後にする。
 がしかし、数秒後にはまた扉を開け、慌てて部屋に入ってから地面に落ちている鞄を拾い、また部屋を後にする。
 鞄を忘れるというのどうなんだろう。
「行ってきます」
 玄関できちんと挨拶をしてから、扉を開けて玄関をでる。
 外は、人間ではこんな澄み切った心の持ち主など、赤子くらいしかいないだろう。と、いうくらい澄み切った空だ。
「あにぃー待ってよー」
 背後から聞こえてくるのんびりとした声と、あわてるような物音は無視して先に進む。
 なに、これもいつものことだ。それに、どうせ待たなくても直ぐに追い付くはずだ
「はぁ、はぁ。何で待ってくれないのよ、馬鹿あにぃ」
 案の定、女息を切らしながら追いついた女は俺を睨む。
「今日学校無いのに制服なんか来てどこ行くの」
 女はいきなり恐ろしい事を教えてくれる。見れば、こいつはどこに行くんだと問いたくなるようなおしゃれをしている。もちろん制服ではない。
「なん……だと……?」
 俺はいたって真面目に女に問いかけるが、女もいたって真面目な顔で、嘘をついているようには見えない。俺は急いでポケットから携帯を取り出して日付を確認する。よし、平日だ。
「妹よ、今日は何の日だ?」
 俺が妹に聞くと妹は肩を落とし、ため息をついた後できっちりと真実を教えてくれる。
「創立記念日よ、あにぃ」
 何かの冗談かと一瞬思ったが、この様子だと、どうやら本当のようだ。
「そうか……」
 俺の隣でくすくすと笑っている妹に、軽く餞別がわりのでこピンをくれてやり、さっさと帰路に着く。
 ため息を漏らしつつ歩き出すが、ふとこのまま帰るのも癪なのでどこかによって帰ろうと思う。
 そうだ、久しぶりに図書館にでも行ってみよう。特に用はないがそうしよう。思い立ったが吉日というやつだ。いや?ここは善は急げか?俺はくだらないことを考えながら、家に向いていた足を図書館の方向へと軌道修正する。

「休館日……」
 今日はついてない。俺は目の前の『休館』の看板を睨みながらつぶやく。
 さて、このまま家に帰ろうか?
 しかし、それでは何か負けたようでいやだ。何に負けるのかはわからないが、とりあえずいやだ。
 今度はどこに行こうか?大丈夫。今日はものすごく時間がある。なんたって今日は休みの日なのだからな。
 俺がぶらぶらと町を彷徨うこと数分間。結局、何も思いつかなかった俺が彷徨っている間にいつの間にか川原にたどり着いた。俺は芝に座ろうかと思ってふと止まって考える。俺は制服だ、このままでは汚れる。だが、結局俺は座る。理由は簡単。立っているのに疲れたから。
「ヘイ、パース」
 何をするわけでもなく景色を眺めていると、川原の一角では小学生くらいの少年たちがボールを蹴りあって遊んでいる。俗に言う蹴球だな。
 子供が遊んでいるということはもう昼を過ぎているのか……。半日も歩いていたとは、それは疲れて当たり前だろうな。
  俺が首をかしげている間もサッカーは続いていて、ボールは上下左右いろいろなところに飛んで行き、それにともない子供たちも楽しそうに走り回っている。
「くらえドラゴォォンショットォォ!」
 子供の一人が足を大きく振りかぶったかと思うと、なにやら必殺技らしいそれの名前を叫びながらボールを勢いよく蹴り出した。
 少年よ、それはドラゴンショットではなく「トゥキック」と言うものだ。
 トゥキックと言うのは、ボールをつま先で蹴るキックので、初心者にこのキックが多い。まぁ、このキックは当たり所がよければよいキックになるし、うまくいけば無回転のボールを蹴り、落ちるボールが蹴れることもあるだろう。なるほど必殺技にはもってこいだ。
 もちろん当たり所がよければの話しだが。
「お兄ちゃんボールとってー」
 当たり所が悪かったとき?
 それは、こんな風に誰かにボールとって貰わなくてはいけなくなる。
「ほらよ」
 俺が目の前に飛んできたボールを蹴ってやると、ボールは綺麗な孤を描いて少年の元へと飛んでいった。
「お兄ちゃんすごいな」
 遠くでボールを拾った少年が駆け寄ってきて俺に話しかける。その目は、まさに輝いているといっても間違いではなかった。
 しかし、せっかくこっちにこないでボールを拾ったと言うのに、こっちに来ては意味がないだろうに。そんな何も考えないのが子供なんだろうが。
「お兄ちゃんパース」
「おう」
 子供と言うのは本当に元気だと思う。でも俺はもっと元気だと思う。というか元気というより馬鹿なんだろうけど。
「くらえっ超絶可憐爆龍キック!!」
 俺も調子に乗って取って置きの必殺技を炸裂させる。これでもサッカーは少しくらいは出来るつもりだ。
 さぁ、俺を称えるのだ糞餓鬼供よ!

