TOPに戻る
前のページ

最終話〜結末

 時刻は回りに回ってあれから丁度一時間。
 私は自らの言葉の通り、河川敷で待っていた。
「さむっ」
 季節は二月。当然まだまだつくしやらタンポポが芽吹くのには寒すぎる。かくいう私も只今寒さで肩を震わせたところだ。これならばカイロか防寒着でももって来ればよかった。一時の感情の熱に浮かされるからこうなる。冷静になって考えてみるとなんて事はない。とても寒い。
「おいっちに、おいっちに、おいっちに」
 遠くから声が聞こえてくる。こんな寒い中よくやるもんだと感心しながら道を空ける。
「元気ね」
 呟きながら小さくなっていくランニング集団を見送りながら思い出す。確か、彼と始めてあったときもランニング集団がいた気がする。
 あの時、彼はボールを拾ってくれと私に声をかけた。当然、私は能力の事もあり無視をした。今思えばファーストインプレッションは最悪だったに違いない。その後も、能力のせいだろうけれどしつこく付きまとう彼には本当に勘弁してもらいたかった。
 結局、メールアドレスなんかを交換することになってしまうし、当時の私はとても憂鬱だったと記憶している。
 サカサマサカサ。思ったことと行動が逆転。もしくは行動と思ったことがチグハグ。
 そんな厄介な能力を天から承った私は、人とかかわるのを止めた。止めて止めて止めて。一人になった。それが苦しいと思ったことは無いとは言い切れない。でも、誰かを守るため、ひいては自分を守る最善の手段だった。と納得していた。
「何でこうなっちゃうかな」
 もちろんそれは今現在過去形になっている。
 なにせ、只今絶賛人とかかわっている。むしろ、友達なんて間柄を越えた一歩先にまで片足を踏み込んでいる。
「ん?」
 目の前で一筋の光が見えた。
 それはなぜが消えることなく私の前で静止する。
「狼?」
「お、久しぶり。元気かい?」
 気さくに話しかけてきた銀狼は、軽く回りを確認しながら私を見る。そりゃどう見たってこの生物は不思議すぎる。
「ま、まぁボチボチ」
「そうか。特に用もないし、元気ならいい。それじゃ、能力とうまくやんな」
 そんな言葉を残し、銀狼は再び光となって目の前から消えた。
 だが、その言葉は私の心に小さなとげを残した。
「能力とうまく。ね」
 最近はぱったりと発動しなくなったが、この能力はやはり厄介だ。人の思いや生殺与奪まで可能。挙句の果てには自制が効かない。
「思い」
 そ、人の思いも操れるのだ。
「彼の思い」
 呟いて思うのはやはり彼のことだった。初めて出会ったときも、私は早く居なくなれと思った。すると、彼は私に付きまとった。あまり自分から行動しない彼の性格からして、私に一目ぼれ、すぐに後を追ったという可能性はきわめて低い。やっぱり、あれは彼の意思じゃなくて能力のせいなんだろうな。とぼんやり考える。
「みんなの思い」
 果たして皆は友達なのだろうか。
 もしかしたら、自分が人と係わり合いになりたくないと祈ったから友達になって居るのではないだろうか。
 馬鹿なことだとは思うのだが、浮かんでしまった不安というスポンジは頭の中の疑問を吸って度運ドン大きく重くなっていく。
 もしかしたら、私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
 あぁ、なんだ。全部まやかしで、全部ありえないことだったのだ。そう思うと形態に移された時間を見ても、先ほどまでのどきどきが嘘のように何も思わなくなる。残り時間までは後数分。
 今頃、彼は誰の元に向かっているのだろうか。やはり確率的に考えて恋ちゃんだろうか。すこし赤さんには悪いがそんな気がする。なにせ、赤さんは不透明な部分が多い。なにやら隠していた様子だが、それが中途半端に見え隠れして彼からは不気味だったかもしれない。
 その分、恋ちゃんは実に簡単だった。だが、単に彼が鈍感すぎたのだ。
 幼馴染だし、腐れ縁だし、私に無いものをたくさん持っている。
 あぁそうだ。そうなんだ。彼にふさわしいのは私ではない。
 そういって無理にでも納得しないと壊れそうだった。全部能力のせいにして投げ出して、また明日からは他人とかかわらずに過ごそう。それがきっと楽だから。
 
