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エピローグ〜あーちゃんの正体と本当の結末

「悩みどころだ」
 なにがか。
 そりゃ、黒須さんと二人でいちゃいちゃ出来るのはとてもうれしい。うれしくて飛んでいってしまいそうだ。今なら大気圏だって突破できる。
「所謂地に足が着いてないって感じ?」
「いや、天にも昇るような気分で頼む」
 花梨とふわふわと焦点の定まらない雑談。
 そろそろ花梨が鬱陶しそうに眉をひそめ始めたのは百も承知だ。
 だが、悩みどころなのだ。
 だから、何が。
「それで、あにぃはのろけを聞かせるために私を呼び止めたの? あーあー私のあにぃは死にました。うれしーうれしー」
「いや、まぁな」
 歯切れ悪く口ごもるのもこれで何度目か。
「これ、どうしようか」
 そういって指差すのはテーブルの上におかれたチケットと俺の携帯。
「あぁ、やっと本題なの? 待ちくたびれたわ」
「あ、うん。ごめん」
「それで?」
「それでとは?」
「はぁ……」
 また、ため息をつかれてしまった。いったい何が知りたいのだろうか。
「色ボケで頭のねじがゆるくなったの? あにぃはどっちの用件で私を呼んだの?」
 なるほど。
 チケットと携帯。選択肢は二つだったのか。俺はてっきり二つとも聞くのかと思っていたのだが。
「チケット? なによこれは」
「あーなんか当たった」
「あっそ」
「それだけ?」
「それ以外になんて言葉がほしいの?」
 まぁそりゃそうだろう。
 なにせチケットはペア。しかもご丁寧にカップル専用の刻印まである。
 商店街でチケットを当てたときは普通のかカップル用かが選べたのだが、俺は何をトチ狂ったのかカップル用をチョイスした。見栄だったのかもしれない。
「どうしたらいいかな?」
 素直に聞いたのに、花梨は露骨に顔をゆがませて舌打ちの返事をくれる。何故だ。
「黒須おねぇちゃんでも誘って行ってきなさいよ。どうせそれカップル用だし」
「えーでもー」
 そ、そんな。いきなりお泊りだなんて。
 付き合い始めていくつだ?まだ数日もたっていない。そんな関係で本当に二人きりの旅行だなんて。いいのか?いいのか?いいんだろうな?いいだろう。
「よし、誘ってみるぜ」
 脳内会議は満場一致で可決。
 かっこよく花梨に親指を立てて決意を伝えるつもりだったが、そこにもう花梨の姿はなかった。
「ったく、短気な奴だ」
 だが、問題を解決するきっかけをもらったのであまり文句も言っていられない。
「さて」
 携帯に向き直る。
 理由は簡単。ディスプレイに表示された着信ありの文字だ。
 
 
 
 時刻は遡る事告白後。
「あれ?」
 異常に気がついたのは黒須さんだった。
「携帯、鳴ってるよ?」
 なにせ、俺に抱きついていたので振動がダイレクトに伝わったのだろう。
「げ」
 いったん離れ、携帯を引き抜いたが、表示された名前に腰が引ける。
「赤さん?」
 黒須さんが口にした通り、着信は西条さんからのものだった。
 告白を断った手前、電話に出辛かった俺は黒須さんに目配せをする。
 てっきりどうぞとでもいうかと思ったのだが、黒須さんは珍しく首を横に振っていやいやをした。
 あぁなんてかわいんだろうと頭をポンポンとなで、俺は着信を無視した。
 
 
 
 さて、無視したのはいいのだが、毎日のように着信がある。
 出てしまえばいいのだろうが、なんとなく気が引けてついつい無視してしまう。
 学校で出会ったときは恋も西条さんもいつもと変わらず振舞おうとしてくれている。
 少し辛そうに目を細めたりすることがたびたびあるが、そこは彼女等の努力を汲み取って見なかったことにしているし、俺もそちらのほうが楽だ。
 だが、それだからこそこの着信は何か特別な意味を秘めているのではないかと勘ぐってしまう。
「うっ」
 噂をすれば何とやら、携帯が震えだす。
 やはり俺はいつものように鳴り止むのを見守る。なに、大丈夫だ。一分もしないうちに相手はあきらめる。
 
