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第82話〜泣き虫ころりん

 気まずい沈黙が続く。クラスメイトもいつも冗談を言い合っている俺達がこうして何も言わずに空の弁当箱の隅をつついているだけの子の状況を異常と思ったのだろう、しかし誰も声をかけてくることもなく、代わりに俺達に不安を助長させる沈黙と視線をくれた。
 みんな見ていないつもりなのだろうが、ちらちらと見ているのは隣に座って女の子らしく肩をちぢこめている恋も気づいているはずだ。
「あ、あの」
 先に沈黙を破ったのは何時になくしおらしい恋だった。
「な、なんだよ」
 ついついぶっきらぼうに答えてしまう。なにせあーちゃんを殺した犯人なのだ。早々簡単に許してなるものか。と、いうより気恥ずかしいのが半分を占めていたのは内緒である。
「う、うん……」
 がんばってみたもののそれ異常は言葉が続かないらしい。普段は男っぽいって言うのにやっぱりこういうところは昔から女の子をしているなと少し笑いそうになってしまう。
「な、なによ」
 笑われていることに気づいたのだろう、そのやや褐色に近い頬を染めながらも恋は不機嫌そうに俺を見ていた。スタイルはよし。顔も、まぁよし。確かにこう考えるとなかなかハイスペックな幼馴染である。勉強ができないのと性格が玉に瑕(たまにきず)だがそこは昔のなじみで多めに見ることにしよう。
「いや、こうして二人きりになるのも久しぶりだと思ってな」
 もちろん回りのクラスメイトはジャガイモ畑かかぼちゃ畑なので勘定には入っていない。
「そういえばそうね」
 俺の言葉に思うところでも有ったのだろう、恋は少し思い出すようにして天井を眺めていた。
「あんたの周りにはいつも誰か居たもんね」
 そうつぶやいた恋はどこか悲しそうだったのはきっと見間違いではないだろう。
「誰かって昔はお前と藤村だろ?」
 俺の記憶によるとそうだった。気づけばいつだって恋は俺の隣で遊んでいたし、藤村もそんな恋に引っ付いているおまけのように俺とよくいた。
「うんん」
 しかし恋は首を横に振り、否定の意を示した。
「昔はあーちゃんが一緒だったよ……」
 言いにくそうに語った恋は唇を強くかみ締め、今にも泣き出してしまいそうだった。
 しかし、俺はそんなことをかまうでもなく、頭の中でなくなっていたピースがひとつ見つかったような気がしていた。
 砂場、滑り台、おままごと。すべてが懐かしい。やはり、あーちゃんは存在していたのだ。あの真っ黒な長い髪をゆらゆらと左右に振りながら俺の将来のお嫁さんになるよいって太陽のようにまぶしい笑顔で微笑んでいたのは間違いなくあーちゃんなのだ。
「で、何で嘘を?」
 言ってから自分が最低だということに気がついた。俺はまた年末にやらかしたあの二人の失敗を何一つ先に生かせていなかった。
「あ、いや、えっと……」 
 目の前では、あの男っぽくて時々女の子っぽくて、昔から一緒で、滅多に泣かないクラスのガキ大将のようなやつがぼろぼろと涙をこぼして泣いていたのだ。
 理由はわからなかった。俺は相変わらず愚者(ぐしゃ)なのだから。
 しかし、そんな俺でも今どうすべきなのかならわかるし、わかったつもりでありたい。
「恋!」
 強引に恋の震える手をつかんだ俺はそのまま一直線に教室の扉に向かう。握った手は、予想異常に柔らかく、やはりこいつは女の子なのだと不謹慎ながらもこんなときに思ってしまった。
 廊下に出ると、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる黒須さんと西条さんが扉のすぐ近くに居た。おそらくはここから見ていたのだろう。何か声をかけるべきか迷ったが、今はそれどころではないだろうととりあえずこの状況を作り出したことへの小言は後にすることにした。
 とりあえずはこの幼馴染が安心して泣きやめそうな場所を提供するのが先決である。しかもなるべく人目がない所でないとこいつの印象を傷つけることになる。
「こっち」
 悩んでいた俺を引っ張るようにして連れ出したのは先ほどの鳩二羽だった。
「あ? え? あぁ」
 なすがまま引きずられるようにしてついていった先は女子トイレだった。
 なるほど、ここなら人通りが少ない。それに男子に見られることもないだろう。うん。だから俺はこの二人に恋を預けろということなんだろう。
 しかし不思議なことにつかんでいたと思っていた俺の手はすでに空をつかみ、代わりに恋の手が俺の袖をしっかりと握っていた。
「お、おい」
 しかも心なしか女子トイレのほうへと近づいているような気がしてならない。いや、これは間違いなく勘違いではなく近づいている。
 なんとか振りほどこうとしようと試みるが、恐ろしいほどの力で逃げられない。しかも、後ろからは西条さんと黒須さんのプッシュまで加わっているのだから逃げようがない。
