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第81話〜行動

「はぁ」
 校門前で一人ため息をつく。どんどん小さくなっていく彼の姿を見ながら、もう一度ため息をつく。声を荒げるだなんて一体自分は何をしているのだろうか。思い出せば、またため息が出た。こんな短期間にもう三度も幸せを逃してしまった。そう思うと四度目の幸せも逃した。
 私が何とかして恋ちゃんと白金君の二人の仲を取り持とうと奮闘してみるも、どうもうまくいかない。もしかしたら、私がしてることはただ状況をかき回して更に混乱させているだけなのかもしれない。しかし、そうだとしても、私が二人に仲良くしてもらいたいという意思は伝わったはずだ。私のお願いに、すんなりと縦に首を振る彼ではなかったが、もしかしたら、私が言っていたからというのを少し思い出し、恋ちゃんに話しかけてくれるかもしれない。
 また、恋ちゃんも、私が何とかしているに違いないと元気を出して彼に話しかけているかもしれない。さらに、恋ちゃんなら顔をあわせた途端に私に首尾を聞いてくるやも知れない。
 ようは、成るものは成る様にしか成らない。往々にして物事なんてそんなものである。
「ホームルーム始まるぞーいそげー」
 校門前で挨拶をしていた教師の声でふと時計に目をやると、いつもより早く校門に着いた人間がここにいるべき時間ではないことが確認できた。少し考え事をしすぎたようだ。
 まわりでは、少し焦った様子で小走りしていく者や、慣れた様子で友達と雑談しながら少し歩を早める者、自分のように呆けて突っ立っている人間は一人も居らず、皆とりあえず気持ち分でも急いでいた。
 当然、遅刻したくない私もそれに習い、疎ら(まばら)だがいまだに人を吸い込んでいく玄関を睨み、地面を蹴った。
 
 
 
「おはようござ……います」
 肩で息をし、苦しいながらも挨拶をする。
「お、おはよう」
 私から一歩距離をとるようにして挨拶をする女子生徒に、何日も前から自宅の鏡の前で練習していた営業スマイルを提供しながら時計を見る。
「なんてこった」
 どうやら、あの時少し早歩きしていただけ生徒はなかなかに馴れているらしい。遅刻に慣れたくはないのだが、時刻はまだ余裕があり、当然の事ながら、私が肩を上下させるほど急ぐ必要など皆無であった。とんだ骨折り損だ。そう思うと少し悔しい。
「おはよう、美穂」
「おはよう、恋ちゃん」
 悩みの種その一に挨拶をされ、異常に気づく。
「今日はどうしたの?」
 はぁはぁと、取り様には変態にも取れるような呼吸をしている私を見て、ケタケタと笑う恋ちゃん。ぜひ、その台詞をそのままそっくりそちらに返してやりたいものだ。なぜ、昨日まで枯れた花のように頭(こうべ)を垂れていた人間がこうも咲いたばかりの向日葵のように燦々(さんさん)と笑顔を振りまいているのだろうか。
 あれなのだろうか、私が今まで見ていたのはただの妄想で、思い人と些細な事で喧嘩をしてしまい、落ち込んでいたと言うのも私の勝手な想像だったのだろうかと思えるほどに恋ちゃんの変わり身は激しかった。
「美穂、ちょっと」
 と、思ったのも束の間(つかのま)、恋ちゃんはやや汗で湿ってしまった私の制服を掴み、そのまま人通りがすっかり少なくなくなった廊下に引っ張り出して小声で私に問いかける。
「祐斗に話しつけてくれたんでしょ?」
 内容は、恐ろしいほどに想像していたものと同じだった。
「さぁ? どうでしょうかね」
 その一言だけで泣きそうに目を潤ませる恋ちゃんに、本当の事を教えてあげると、私の肩をがっしりと掴んで「ありがとう」とがたがた揺らすのだ。感謝は嬉しいのだが、こうも簡単に地震を起こされたのではこの学校が危ない。いや、実際には私が揺れているだけなのだが。
「それで、ついでと言ってはなんだけど……」
「ごめん、そこは自分でどうにかして」
 主要動も収まり、焦点の整った瞳でしっかりと恋ちゃんを見据えながら告げてあげた。なにせ、私におんぶにだっこでは、この後何かあった時、私無しではどうしようもなくなってしまう。依存してもらうのは大いに結構なのだが、度を過ぎた依存は双方にとっての毒でしかないと私は思うのだ。
 だから私は恋ちゃんの言葉の先、「話す機会を作って欲しいんだけど」と言うのを遮るようにしてはっきりと拒否した。
「えー」
 余震だった。震度こそ先ほどの主要動と比べるとなんて事はないのだが、世界が揺れていた。
「ダメです!」
 声を上げて私の肩をゆさゆさと揺らし続けた恋ちゃんだったが、それでも私はお願いを拒否し続けた。
 