 だが、今日は少し様子が違うらしく、着信は一分を回っても鳴り止まなかった。
 あきらめて手を伸ばすが、やはり決意がまとまらない。
 そうこうしている間に着信が鳴り止む。
 いったい何なのか。
「ん?」
 またもや携帯が震える。
 今度はメールらしい。どうやら手段を変えてきたか。
「ま、メールを見るくらいはいいか」
 そう思って携帯を操作するが、メールの内容に絶望する。
 内容は簡単。
 公園に来るように。
 だそうだ。
 公園といえば俺が西条さんの告白を断った場所ではないか。なんと異な事を。
「うーん」
 こんなメールを送ってきたってことは西条さん、今公園にいるのではなかろうか。
「しかたないか」
 アドレス帳をいじって黒須さんの番号を呼び出す。
「もしもし?」
 スリーコール。実にすばやい反応である。
「あー黒須さん?」
「もー美穂って呼んでって言ってるじゃないですかー」
「あーごめんごめん」
「しっかりしてくださいよ……その、ゆ、祐斗さん」
 えへへとだらしなく口角を下げてしまう。
 いやいや、こんなことをしたいわけじゃない。いや、したいんだけど今回はそういう用事じゃない。
「で、今日はどうしました?」
 ありがたい。黒須さんから用件を聞いてきてくれた。
「えっと、西条さんから公園に来るよう言われたんだけど」
「はい」
「うん」
「うん?」
 受話器の無効では俺の話の意図をつかみかねているご様子。
「行ってもいいかな?」
「え、そんな事ですか?」
 そ、そんな事でばっさり切られてしまった。
「うん。そんな事なんだ」
「でも、連絡ありがとうございます。こんな連絡入れてくるって事は赤さんもう待ってるんでしょ? 早く行ってあげてください」
「わかった。つまらないことで連絡してごめんね」
「はい。また連絡お待ちしてますね」
 簡単に挨拶をしいて通話を切る。
 少し時間を食ってしまったが許しを得たことだし公園に向かおう。
 
 
 
「あら、唐変木が来たわ」
 出会い頭にひどい言われようである。電話を無視し続けた俺が悪いんだろうが。
「うん。来た」
「来たわね」
 なんとなく黙り込んでしまう。
 というか俺には呼び出す用事がないので自然と相手の出方を見る形になる。
 はっ。まさか告白をやり直そうというわけではあるまいな。
「昔」
 告白は無し。そういおうと思った矢先、西条さんは公園内を歩き始めた。
「この公園はもっと広かった」
「そうだね」
「砂場に鉄棒。今よりたくさん遊具があったわね」
「よく遊んだよ」
「ままごとなんかしてね」
「そそ、懐かしいね」
 そ、藤村と恋とあーちゃんで遊んだ。
「ん?」
 おかしな。僕の記憶に赤髪の少女なんていない。いたのは黒髪の少女だ。
「お久しぶり。祐斗」
「お久しぶりって、まさか」
 俺とままごとをしていた人間なんて三人を除いて他にいない。また、それを知る人間もまた然りだ。
「そ、どうやらお嫁さんにはなれないみたいね」
 まったく。と呟くその姿が、その髪が逆光で黒く染まる。
 そこに重なったのは、幼き頃のあーちゃんだった。
「う、嘘だろ? どうしてもっと早く……」
「言ってたら結果が変わったの?」
「うっ」
 なんともいえない。果たして、あーちゃんの招待を明かされた後でも自分が西条さんを選べるのか自信がないからだ。
「で、でも髪の色が……」
「ったく、髪の色だけでここまでわからないだなんてね。私は髪の毛だけの生き物だったのかしら」
 そういうと西条さんは髪を鬱陶しそうに指でくるくるもてあそぶ。
「小さいときは髪の色で馬鹿にされたりしたから染めてたのよ」
「な、名前が違うよ?」
「あぁ、それも覚えてないのね。あなた達が名前を漢字で覚えてきたから私も覚えてきたんじゃない。そしたらあなた達はそろいもそろってせきをあかって呼んで私が違うって言ってもいつの間にかあかちゃんって呼ぶようになったんじゃない」
 なるほど、だからあーちゃんなのか。
「私が呼び出したのはそれを知ってほしかっただけ。恋に先に教えてもよかったんだけど、やっぱり初めは白金に教えたほうがいいと思っただけ。ほら、用事が終わったからさっさと帰りな」
「で、でも……」
 何か言ってやりたかったが、瞳いっぱいに涙をためている西条さんを見ているとその気も失せる。要するに、泣き顔を見せたくないのだろう。
「か、帰るよ」
 返事は、なかった。
 
 
 
「あ、祐斗君」
 帰り道。出迎えてくれたのは黒須さんだった。
「や」
「で、なんだったの?」
「ん? 昔話の続きだったよ」
 頭にはてなマークを浮かべる黒須さんをよそに、ポケットに手を突っ込む。
 幸い、勢いで家を出たので携帯と一緒にチケットも入っていた。
「それよりさ」
「う、うん」
「これ、一緒に行かない?」
 単刀直入にチケットを見せる。
「なになに? 5648便? え、うそ。これ海外行きじゃない!」
「福引で当ててさ」
「しかも、カップル専用」
「う、うん」
 黙りこんでしまう。気のせいかほのかに黒須さんのほほも赤い。
「や、やっぱり」
「い、行きます!」
「え?」
「行きます! ぜひ一緒に行きましょう!」
「う、うん!」
 その場の勢いからか、僕も押される形で承諾する。
「でも、5648便だんて物騒ですね」
「なんで?」
「だって、5648(ころしや)ですよ?」
「そういえばそうだね。じゃあせいぜいハイジャックに狙われないように祈ろうか」
「そうですね。私も心から祈ることにします」
 行き先は海外。
 俺達の物語は、まだ続く。

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