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第70話〜このすばらしく最低な自分に賛美の拍手を

「今年も、残すところ、後わずかになりました」
「今年も、もうおしまいか……」
「みたいだねー」
 コタツの心地よい暖かさに、心まで溶かされそうになりながら、テレビの中で不機嫌そうな面をさらしている、いつもの釣り目のニュースキャスターの言葉に耳を傾ける。
「今年も、ネームレスの感染者は増加の一途をたどり、それと比例するようにネームレスによる犯罪件数も増加しています」
 年越しだというのになんて暗いことを言うんだ。とキャスターを睨むが、所詮はテレビの向こう側。あちらの不機嫌そうな顔はこちらに届こうとも、こちらの不満など電波に乗ってあちら側に届くことはない。
「専門家によりますと、このまま行けば、来年もこの増加が続くと予想されています」
 そう言って最後に、着ていた着物の胸元を、めんどくさそうに直してから、キャスターは他のキャスターの名前を呼んだ。
「はい、どうもこちら現場の――」
 画面から釣り目のキャスターが消えると同時に、画面には、若さあふれるキャスターが現れた。おかしかったのは、そのキャスターのいた場所が、ニュースのスタジオではなかったことだ。天気予報などで町に出かけたり、何かの取材で町を映すことはあっても、今映っているような殺風景な土地を取材することは、この大晦日に限ってはないだろう。
「さて、今日ここでは、今年一年の邪気を祓うべく、あの大物がとんでもないことに挑戦するようです」
 やや興奮気味に早口で言い終えたキャスターだが、ようするに、そういう番組が始まるということなのだろう。
「あ、何で消すのよ」
「見たいのか?」
「別に」
「だろ」
 交わして、再び、コタツでのんびりと伸びる。もうすぐ今年が去年になってしまうというのに、俺といえば、いつものように自室でのんびりと漫画を読んでいる。
「みかんとってー」
「自分で取って来いよ」
「えー」
 また、妹の花梨も俺と同じように年越しをなんとなく過ごしていた。
「あ、俺のみかんももうない」
「じゃ、私のもとってきてー」
 ごろごろと自分の部屋から持ってきた漫画を読みながら、こちらを見ようともせずに花梨は俺にいった。
「俺はお前の召使じゃ……」
「なに?」
「いや、分かりましたよ、お嬢様」
 そう言ってコタツから抜け出してみるも、出たとたんに、脳が帰還命令を発した。
 しかし、そこは身震い一つ、さっさと扉へと向かった。
「なに?」
「いや、なんでもない」
「気持ち悪い」
 花梨は、せっかく人が他人の分のみかんまで寒い思いをしてとってきてやろうというのに、俺を気持ち悪いの一言で切って捨てた。
 しかし、花梨が俺にそんなことを言ったのは、花梨が漫画と一緒に持ってきていた、隣の家の大河君に貰ったぬいぐるみと、それについていた俺のクリスマスプレゼントである小さな熊のぬいぐるみを見れたことで許してやってもいい。
 だいたい、気持ち悪いといわれたのも、それを見た俺がにやけていたのもあるのだろう。
「黒須さん……西条さんに恋……か」
 冷えた廊下を出来るだけ早く進みながら、俺はなんとなく一人つぶやいた。
 今年一年。と考えて、この三人がはじめに出てきたのはどうしてだろう。
 確かに、今まで特に大きなイベントがあったというわけでもなかったのだが、人の名前、しかも三人が一度に出てくるのは初めてに違いない。
「今年一年を振り返って……か」
 ダンボールの中に転がる無数のみかんから適当にいくつかを見繕いながらも、俺の頭の中は三人の事でいっぱいだった。
 思えば、町で偶然に出会ってから今まで、九ヵ月も経過していたのだ。その間、俺は変な銀狼に襲われて大怪我をしたり、恋に遊園地に連れて行かれたり、黒須さんをおぶったり、泣きつかれたり、なかなか色々あったみたいだ。
 しかし、やはり思い出すのは三人に絡んだことばかりだった。
 たしか、体育祭で黒須さんと二人三脚もした。あとは、文化祭でいやな思いもした。
 思い出したのは、決していいことばかりではなかったが、それでも、それらは俺の今年の一年だった。
「そういえば、料理、少しは上達したのか?」
 言いながら、思い出して少し苦笑する。あの三人は、実に個性的な料理を俺に提供してくれた。
「もどったぞー」
「ちょ、ノックくらいしなさいよ」
「いや、ここは俺の部屋だ」
 あわてて、俺のあげた熊のぬいぐるみを隠した花梨を、見て見ぬふりをしながら、俺はまたコタツに戻った。
「ほらよ、お前の分だ」
「もう少し早くしなさいよね」
「はいはい」
 せっかく人が善意で持ってきたというのに、なんていいようなのか。といおうと思ったが、俺達兄妹の関係はいつもこうなので、特に普及はしない。というか、いまさら言っても無駄に違いない。
「そういや、そのぬいぐるみ、名前でもあるのか?」
「なにが」
「いや、お前が今、大事そうに抱えてるそれだよ」
 言いながら抱えているぬいぐるみをさしてやるが、花梨は何も言わず、驚きの表情を返すだけだった。
「なに? 私がまだ、ぬいぐるみに名前をつけるようなメルヘンな子だと思ってたわけ?」
「つけないのか?」
「当たり前じゃない」
「そうか」
 いつの間にか、人形遊びが大好きだった、かわいかった妹はいなくなってしまっていたようだ。
「でも、どうしてもって言うならつけたほうがいいのかもしれないわね」
 そういってチラチラと俺を見る花梨。アレは、おそらく「つけたらどうだ」の台詞を待っているに違いない。と、いうか迫っているにも似ている。
 うれしいことに、今、俺は行方不明になっていた妹と再会できた。
「つ、つけてみたらどうだ?」
「そう? あにぃがそこまで、つけて下さいだなんていうなら、付けても良いかもしれないわね」
「いや、俺はそこまでは」
「なに? なんか文句でもあるの?」
「いえ、ぜひともその、類まれなる才能で高貴なる名前を授けてください」
「よし」
 うなずいて、花梨は悩み始めた。
 何故、俺がここまでしてやらないといけないのだ。
 
