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第84話〜次回作にご期待ください

「しかし、チョコ……」
 固まっていた。
「チョコです」
 女の子二人が固まっていた。
「つかぬ事を聞くけれど美穂、チョコって何で出来てるの?」
「チョコはカカオとか牛乳とか砂糖じゃないですかね? 恋ちゃん」
「でも、カカオが売ってるスーパーなんて私見たことが無いわ……」
「奇遇です。私もありません」
 私と恋ちゃんは、目の前に踊るバレンタインフェアーの文字に翻弄されていた。いや、正確にはその文字の下で繰り広げられている美術展に目を奪われていたといったほうが正しいのか。
「わ、私達にアレを?」
 恋ちゃんは呟きながら震える指でショーケースに並べられた大小さまざま、色とりどりのチョコを指差す。
「私達にはそれは無謀ってものでしょう」
 自分で言っていて恥ずかしくなるが、私達にはトリュフだの生チョコだのというのは逆立ちしたって作れそうにない。なにせ私、いやここにいない赤さんを含め、恋、赤、そして私の三人は彼に料理を振舞った時にその実力を思い知らされたのだ。
 もちろん、全員料理対決のスタートラインに並ぶことすら出来ていなかった。
 恋ちゃんはチャーハンもどき、私はオムライスもどき、そして赤さんにいたってはパンに作ってもらった焼きそばをはさむだけ。料理の名前だけを聞くと私が一番技術レベルが高そうに聞こえるのだが。実際はたいしたことは無い。
 いうなればどんぐりの背比べで極わずか勝っているようなものだ。しかも最下位を争う醜い戦いである。
「あら、美穂に恋」
「せ、赤さん」
 噂をすれば何とやらである。
 いまここに、どんぐりが並んだ。
「赤さんは買い物?」
「それ以外に何があるって言うの?」
 言われてみればそれもそうだ。ウィンドウショッピングというのもあるが、赤さんの手元にぶら下がっている買い物籠を見れば見るだけではないということがすぐにわかる。
「チョコ?」
「え、えぇまぁ……ほら、急に食べたくなることってあるでしょ?」
 赤さんは急いでつくろうようにして買い物籠を背中に隠す。
「そ、そうね。私も丁度いきなり食べたくなって」
 同調するようにして恋ちゃんもあわて始めた。
 この国のどこに自分用のチョコレートにラッピングをして食べるだなんて酔狂な人間がいるというのだろうか。いや、訂正。いるかもしれないが私の知り合いにはまず居ない。
「バレンタイン」
「ひっ」
「手作りチョコ」
「きゃっ」
 私が言うたびに赤さんはびくびくと肩を震わせながら変な声を上げる。
「何も隠すことはないでしょ、赤さん」
 流石に小動物のように怯え始めた赤さんがいたたまれなくなって来たので助け舟を出すことにする。
「私達も、丁度バレンタインデーのチョコを作ろうと思っていたんです。ね、恋ちゃん」
「え、あ、そうよ」
 いきなり話を振られたなのか、あっさり先ほどまでの言葉を忘れてしまったかのように真実を漏らしてしまう恋ちゃん。絶対に恋ちゃんはスパイにしてはいけないと思う。
「そ、そうなの」
 まだ少し蓄積したダメージをひきずっていた赤さんだったが、何とか平静を装おうと自らの真っ赤な長髪の先を指で絡めてなんでもないように見せる。
「物は相談なのだけれど、赤さん」
「何かしら?」
「私達と一緒にチョコを作らない?」
 ガタンという音に驚いてその方向を見ると、なんと赤さんは籠を取り落としている。髪を絡めていた指も固まっている。
「本当に?!」
「え、あ?」
 音に視線を奪われていたのもつかの間、気が付けばすごい剣幕の赤さんに肩をつかまれていた。
「本当に一緒に作ってもいいの?!」
「い、いいですよ。いいですから、落ち着いて」
 がくんがくんと私の首が飛んでいってしまうのではないだろうかというくらいの勢いで肩を揺らしていた赤さんの手を取り、なんとか落ち着いてもらえるように声をかける。
 このままでは脳みそが愉快なことになってしまいそうだ。それは私にとってぜんぜん愉快なことじゃない。
「あ、あら。私としたことが」
 何とか知性を取り戻してくれたらしく、私の頭は愉快なことにならないですんだ。
「さぁ、私達三人でチョコを作りましょう」
「いいわね、赤!」
「がんばりましょうね、恋!」
 二人はなぜか嬉しそうに堅く握手を交わしている。
「ふ、二人ともお手柔らかに、ね?」
「いつも全力投球!」
「完全燃焼!」
 なぜかやたらと熱い二人。
 今ここに、最強の三人がそろったのである。ばばーん。
「ところで、チョコってどうやればいいの?」
「火であぶって固めたらいいんじゃない?」
 失礼、最恐らしい。
 どうやら私達はパーティをすべて遊び人で統一してしまったようだ。
「いや、湯煎しないとだめですよ」
「ゆせ、え?」
「湯煎です」
「なにそれ」
 雲行きが怪しい。とてもだ。
 