 
 
「おーい」
 一瞬、幻聴かと思った。
「黒須さーん」
 なにせ、そこには恋ちゃんの元に向かったはずの彼、白金祐斗が居た。
 自分でもよくわからないが逃げよう。そう思った。今、彼に会うと私の中で作っていた逃げ道が全部なくなってしまう。
「ちょ、ちょっと?!」
 慌てた様子で彼も私の後を追って走り始める。
 早くどこかに行ってほしい。無駄だと思いながらも強く念じてみるが、能力のことを考えるとこうなるのは予想がついていた。
「く、黒須さん」
 所詮、男と女。活発な彼と引きこもりの私では基礎体力が違った。あっという間に追いつかれた私は彼に肩を捕まえられ、その足を止めた。
「ど、どうして逃げるのさ」
「何できたの?」
 質問に質問で返す。
 なぜなら、ここに来るのは間違いだからだ。
「いや、呼んだのは君だよ?」
「違う! ここにきたのは間違いよ!」
 ややヒステリック気味に彼の手を払いのけ、叫ぶ。
「違わない!」
 予想していなかった彼の大きな声にぽかんとその場に棒立ちしてしまう。
「俺は気味たち三人に選択を強いられた。今思えば酷い悪手だったと思う。でも、悩んで、悩んで俺が出した答えがこれなんだよ!」
「ち、ちが……」
「だから違わない! 何一つ違わないさ! あぁそうさ。俺、白金祐斗は君、黒須美穂が好きだ」
「っ――」
 呼吸が、止まった。心臓が何かで縛られたみたいに小さくなる。
「そ、その思いが作り物だとしたら?」
 震える声で何とか搾り出す。
 真実を、伝えなくてはいけない。
「は?」
「私、実はネームレスなの」
 流石の彼も、異能の代名詞であるネームレスの名前を聞いてたじろぐ。
「それも、結構厄介な奴」
 彼は先ほどの勢いなど露ほども見せずじっと私の言葉を待つ。
「サカサマサカサ。って私は呼んでるけど、行動と思いが逆転するの。ほら、覚えてる? 文化祭のとき、死んだはずの皆が何事も無かったの用に生き返ったのを。あれ、私がやったんだよ? 皆が死んじゃった。死んじゃったんだって強く思う事で死んだっていう事柄を無視したの。どう? 凄いでしょ? だからね、白金くんのその思いも私が作ったものなんだよ?」
 終わった。全部全部ぶちまけた。これで終わったのだ。そう思うとやけにすっきりした。
「それで?」
 あ、終わってなかった。
 私の言葉を聞いてなお、彼は目の前から居なくならなかった。
「それで? って、白金くんが思っていることも、私と仲良くしてた恋ちゃんや赤さんの気持ちだって私が作ったものかもしれないんだよ?」
「なるほど。なるほど」
 ホウホウと梟のように頷く彼。その様子は、不気味なほど静かだった。
「だから、私じゃなくて他の――」
 言葉がさえぎられた。それも、ほほを襲ったものすごい衝撃で。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
 怒鳴られてすぐにわかった。これは頬をぶたれた痛みだと。
「俺はいい。いや、よくないがこの際はいったんおいておこう。それに、そっちがそうやって全部否定するのはかまわねぇ。だが、恋や西条さんが一緒にすごして笑った日々まで全部全部否定しちまうってのかよ。お前はよ」
 彼の一言一句が胸に突き刺さり、殴られた頬より心が痛んだ。
「さかなさかなか何だかしらねぇが、今ここにある気持ち。今ここに居る事実が俺の中での本物だ。そんな能力しったこったねぇな」
「で、でも。覚えてる? 私達が始めてあった時のこと」
「あぁ、だから此処なわけね」
「気持ちは作り物じゃないって言うけど、結局は私にアドレスを聞いたとき、能力に毒されてたじゃない! あれはあなたの意思だったって言うの?!」
「あぁそうさ。俺の意思さ! 確かに能力が関係していたかもしれない。でも、そんなもんはきっかけにすぎねぇ。決めたのはお前じゃなく、俺だ」
「違う違う違う!」
「違わない違わない違わない!」
 まったく持って不毛な言い争いだと思った。
 なにせ、二人とも意見を曲げない。それゆえに平行線をたどり続けるのだ。
「じゃあさ」
 深呼吸ひとつ。彼がぽつりという。
「俺のこと、どう思う?」
 聞かれて息ができなくなる。どう思うか。だって?
「俺のこの思いを能力で片付けようって言うなら、能力の干渉を受けていない黒須本人の意思はどうなんだよ。聞かせてくれよ」
「で、でも」
「ついでに、嫌いなら俺を思い切り打ってくれ。さっき一発お見舞いしちゃったから遠慮はいらない」
 そういって彼は目を閉じる。
「嘘つきのパラドックスだ。お前は嘘つき。なら、黒須は気持ちを素直に言えるか? 黒須が好きだといいながら俺を打ったのなら、それは能力の証明になる。嫌いといいながら頬を打つならそれは能力の証明にならない。つまり、俺の気持ちを証明するすべがなくなるわけだ」
「くっ」
 ずるい。
 これはあまりにも姑息な手段だった。それに、穴だらけの理論だ。この場合の思うと言うのは、打とうとする。というのも含まれる。だから、嫌いだ叩いてやると思えばきっと抱きつくだろう。逆に、抱きつきたいと思えば頬を打つのだろう。故に、この理論は成り立っていない。
「さ、早くしてくれ」
 それだと言うのに彼は納得してしまっている。
「わ、わかったわ」
 震える拳を握る。思いに正直に。
 思い切り手を振りかぶり、言葉を紡ぐ。
 
