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第73話〜ば・かりずむ

「あーあんたのところの唐変木、どうしてあんなに鈍感なのかな」
「す、すいません」
「いや、花梨ちゃんに謝る必要はないんだからね。悪いのは全部あの馬鹿だから」
「はい……」
 自分の事ではないというのに、花梨ちゃんは私達に頭をさげ続けた。見ているだけで気の毒になってくる。
「しかし、何であんなのがこんなにモテるのかね?」
「私達が変わり者ってことなんじゃないの?」
 人の事をあれだのこれだのと指し、私達は日ごろの鬱憤をブツブツといいあっていた。 
「ケーキセットになります」
「あ、どうも」
 年始ということもあってか、店内は閑古鳥が鳴くほどの混みようだった。
 私達は、麗子さんと可憐さんに彼をまかせたまでは良かった。しかし、本当に自分のやってことが正しかったのかとなんとなく後悔しながら、夢遊病患者のようにふらふらと年始の明るい空気の中をどんよりと薄暗いオーラをまといながら徘徊していたのだ。
 そんな死体達は、街灯に群がる虫のごとくこの店に現れたのだ。
「年初めからケーキ……」
 誰かがつぶやいた。
 確かに、年の初めなんだからぜんざいだとか餅だとかを食べてみたくもある。しかし、私達のようなアンニュイ気分のゾンビは、人通りの多い道を避け、比較的少ない路地に面する、私達と同じ空気をまとったこの喫茶店に集まったのだ。
「おいしい」
 ケーキはおいしかった。甘いものが大好きな学校の女の子達に教えてあげたなら、週に一度のペースでかよってしかうかもしれない。
 しかし、私達は乙女ではなくあくまで死体なのだ。味覚はあれど、それをうれしいとは思えなかった。
「お、お口に合いませんでしたでしょうか?」
 私達のダークな雰囲気に不思議に思ったのか、それともただ単に、ケーキを食べ、何もアクションを起こさない私達に改善点を求めに来たのか、このケーキを運んできた店員は私達を覗き込む。
「い、いえ」
 店員さんからは甘い砂糖の香りと、すこし酸味の利いたヨーグルトの香り、そして、白く透き通った肌からは、なんだかホイップクリームを連想させるかのようなお兄さんだった。
「とってもおいしいです。今度、学校で紹介しようかと思いますよ」
「そうですか。いやあ、この頃店がこの有様なんでつい不安になってしまって」
 赤さんがにこりと微笑んでからそういうと、店員のお兄さんは、はにかんだ様にわらい、私達以外に客のいない店内を指して気恥ずかしそうに頭をかいた。
 どうやら、この喫茶店はこのお兄さんのお店らしい。私達が「そんなに若いのにすごいですね」なんていうと、お兄さんは「ただの親のすねかじりだよ」と、またはにかんだ。
「これ、貴重な意見を聞かさせてもらったお礼ね」
 そう言ってお兄さんは人数分の小さなケーキを運んできた。
「これ、メニューに載せてない新作なんだけど、特別にどうぞ」
「あ、どうも」
「ただし」
 ケーキを一口食べたところでお兄さんが真剣表情になる。
 私は、もしかしたら超高額なのではないかとそくざに財布の中身を思い返した。
「食べた後に感想を聞かせてほしいな」
 お兄さんは、そう言ってにこりと微笑んで、ウインク残して、また厨房へと戻っていた。
「店長、また勝手にサービスしたでしょ」
「いや、だって……な」
 厨房からは若い男女の声が聞こえてくる。恐らくは厨房補佐兼彼女か妻か、とりあえずはそういう仲の人ではないのだろうかと私は声から邪推してみた。
「さっきの店員さん、ものすごいですね」
「そうね」
 恋ちゃんと赤さんは、厨房から漏れてくる声を聞きながら、先ほどの事を反芻するようにして言い合った。
「そ、そうだ、家の馬鹿あにぃよりあっちの店員さんの方がよっぽど美形だし、よく気づいてくれますよ」