 結果、俺は女子トイレロストバージンを果たした。不本意である。大変不本意だ。畜生、もうお嫁にいけない。表に見張りとして黒須さんと西条さんが立ってくれていることだけが唯一の救いである。
 しかし状況は一向に好転しない。恋は泣き止まない。俺はどうしたものかとトイレの中をきょろきょろと見回すしかない。あ、各個室にゴミ箱がある。
 ……しまったこれでは変態だ。
「あ、あのだな恋」
 何とか声をかけてみようとするが何も言葉が浮かんでこない。つれて来たはよかったが俺はいったいどうするつもりだったのだろうか。なぁ過去の俺。
「人が来ます!」
 突然開いた扉から現れた黒須さんは俺と恋をそのまま近くの個室に一緒に押し込んでしまいガチャリとしっかり鍵をかける。見張るって追い払うとかじゃなくて本当に見るだけだったようだ。
「あーもうすぐ授業じゃん」
「だりー」
 なんとなく聞いてはいけないような気がする女性の内側を垣間見た。と、言うか女性は一人でトイレに行く都心でいしまうという特殊な生物なのだろうか? あきらかにトイレをしに来たのではない人数がここにいるような気がする。
 ガチリと隣の個室に誰かが入った。その隣にも誰か入ったようだ。
「でねー」
 なんと、個室越しにも話しをしようというのか。俺は驚いた。
 と、いきなり水の流れる音がした。さっき入ったというのに流すのがはやすぎやしないだろうか。
「っ!」
 と、黒須さんがものすごい形相で俺のほうを見るとそのまま恋ごと俺を押しつぶすような形で俺の耳をふさいだ。なるほど、聞くなということだろう。
 しかしまずい。黒須さんは気づいていないのだろうが恋が俺に抱きつくような形になって押しつぶされている。しかもまだ泣いている。流石に声は殺しているもののその震えは確実に俺の胸を振動させて状況を鮮明に伝えてくれれる。
 恋がこれほど泣くなんていつ振りだろうか。なんてことを無音の世界で考えてみる。そういえば小さいころはよくあーちゃんとの争いで泣いていたような気がする。そのときはどうやって泣き止んでいたんだろう。
「はい」
 と、いきなり音が俺の耳に帰ってきた。
「ん? あぁ」
 気づけば女子達はいなくなっていた。
「もうしっかりし……ってあれ恋ちゃん?」
 やっと黒須さんもこの状況に気づいてくれたようだ。
 俺はもういつものように微笑んで頬をぽりぽりとかくことしか出来なかった。
「ちょっと、離れてください!」
 なぜか必死な黒須さんに対抗するようにして恋は俺にきつく抱きついていた。いま骨がいやな音を立てたのはきっと気のせいに違いない。
 そういえばもう胸から振動が伝わってこない。と、言う事は。
「おい恋」
 無理やりに恋を引っぺがすと、やはり涙の跡はあれどしっかりと泣き止んでいた。
「さて」
 再び沈黙。
「どうして嘘なんて?」
「深い意味はなかったわ……」
 いきなりしゅんとしてしまった恋を見て、きっと何も考えてなかったんだろうなとすっと沸いていた憎悪もどこかに消えうせてしまってしまった。
「ごめんなさい」
 それにこう謝られてしまっては怒るのも柄ではない。
「いいさ」
 だから俺は許すことにした。
 結果的にあーちゃんはいるのだし、何も問題はない。
「しかし変わらないなぁ」
 しかし、仕返しの為に少しくらい意地悪をしたって罰は当たらないだろう。
「な、なにがよ?」
 思い当たる節があったのだろう、恋の顔が引きつる。
「すんだの?」
 心配していたのだろう、西条さんもトイレに現れたので扉を開けて外に出る。ちょうどいい、この二人には聞かせても良いだろう。
 
「なぁ、恋」
「な、なにかしら祐斗」
 久しぶりに名前を呼ばれたような気がする。そういえばこの呼び方も変化だった。俺の周りは常に変化している。
「お前は昔もあーちゃんに泣かされたら俺んとこまできて泣いてたよな!」
 しかし変わらないことも有る。
「っー!」
 恋の顔が発火したかのように一瞬で赤くなった。ざまあみろである。昔から恋は俺に抱きついてはわんわん泣き、その後なぜか俺はやたらとあーちゃんに怒られていたような気がする。
「うらやましいです!」
 なぜか黒須さんが怒っていた。
「ふふふ」
 そして西条さんはそんな光景を何を言うわけでもなく口を押さえて小さく笑っていた。変わってしまったことは多々あるけれど、変わらない事もある日常。あぁ、授業のチャイムが聞こえる。次は確か如月先生の授業だったような気がする。ま、いいだろう。四人なら怒られてもいい。
「恋」
「なによ?」
「わるかったな」
「う、うるさいわよ馬鹿!」
 黒須さんに拘束されたままの恋に一言を謝り、このことはこれで清算だ。さて、いつもどおりの毎日に戻ろう。

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