「すいません。ボールを拾ってくれませんか?」
 何をしているかって?何、必殺技の事後処理だ。
 俺は今、見ず知らずの目の前の女性に声をかけている。目の前の女性は、長い黒髪で顔はよく見えないが、見えるところで言えば、身長は150p前後で小さく、やや猫背で、少し暗いといった言葉が似合いそうな女性だった。
 こういうとナンパをしているように聞こえるが、俺はただボールを回収しているだけだ。やましさなどかけらもない。多分。
「あの、ボール……」
 俺は目の前の女性に再び声をかけるが、帰ってきたのはボールではなく沈黙。
「ボール、とってもらえませんか?」
 俺は、取りに行けばすむというのに、少し意地になってもう一度声をかける。
 女性はため息をつきながらボールを拾い上げるためにかがむ。

「おいっちに、おいっちに、おいっちに」
 と、そこにいきなりランニング集団が現れ、俺と女性の間を通過していく。ランニング集団の通った後には、なんともいえない熱気と、男のむさくるしい汗の匂いが残るだけだった。
「あの、ボール」
 しかし、俺はそんなものは無視して女性に話しかける。だが、帰って来たのは、またもやボールではなく沈黙。
「ボールを――」
 しかし俺の木庭など無視をして、ため息だけ残して女性は去っていった。
 俺には、なぜ女性が去っていったのか理解できなかったが、女性の居たところを見て理解する。
 そう、残っていたのは男たちの熱い熱気と汗の匂いだけ。つまりは、ボールは先ほどのランニング集団に蹴り飛ばされてしまったのだ。そんな馬鹿みたいな偶然な事があっていいかと思うかもれないが、実際におきたのだから仕方ない。現実は小説より奇なり。とはよく言ったものだ。
「セカン」
 少年たちはうだうだしている俺に痺れを切らし、野球を始めていた。
 しかし、ここで切り上げられたのはちょうどいい。
 ここらで俺もおさらばすることにしよう。
 俺は川原から離れてまた、ぶらぶらと町を歩く。商店街、公民館、学校、エトセトラエトセトラ……。
 そして、色々回って気づいたことが二つあった。一つ目は、俺の町は存外にでかいということ。よくよく見れば、掘り出し物がありそうなアンティークショップや、いかにも胡散臭い寂れた洋館。結構何でもあるものだ。
 そして、二つ目は、俺の行く先々で必ずといって良いほど、先ほどのボールの女性と出会うと言うことだ。
 別に俺が後をつけている訳ではないし、あっちがこっちをつけている訳でもなさそうだし、本当に偶然でよく出会う。
 何度も会ったからだろうか?俺は女性に純粋に興味を持っていた。
 それはそうだろう、一日に何度も同じ人に出会えば気にならないはずはない。俺は思い切って商店街で女性に声をかけてみることにした。
「すいません」
 帰って来たのは、ボールのときと同じく沈黙。
 そして、無言のまま女性は去っていってしまう。
「すいません」
 今度は空き地で声をかけるが、帰ってくるのはまた、沈黙。
 そして女性は去っていってしまう。
「あの」
 次は住宅街で。やっぱり帰ってくるのは、沈黙。
 そして女性は去っていく。
「ねぇ」
 コンビニで。
「ちょっと」
 本屋で。
「おい」
 ことごく無視される。 
 それは、俺がそこにいないのかと錯覚させるほどの威力だった。少しなきそうになった。
 そして、ついさっきの俺の声かけも、同然のごとく無視された。少しだけ涙が出た。
 女性は俺の声かけなど、どこ吹く風でふらふらと町を彷徨っている。
 ルートのようなものはないが、同じ場所に何度か行っているところ見ると、おそらく、目的なんかは存在していないのだろう。
 いつの間にか俺の休日は、その女性のストーキングに変わっていた。
「お嬢さん」
 俺はやけになり、どうせ無視されるだろうと思ってふざけた様子で、図書館の前あたりに差し掛かった女性に声をかけてみる。
「なに?」
 だが、予想と反して女性は反応を示す。俺は、予期していなかったことに頭が真っ白になって「あ」とか「う」とかしか話せなくなってしまう。
 まさか、どこかのお嬢様でお忍びでここに来ているのかもしれない。そんな思考さえ思い浮かんでしまった。
「俺の名前は白金 祐斗(しろがね ゆうと)。君の名前は?」
 何をとち狂ったか、俺は自己紹介なんて始める。相当俺はあせっていたのだ。
 当然、俺は相手に変人だと思われたに違いない。というかずっと話しかけていた時点でもう手遅れだろうが。
「私は美穂」
 相手も何を考えているのか、いやそうな顔をしながら俺に自己紹介をする。察するに、自己紹介をしてさっさと俺とお別れしたいのだろう。なかなか頭が切れる。
「メ、メールアドレスでも交換しようよ」
 さらに俺は何を考えているのか携帯を取り出してアドレス交換をせがむ。
 ここで普通なら「いやだ」とか言ってもいいはずなのに、美穂と名乗った女性は俺と同じように携帯を取り出してアドレスを交換し始める。
 赤外線でデータのやり取りを行うのには、道端に生えていた桜の花びらが木の先端から落ちて地面につくほどの時間も要さなかった。
「それじゃ」
 アドレス交換が終わると、冷静になった俺は何をしていたのかと恥ずかしくなり、その場を走って逃げ出す。大丈夫、足に早さには自信があるんだ。なんたって俺は100mを12秒で駆け抜ける。
 散った桜を、自らの起こした風によって舞い上げながら俺は家へと走った。

「ただいま」
 肩で息をしながら帰宅すると、妹には「こんな時間まで制服でいたの?」なんて笑われたりしたが、別段何もしていなかったりする。
 そんなことより今は疲れた。俺は部屋に帰ってベットになだれ込む。いつもは感じないが今日のベットはものすごくやわらかいような気がして、眠気を誘う。虚ろに見開いた目先では、携帯のディスプレイで、今日新しく登録した「黒須 美穂(くろす みほ)」という名前が携帯のバックライトに照らされて光っていた。

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