 
 
「さて、この人間大砲の導線に全身火だるまのまま着火させ、そしてその後、この人間大砲であの、厄とかかれた的に向かって自らが玉となり、今年一年の厄を粉砕するわけですね」
「えぇ、そうです」
 再びつけたテレビでは、俺でも知っている芸能人が、先ほど見たときと同じ若々しいキャスターと話していた。
 聞くところによると、この芸人、色々とがんばるようだ。
「うーん」
「お、釣り目」
 なにやら神妙そうに企画についての意気込みや手順を話す二人の背後に、ミステイクのようにたたずんでいたのは、もこもこのコートを羽織り、寒そうに体をさする、あのつり目のキャスターだった。
 特に話すわけでもなく、二人から少しはなれ、不機嫌そうに顔をゆがめている。
 いったいこの釣り目の存在意味は何なのだろうか。
「決めた!」
 若々しいキャスターが、企画開始の時間を述べたとき、時を同じくして花梨も、長かった思考の終了を告げた。
「わーすごーい」
 もはや興味をなくし、愛想だけで拍手を送ってやる。自分が付けろ。といっていたのに、とは思うが、いくらなんでも結論を出すのが遅すぎた。
「いい、聞いて驚きなさいよ」
 そういって花梨は机の上にドンと二体のぬいぐるみを置いた。どうやら、俺のぬいぐるみを隠していたことはもう忘れているらしい。
「こっちがアドルフ、それでこっちが太郎」
 もはや空いた口がふさがらなかった。どうやら、俺のあげた熊はこてこての日本人だったらしい。しかも、どことなく犬っぽい名前でもある。そして、さらに驚くべきことは、大河君から貰ったぬいぐるみは、なかなかかっこいい名前だということだ。
 なんだか少し悔しい。
「あー俺のあげた太郎を気に入っているみたいでうれしいよ。花梨ちゃん」
「え?」
 言われてから気づいたらしく、花梨はあわてて何もなかった。と俺に抗議する。
 必死の花梨の抗議も右から左、苦笑いを浮かべながら俺は花梨の持ってきていた漫画に目を落とす。
「アドルフ……太郎……」
 どうやら名前はここから取っていたらしい。
 そこには、一人の女の子に言い寄る男の子、つまりアドルフと太郎がいた。
 あんなに考えていたというのに、結局ぱくりなのか。
「一度に二人だなんて、モテモテだな」
 言ったところで、俺の中に何かが引っかかった。
 一度に二人から告白を受ける?
 不思議と珍しいと思えなかった。
「二人どころじゃないでしょ……」
「え?」
「なんでもないわよ」
 花梨の言葉で、余計な考え事が一つ増えてしまったが、それより今は先に引っかかった、違和感の理由を探らないといけない。
「二人……二人……」
「さて、残すところ後十分」
「わー、こんなに寒いのによく海で撮影なんてするわ」
 いやそうに顔をゆがめた花梨につられ、俺もテレビを見る。どうやら、広大な荒地だと思っていた所は、広いビーチだったようだ。
 証拠に、今回は、安全を考慮して、いつでも消火できるよう、水の豊富な沿岸で撮影を行っています。なんてテロップまで流れている。
 水が豊富でない海を果たして海というのか、などはこの際、目をつぶろう。
「海……火だるま、二人、告白……」
 そういえば、テストの結果が火だるまになりかけたな。なんてことを思いながら、ふたたび考え事にふける。
「海……海……」
 そういえば、海にも行ったはずだ。あの時はたしか、洞窟に入って……。
「あ……」
 あの時、俺は告白されていた。
 すっかり忘れていたが、俺は確かに告白されていた。
「花梨、俺漫画の主人公になれるかもしれない」
「は?」
「告白されてた」
「え、うそ。誰からよ」
 明らかに目を輝かせながら聞いてくる花梨とは対照的に、俺は死にたくなっていた。
「可憐さんと麗子さんだ……」
「え……」
 さっきまで身を乗り出すようにして聞いていた花梨も、二人の名前を聞いて少したじろぐ。
「い、いつよ」
「た、多分六ヵ月くらい前」
 言って頭を抱える。最低だ。なぜこんな大事なことを忘れていたのだろうか。
「で、で? 返事は……って聞かなくても分かるわ」
「あ、あ、お、俺どうしようか、花梨」
「さあね、知らないわよ」
 もはや願うようにして聞いた質問も、あっさりと無視された。
「さて、今年もあと十、九」
「やばいやばいやばい」
「八、七、六」
「最低ね」
「あ、あうぅ」
「三、二、一」
 キャスターの威勢のいい「ゼロ」という声と同時に、芸能人が厄の文字を破壊した。
「あけましておめでとうございます。甲斐性無しの馬鹿お兄様」
 今年最初の花梨の言葉は、俺の心を再起不能に陥れた。
「畜生……」
 今年最初の思いでは、今の空のように真っ暗だった。
「あ、電話」
「畜生」
 そして、俺の一年が始まった。

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