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第89話〜告白

「こんにちは。三人そろってどうしたの?」
 できるだけ冷静に対処しよう。それがいいはずだ。
「あー、今日が何の日かわかる?」
 恋が先頭を切って俺に質問をぶつける。当然、今日という日はバレンタインデーだ。
「煮干の日!」
 それだというのに僕は訳のわからないことを口走る。
 だって、バレンタインデーだから訪問しました。っていえばチョコか何か渡すしかないじゃないか。それに、役に立たないと思っていた藤村の予測もここに来て現実味を帯びてきてしまった。チョコ=思いを伝えるだ。違いない。
 それに、三人同時だ。照らし合わせたように三人同時だ。このまま三人同時に告白されたってなんら違和感はない。
「にぼし?」
「にぼうしで煮干らしいよ。1を棒と見立てるところがポイントだね」
「へぇ」
 素直に感心されてしまった。もしかして、煮干味のチョコかチョコ味の煮干でも持ってきているのか。
 いや、落ち着こう。現実的に考えてそれはない。深呼吸だ。
 吸って吐いて吸って吸って吐いて。ってこれはラマーズ法か。
「ま、今日はバレンタインデーなのだけど」
 西条さんが言う。夕日に照らされた髪はいつもより赤みを帯びているような気がして少しまぶしい。
「あぁ、聖ウァレンティヌスが処刑された日か」
「もういい?」
「あ、はい」
 会話を強制的にシフトさせられる。まぁこんだけ露骨に話題をずらしていたらこうなるだろう。
「と、いうことで、バレンタインデーなので私達からチョコを進呈します」
「ど、どうも」
 三者三様の包装が施されたチョコは結構な量らしく、少し大きい。
「大きいね」
「まぁ正確にはチョコじゃなくてチョコカップケーキなんだけどね」
 カップケーキと聞いてぎくりとする。この三人、料理はてんでだめだったはずだ。
「そんな不安そうな顔してるんじゃないわよ。祐斗のおばさんに教わったから問題はないわよ」
「母さんに? あぁ、だからあんなにゴミが出てたのか」
 納得してみるも、母に教わったというならよけいに不安要素が出てきている。困った。
「ありがとう」
 とりあえずはお礼を述べ、微笑んでおく。
「それじゃ」
 そのままくるりと反転し、家に帰ろうとする。
「えっと、恋?」
 がしかし、服のすそをつかまれていた。どうやら家に帰るというのは間違いらしい。
「話、あるからちょっと来なさいよ」
 俯きがちに言うその声は、どことなく震えていて、緊張がダイレクトに伝わってくる。
 あぁ、やっぱりそうなのだろうか。
「わかった。どこに行けばいいかな?」
 質問に沈黙で答える三人。
 何れも緊張した面持ちで何かを待っている。
「えっと……」
 どうしていいかもわからず、つかまれたすそを眺める。
 珍しく、恋が震えていた。
「来なさいよぉ」
 だからどこに。
 思うもそれは伝わらず、沈黙のみが空間を支配する。
「れ、恋ちゃん」
 見かねたのか、黒須さんが恋の肩を揺らす。
「う、うん」
 それで決心がついたのか、恋はキッと俺をにらむ。
「私、あんたのことが好き」
 人を殺せそうな目つきで恋がそういった。
「私も、昔からずっと白金のことが好きよ。勿論、友達としてじゃなく異性として」
 続きまして西條さん。
 こちらも力強い目で俺を射る。
「え、えっと。私も、好きです」
 最後は黒須さん。
 黒須三だけは二人と違い、やたらと潤んだ瞳で俺を見ていた。
「あ、え、お?」
 文面にしてみればなんてことはない。恋、西條さん、黒須さんの順での告白を受けた。もっと簡単に言えば三人に告白された。
 なんてことだ、これじゃ藤村の言った通りじゃないか。
「あ、ありがとう」
 とりあえず何か言わないと。そう思って口をついたのがそれだった。
 じゃ、また明日学校で。
 そういってきびすを返す。そんなことができたらどんなに楽だったか。
 だが、俺の足は地面に縫い付けられたみたいに動かなくなっていた。
「だから、来なさい」
 恋が口を開いた。今度は緊張を感じさせないしっかりとした声だ。
「あたしの場合は神社に」
「私の場合は公園に」
「私の場合は河川敷に」
 順々に場所が告げられる。
 どこかにいくいうのは把握できたが、ついて来いというのに目的地がばらばらというのはどういうことか。
「今から十分待って。それであたし達は目的地についてるだろうから」
 そういうと三人は別々に歩き始める。
「猶予は二時間。それ以上は、待たない」
 振り返ることも、手を振ることもなく三人の背中が、消えた。 

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