 
 
 ――好き。
 
 
 
「は?」
 やはり予想していなかったのだろう、彼は間抜けな声を上げ、自分の胸に収まった私のを見下ろしていた。
「えっと、これはどういうこと?」
「自分で考えてください」
「んー」
 彼は律儀にも考え込んでくれる。
 そういうところも、やっぱり好きだなと聞こえてくる彼の鼓動に耳を傾ける。
「仕方ないですね」
 やれやれと首を振りながら彼を見上げる。
「私も、白金君の事が大好きです」
 そういって、彼の体を強く抱きしめるのだった。
「よくわからないけど、俺も黒須の事、好きだよ」
 互いにぎゅっと体を抱きしめながら、私達はただその場に居続けた。
 暖かい彼の体。それ以上に暑い私の頬。
 今、私は幸せである。
 暗い世界から無理やり引っ張り出してくれた恋ちゃんと赤ちゃん。
 私のことを許してくれた弟の大河。
 そして、今私をやさしく包み込んでくれる白金君。
 これにていったん私のお話は終わり。
 あとはエピローグなり何なり勝手に考えるといい。
 でも、私は今この幸せをかみしめ明日からまたがんばろう。
 昔の私は、もう居ない。
 
 
 
「ねぇ白が……いえ、祐斗君?」
「なに?」
「キス。してもいいかな?」
「いや、そういうのはえとだなあー待って待って心の準備が――」
「だーいすき」
 彼の静止も聞かず、唇に唇を重ねる。少し背伸び。勢いあまって衝突。
 初めてのキスは、少し鉄くさい血の味がした。
 あぁ、今幸せです。

--fin--

前のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system