「そうね」
 赤さんは言ったって冷静に答え、またケーキを口に運んだ。
「うちのより、あの人のほうが皆みたいな女の子にはぴったりなんだよ」
「そう」
 今度は恋ちゃんが答えた。
「だから、惚れるならあの人のほうが絶対にいいですよ」
「そうね」
 鼻息荒く私達に力説する花梨ちゃんの言葉も右から左へと、私も二人と同じようにケーキをほおばった。
「あーもう。皆あの馬鹿に毒されてるんです。あんなに格好いいし、気づかいも出来るいい男の人がいるのに、何でうちのあれなんですか」
「何でって言われても……」
 頭を抱え込んでしまった花梨ちゃんの言葉を受け、私達も考えることにした。
「なぜか……」
 はて、なぜなんだろうか。確かに、私達は彼の事が好きだ。しかし、確固たる理由が私には思い出せない。初めは面倒な人だと思っていたのに、どうして今はこれほどにも彼の事を思うだけ心が焦がれるのだろうか。
「私は、初めのころは嫌いだったんだけどね」
 初めに口を開いたのは恋ちゃんだった。
「小さいころから私の事を男女だの色気がないだの散々言われてたし、あの鈍感なのにも嫌気が指してたわ」
 懐かしそうに語る恋ちゃんの顔には、どことなくやわらかい笑顔が読み取れた。それは、この中で一番彼と接してきた時間が長い、恋ちゃんにしか出来ない顔なんだろうなと、少しうらやましく思った。
 そんな恋ちゃんに嫉妬しつつも、私は次の言葉を待った。
「正直、何でこうなったかなんてわからないかな」
「え?」
「ほら、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない」
 恋ちゃんはそういうと、残っていたケーキを食べきり、恥ずかしそうにはにかんだ。
「うーん、私もおんなじ感じかな。最初はそこいらの有象無象みたいな存在だったし、それこそ、初めは藤村君のほうが魅力的に見えたわ」
 赤さんは言ってから肩をすくめ、私達に同意を求めた。
「ま、まぁ藤村君のほうが軟派だしね」
「あれは、初めはいいのにどうしてああもうまく自壊してくのかな」
 赤さんに同調するように、私達はここにはいない藤村君を酷評した。もしかしたら、どこかでくしゃみをしているかもしれない。
 もちろん、藤村君にはここに来る前にご丁重にお引取り願った。
「でも、何でかわからないけど、結局は白金なのよね……」
 再び肩をすくめ、同じく同意を求める。もちろん、私達は苦笑いを浮かべながらうなづくしかなかった。
「毒されてるわ」
「それも猛毒にね」
 ますます憂鬱そうな表情を浮かべて吐いた花梨ちゃんに、赤さんが止めを刺す。
「ん? そういえば美穂、あんたはどうなのよ」
「な、なにが?」
「祐斗を好きになった理由よ」
「わ、私も言うの?」
 恋ちゃんの言葉に、あわてて持っていたフォークを取りこぼしそうになる。
「そういえば、美穂だけ聞かないってのはおかしいわね」 
「え、あ……」
 二人の笑顔に気圧され、思わず椅子ごと後退る。
「なになに? 恋の話?」
「え、あ、そうです」
 いきなり話に加わってきたのは、すこし皺になった白いエプロンを身に着けたお姉さんだった。
「恋の話? 恋の話?」
 ずいずいと前に出てきながら私達に迫ってくるお姉さんの声は、たしか厨房の奥から漏れていた、あのお兄さんの彼女さんの声と同じ声だ。
「そ、そうです」
「あーいいなー青春」
 おずおずと答えた私の反応が面白かったのだろうか、お姉さんはうれしそうに飛び跳ね、胸についたたわわなメロンを揺らす。
「で、貴方達はどんな素敵な子にほの字なの? あ、ここ座るわね」
 仕事中なのではないだろうかと思ったが、どうせ客は私達以外いないので良しと見たのだろう。私達の了解もとらず、お姉さんは近くのテーブルから椅子を抜き取り、私達のテーブルに加わる。
「それがですね、きいてくださいよ。えーっと」