「あー後藤、黒須、仲がいいのは大変よろしいが、遅刻で良いか?」
「いえ、謹んで出席させて頂きます」
「右に同じく」
 私が長い長い余震から解放されたのは、担任の如月先生があきれた様子で私達に微笑みかけてくれた時であった。
「えー、じゃあ今日の連絡ですが……」
 教室に戻り、自席へと向かう途中、複雑そうな顔で恋ちゃんを見ていた彼と目が合い、軽く会釈で挨拶を交わす。席がすぐに近くだというのに、なんともむず痒い距離である。
 
 
 
「お昼、どうする?」
 物事が動いたのは昼休みだった。
「いつもと同じでいいんじゃない?」
「そう」
 言いながら私が口元を緩めたのに気づいたのだろう。恋ちゃんは、はっとした様子でじりじりと後退る。
「あっ」
 私が定位置に腰を落ち着け、ガタガタと音を立てながら机を引っ付け、いつもの癖でそれにあわせて机を動かした彼が恋ちゃんと同じように声を上げた。
 彼も気付いたのだろう。このままでは一緒に昼食を食べる事になるというのを。
「恋ちゃん座らないの?」
 わざといやらしく笑いながら恋ちゃんに問うと、恋ちゃんはなにやら私にゼスチャーで私に抗議した。もちろん、私はそれを無視したのだが、恋ちゃんは覚悟を決めたように歩を進め、席に着いた。
「え?」
 今度は私が声を上げる番だった。何せ、恋ちゃんは何時もの様に私の隣に座るのではなく、あろう事か喧嘩をしている真っ最中の彼の隣りにドカリと座り込んだのだ。これには私も羨ましいと感じざるを得なかった。
「あれ? 何で俺のところに恋が座ってんの?」
 空気が読めない。颯爽と現れた藤村君はそういう人間だった。
「藤村君、今日は席が移動するシャッフルデーなのよ」
「なんだ、そうなのか」
 なんというか、ここまで来ると可愛そうだとさえ思える。
「じゃ、私はここで」
 そういいながら、先ほどシャッフルデーなどという新しい行事を開発した赤さんが私の隣に腰を掛けた。
 なんというか、安心した。藤村君が嫌いだとかそういうことは全くないのだが、なんとなく藤村君が隣でなくて良かった。
 