 
 
「おじゃまします」
「あら、いらっしゃい」
 結局のところ、私達三人ではチョコレートを溶かして固めるという単純作業ですら難航してしまいそうなので人の助けを仰ぐことにした。
「今日はチョコだっけ?」
「はい」
 私達の知り合いでお菓子を作れそうな人間を話し合った結果がこの家だった。
 その家は、私の家から徒歩数十秒の教室で、困ったことに彼の家だった。
「あの、出来れば」
「はいはい、祐斗には今日帰ってこないように言ってありますよ」
 笑顔でそういってくれる彼のお母さんには非常に感謝したい。
 だって、作っている最中に出くわしてしまうだなんて考えたくも無い。彼の事だから下手をしたら私達の作業を見て手伝い始めてしまう可能性だってある。
 それに、弩のつくほどの鈍感である彼だ、きっと誰に上げるのか、誰のために作るのかだなんてことは気づきもしないだろう。さて、形は整い、味もよし。しかし自作。形も味もいまいちだけど他作。バレンタインデーというイベントとしてはどちらがふさわしいかだなんていうのも言わずもがなである。
 もちろん、形、味ともによく、他作であることがもっとも望ましいのだが私達三人は身の程を知っているので高望みなどしない。
「材料はそろえておいたわ」
「あ、じゃあお金を……」
 払いますといいかけて取り出そうとした手をそっと押さえられた。
「すいません」
 笑顔のまま私を見ていた彼のお母さんが言いたいだろうことは、言葉に出さなくてもわかった。教えてもらう上に材料費まで出してもらっただなんて非常に情けないのだがここは好意に甘えることにしておこう。
「あら、あなた達はここで練習をしていくんでしょ?」
 私の微妙な心境を汲み取ってか彼のお母さんはそういった。
「あ、はい」
「じゃ、“本番”に向けて頑張らないとね」
 やけに本番というのを強調していうその言葉で、その意味を理解する。
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げて感謝の意を示しておく。これが年を取るということなのだろうか。もしそうだとしたら私はずっと子供のままなのかもしれない。
「とりあえず、ずっと玄関にいるのもなんだからあがって」
「あ、失礼します」
 玄関の敷居をまたぐと、廊下の奥からは甘いような少し焦げ臭いような匂いが漂って来た。
「ね、ねぇ美穂」
 彼のお母さんについて先頭を歩いていた私の服を引っ張る手があると思ったら恋ちゃんが少し困ったような顔をしていた。
「おばさんに手伝ってもらうのはいいけどそれっていいのかな……」
 なるほど、恋ちゃんはまだ言葉の意味をよく理解していないようだ。
「恋ちゃん、ここで私達は練習をするんだよ?」
「練習? そうね練習よ?」
「だから、私達は本番は作らない。練習をするだけなんだよ」
「あぁ、なるほど」
 やっと理解してくれたようだ。
 ようするに、私達はここで練習をしてしっかりと作れるようになってから自分達でそれを生かして本番を作ればいいのだ。いやはや、大人には敵わない。
「じゃ、はじめようかしら」
「お、お願いします」
 かくして、私達三人の挑戦は始まったのである。


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