「さくらでいいわ」
「え、あ、じゃあさくらさん」
 話し始めたのは花梨ちゃんで、なんだかすこし息が荒い。きっと自分に共感してくれるに違いないと思ったのだろう。対するさくらと名乗った女店員は、かぶっていた帽子を脱ぎ、完璧にリラックスムードである。
「この三人。三人してうちの馬鹿あにぃの事を好きになっちゃったんですよ!」
 机をバンとたたき、花梨ちゃんは私達を睨んだ。
「あらあら」 
 短くまとめられた髪をほどき、さくらさんは私達を見ながら意味深に微笑んだ。
「うちの馬鹿なんて、それほどかっこよくないし、鈍感だし、馬鹿なんですよ!?」
 半ば私達を糾弾するかのようにして、さくらさんにぶつける花梨ちゃんだったが、さくらさんは花梨ちゃんに同意し、頷くことはなくなにやら考え込んでしまった。
「さくらさんも、あのかっこいいお兄さんの方がいいと思うでしょ? あの人のほうが気づかいできそうだし、きっと頭もいいですよね?」
「あー」
 最後にはさくらさんは頭を抱えてしまう。
「わかる。わかるよ」
 そして、頷きながら肩を叩いたのは、花梨ちゃんではなく私達だった。
「は?」
「あれ、実はケーキ馬鹿でそれ以外はまったくなのよ」
 頭にはてなマークを浮かべたままの花梨ちゃんに、さくらさんはそう言って説明した。 
「つまりは、かなりのダメ男のなわけ。小さいころから一緒にいるってのに、一度として私の気持ちにこたえてくれたことのない超鈍感男。ま、君のところの兄貴と属性的にはとても近いわね」
「そ、そんな」
 やられたとばかりに花梨ちゃんは机に伏した。
「私も、なんであんな頭の中がケーキしかないような男が好きになったのか分からないわ」
 そうはいったものの、さくらさんの顔はどこか誇らしげだった。
「お互い、馬鹿を好きになるなんて親近感もてるわ」
 そういいながら、うれしそうにさくらさんは私達の肩を叩いていく。
「そうそう、またちょくちょく来てあげてね。ほら、馬鹿のせいでこんな立地条件の悪いところに店を構えちゃったし、宣伝もしないから結構ピンチなわけ」
 苦笑いを浮かべて言うさくらさんだが、たしかに、こんな人通りの少ない店に人が来るとは思えない。客観的に見れば自滅したいのかと思えるほどなミスチョイスだ。
「あの馬鹿、腕は確かだから。味は保障できるんだけどね……」
 残念そうに人のいない清掃の行き届いた店内を眺め、さくらさんはため息をつく。
「そういえば、このお店って内装とかどうしたんですか?」
「ん? 私がやった」
 さも普通だといわんばかりにさくらさんは言った。
「じゃ、じゃあケーキ以外のメニューは?」
「んー? それも私」
「す、すごいですね」
「たいした事ないよ」
 内装を一人で考え、メニューも一人で、そして恐らくはほかの事も一人で粉いているのだろう。しかし、この人はその程度はなんともないといっているのだ。もしかしたらこの人はすごい人なのではないだろうか。
 恋は盲目というし、この人も実はものすごく馬鹿なのではないだろうかと、ふと思ってしまう。
「あぁ、やっぱりそうか」
「なにがだい?」
「私も馬鹿ってことですよ」
 私のいきなりの言葉に、首をかしげる一同だったが、それを放置して私は一人で笑う。馬鹿なら仕方ないんだ。だから難しいことを考えるのはよそう。
「おーいさくら、いつまで油売ってるんだよ」
「はーい。ごめんね、馬鹿のお呼びだ」
 椅子を元の位置に戻し、さくらさんは髪を短くまとめながら厨房へと戻っていく。
「世界は馬鹿であふれているわ、ジーザス」
「そうはいったって、花梨ちゃんも家の引っ込み思案な弟の事が好きじゃないの?」
「……え?」
 机に伏していた花梨ちゃんがぴくりと震える。
 もしかしたら、ばれていないとでも思っていたのだろうか。
「そうだな。あれも馬鹿といえば馬鹿の部類に入るかもしれん」