「いただきます」
「いただきます」
 教室がざわざわと賑やかに成り出したのと時を同じくして、私達は昼食に手をつけ始めた。
「赤さんのお弁当、なんで玉子焼きばっかりなの?」
 私は、明らかに黄色の面積が少ない玉子焼きらしきそれを見つけて聞いてみた。もちろん、茶色や黒くなっている部分は見て見ぬふりをする。
「っ――」
 私が玉子焼きを指した途端、瞬時にして、赤さんの頬がその頭に携えた真っ赤な髪と同じように紅潮(こうちょう)した。
「私が作ったからよ」
 季節外れの紅葉をしたままの頬で、赤さんはごにょごにょと蚊の鳴く様な声で漏らした。なるほど、どうやら、焦げばかりだね。という言葉は飲み込んでおいて正解だったらしい。
 どうやら赤さんは、三ヶ月前に行われた料理対決で一人だけまともに料理が出来なかったことが相当コンプレックスになっていたらしく、料理の勉強を始めたらしい。しかし、まだ玉子焼きの段階なのか。道は長い、頑張れ赤さん。
 と、言ってみるものの、自分は料理の練習もせず、朝はシリアル、昼は母の作ってくれた弁当、そして夜はインスタント。
 完璧である。もはや鉄壁である。何処に私が料理をする隙間があるだろうか。最近では、夜は弟の大河が彼を見習って料理を作るのだと張り切り、何時も調理と題した実験を開催してくれている。
 しかも、その実験がなかなかに上達速度が速く、味も母が褒めるほどなのだから私の女性としてのイメージ、料理が出来る。というものはどうやらめでたくイメージだけで終わりそうである。
 得意料理など、肉じゃがではなくインスタントのカップラーメンである。
「一つ貰うね」
 すこし自分が不甲斐なくなった私は、なんだか悔しくなり、私より一歩先を進んでいる赤さんに断りをいれず、お弁当箱から玉子焼きを抜き取る。
「ちょっと!!」
 当然、いきなり玉子焼きを抜き取った私に抗議しようと、椅子ごとこちらに近づこうとする赤さんだったが、赤さんの手が私の手を捉える前に玉子焼きは口に放り込む。
「どうなっても知らないわよ……」
 もぐもぐと玉子焼きを咀嚼する私を気の毒そうな目で見た後、赤さんはすぐに私から目をそらしてしまう。少し怒らせてしまっただろうか、赤さんは私からお弁当箱を離し、かばうようにして食べ始めてしまった。
「で?」
「はい?」
 そう聞く赤さんの瞳には、不安半分、期待半分の質問がこめられていた。もちろん、お弁当を隠しながらも私の方を何度もチラチラと盗み見ていたのは既に分かっている。おそらく、玉子焼きの感想を聞きたいのだろう。
「美味しいけど、すこし塩加減がきついかな。あとは香ばしすぎる、かな」
 ここで美味しい、最高だとお世辞の弾丸を豪雨のごとく浴びせるのは簡単だが、そんなものはすぐに見破られ、赤さんは更にへそを曲げてしまうだろう。それだったら、少しきついかもしれないが、本当の事を伝えるのは友達というものだろう。
「うん、ありがと」
 そう言って私に笑顔を見せてくれた赤さん。どうやら先ほどの勝手に玉子焼きを取ってしまったことは流してくれたらしい。しかし、やはりその声には少し元気が失われていたように感じた。そりゃ私だって、玉子焼き一つまともに作れないとわかったらそれなりに落ち込むだろう。しかし、赤さんは確実に一歩前進していた。
「……」
 それに比べてこの二人はどうか。せっかくお互いに歩み寄ろうかな、と思っているはずなのに、どうしてか妙な意地で動けずにいる。
 せっかく彼の隣という特等席まで譲っているのに何もしないというのは由々しき事である。
「さて、ちょっと飲み物を買ってくるわ」
 そう言って赤さんは立ち上がった。赤さんが立ち上がった際、気のせいかもしれないが、私にウインクをしていたような気がする。つまりは合図だ。
「あ、じゃあ私も」
 今朝、何もしないといってみたものの、このままでは千日手になってしまうに違いない。あまり気は進まないのだが、赤さんが動くというのならそれの後馬に乗るのも悪くはない。
「え、じゃ、じゃあ私も」
 何も言わず、お行儀良く各自の昼食を食べていた恋ちゃんが焦って立ち上がろうとするが、私達二人は首を横に振り、何が必要かだけを聞いてしっかりとお弁当を食べているように言いつけた。なにせ、恋ちゃんは緊張のあまり、何時もより食べるスピードが落ち、そのままではきちんと食べ終わることが出来るかわからなかった。ということにしておいた。と、言うか実際それに近いので差し支えはない。
「さて、藤村君は荷物持ちよね」
「荷物持ちなら俺が……」
 こちらも、借りてきた猫のように静かだった彼も、ここぞとばかりに名乗り出るが、聞こえない振りをして赤さんは藤村君の腕を引っ張りあげた。
「何で俺なんだよ」
 相変わらず、藤村君は周りの空気を読みきることが出来ないようで、赤さんにどやされながらも、ずるずると引きずられて行った。
「美穂……」
 おびえた小動物のような瞳で恋ちゃんは私を見つめ、助けを求めていたが、私は当然のごとくそれを無視し、赤さんの後に続いた。
 お膳立てはした。後は二人の努力しだいである。
 私は遠くで手招きをする赤さんに手を振り替えし、二人の成功を祈りながら教室を後にした。

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