 恋ちゃんが私を見ながら口元を吊り上げた。
「そうだな。馬鹿だな」
 つられて赤さんも笑う。
「花梨ちゃん、ようこそ。馬鹿の世界へ」
「いやあああぁぁぁ」
 止めを刺されたのだろう、花梨ちゃんはそれっきり動かなくなってしまった。
 
 
 
 それから馬鹿のお兄さんにケーキの感想を述べ、なんとなくだらだらと話をして時を過ごしていた。
「ん?」
 と、机の上に置かれていた恋ちゃんの携帯が淡く光りながら机を細かく振るわせた。
「お姉ちゃん?」
 ディスプレイに表示されたのはお姉ちゃんの文字。つまりは恋ちゃんの姉である麗子さんからの着信だった。
「もしもし?」
 数秒の重い沈黙の後、恋ちゃんは口を開いた。
 なにせ、自ら決着をつけたいから協力しろ。なんていってきたあの二人だ。あの馬鹿な彼の事だから結果は見えている。振られたのだろう。
「うん。うん」
 相槌をうつ恋ちゃんの表情からは悲痛なものが取って見える。やはり予想通りなのだろう。
「いま喫茶店にいるの。そう。あの道を右に曲がって――」
 ここまでの道のりを伝える恋ちゃんを見ながら、私は誰かのごくりと唾を飲み込む音を聞いた。
「じゃ、待ってる」
「どうだって?」
「来るみたいよ」
 ため息をつきながら携帯を閉じた恋ちゃんは、静かに告げた。
「そう」
 私達は、どう振られた人間を励ますかを無言のまま各自考えた。
 
 
 
「いらっしゃいませー」
 さくらさんのうれしそうな声が響いた。さらに、私達の連れだという旨を理解すると、さくらさんは私達にサービスまでしてくれた。経営が危ないとか言っているのに本当にこの店は大丈夫なのだろうか。
「待たせたね」
「遅いよ」
 そんなやり取りを一言二言し、二人は席に着いた。沈黙が痛い。
「なんで誰も話さないわけ?」
 麗子さんは不思議そうに聞くが、だれも、二人が振られたの? なんて聞けるはずもなかった。
「誰も話さないならいいけど、一応協力してもらったわけだし、結果を報告するわね」
「うん」
 あぁ、やっぱり沈黙が重い。
 しんと静まり返った店内では、じゅうじゅうと可憐さんが注文したオムライスの焼ける音だけが響いていた。
「今年も一年よろしく」
「え?」
 にっこりと笑って手を差し出す二人に、私達は首をかしげた。現実逃避だろうか。
「祐斗のやつ、私達二人の事が好きなんだって」
 可憐さんのその言葉に、その場の三人は息を飲んだ。もちろん。その三人が誰かなどというのは分かりきったことだ。確認しなくとも分かる。
「そう……なんですか……」
 いいながら、気づけばこぶしを力いっぱい握っていた。
「ちょっと、何泣いてるのよ三人とも」
「え?」
 見れば恋ちゃんと赤さんも私と同じようにこぶしを握り締め、ふるふると震えながらくちびるをかみ、目に涙を浮かべていた。
「あー可憐。どうやら君の言葉が足りなかったようだ。意地悪をせずにその台詞の続きを言ってやってくれ」
 うんざりとした様子で麗子さんが可憐さんに促した。
「残念ながらあの祐斗はこうも言ったわ。『俺は、二人の事が好きです。でも、三人の事も好きです。でも、俺の言う好きと二人の言っている好きが別の意味だというのもわかってます。でも、俺にはみんな大切だし、今は良く分からないんです』ってね」
 可憐さんが言い終えてから、麗子さんも肩をすくめる。
「あんの、馬鹿」
 そういって、花梨ちゃんはやっぱり机に伏した。
「まったく、馬鹿だ」
「馬鹿だな」
「馬鹿ですね」
 対する私達は、笑いながらにそういった。やぱり、馬鹿はどこまで言っても馬鹿なのだ。
「これからもよろしくな」
「負けませんから」
 手をさしのべた二人と握手をし、私達馬鹿は、同じ大馬鹿者を馬鹿と罵り合った。 

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