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第7話〜俺達の下校

 下駄箱からゆっくりと靴を取り出す。もちろん、毎日の日課になっている靴の中身をチェックは欠かさない。別にいじめられているとかそういったものではないが、恋と藤村の二人は何をするかわかったものじゃない。
 大体、あの二人は昔からそうだ。幼稚園の頃の恋は、俺にままごとをしろといっていつも俺を引っ張って放してくれなかった。藤村に関しては今と変わらないような性格で、先生をいつも困らせていたな。
 俺は、毒を抜いたサソリや、ウズラの卵が入っていない事をしっかりと確認してから、靴を地面に落とす。よし、靴底に癇癪球も仕掛けられていないな。
 完全に安全を確認してから靴を履き、脱いだスリッパは靴の入っていたところへと入れておく。今度鍵でも買っておいた方がいいだろうか?
 さて、靴の安全も確保できたので帰ろう。
 今頃、藤村は生徒室で会議をしているだろう。恋は、今頃部活に精を出し、元気にグランドを走り回っているはずだ。まったく、長距離のどこが楽しいというのだ。

「いっ」
 ぼんやり二人のことを考えながら歩いていると、何かにぶつかった。しかも、それは何か声を上げたことから扉ではないと推測する。
 そして、その何かが、俺と衝突した衝撃でゆっくりと、しかし確実に地面に落ちていくのが視界の端にちらりと映った。このままではまずい。
 とっさに手を伸ばして倒れかけていたそれをつかんで力いっぱい勢いを殺そうと、引っ張ってやる。
 しかしながら、所詮運動部に属していない、暗室育ちなもやしっ子の俺の腕力など知れたもので、倒れていくそれと同じよう俺も地面に引き寄せられていった。
(今日の夜、帰ったら筋トレでもしよう)
 昨日の帰りにふと思いついたまま実行されなかった、それを思い出しながら、俺は地面と衝突した。コンクリートでできた床は、ひんやりとしていて、少しは俺の後頭部に生まれた小さなたんこぶ程度なら癒してくれそうだ。
 下からはコンクリートの衝撃。次いで、上からは違う衝撃が今まさにどさりと言う音を立てて加わった。まさに、今俺は衝撃のサンウィッチ状態だ。無論俺が具の部分である。
「いたたた……ってあれ?痛くない?」
 俺の上で、自らの無事を確認しているそれは、なぜ、自分がコンクリートと衝突してもあまり痛くないのかを考えていた。
「もしかして、私は鋼の体を……」
 なにやら、どこかのスーパーマンになったとでも勘違いしているのだろう。スーパーマンのポーズをとってみせる、そのしぐさは見ていて非常に面白い。しかしながら、このままだと俺もいささか苦しいので、そろそろ真実を教えておこう。
「君はスーパーマンではないぞ」
「そう……残念。じゃあ床が特殊素材なのかしら」
 俺の声に何の疑問も感じずに答え、また違う考えを浮かばせている俺の上のそれ。集中すると周りが見えなくなる正確だと推測する。
「確かに、君の下だけが普通の床とは違う素材なのは認める。だから、俺の上からどいてくれないかな?」
 俺の腹部に重みを与えていたそれは、俺の言葉を受け、俺を解放してくれた。やっぱり筋トレはしたほうが何かと役に立つらしい。
 俺の上からどいたそれは、いきなり立ち上がった目の前の床に、目を白黒させていた。
「ぶつかってすまなかったね。君? 怪我はない?」
 俺の問いに口をパクパクして何も答えてくれない彼女の姿は、まるで酸欠の金魚のようだった。
「白金……祐斗」
 俺の名をつぶやいた目の前の女子は、それだけを口にして、顔を真っ赤にしながら、顔と同じ色の髪をなびかせて走り去っていってしまった。あの様子だと怪我はなさそうだ。
 しかし、なぜあの娘は俺の名前なんかを?
 多少の疑問を抱きながらも俺は、引き続き制服の泥を叩き落とす作業を再開する。あぁ、ボタンが取れてる。俺は床に無造作に散らばったボタンを拾い、そのままポケットに入れる。
「あれ?」
 散らばったボタンを拾っていると、一つ不思議なことに気づく。それは、床に落ちていたボタンの数と、制服についていないボタンの数の帳簿が合わないと言うことだ。きっと少し遠くに飛んでいってしまったんだろう。
 しかしなぜだか、制服のボタンというものはなかなかに高い。あんなちっぽけなボタンひとつで、ペットボトルのジュースが二つも買えるのだから、ぼったくりもいいところだ。
 俺は床に這いつくばってボタンを捜索する。制服は汚れるが、背に腹は返られない。きっとまわりから見れば、俺の姿は犬、もしくは変人のようだったに違いない。

 捜索を開始してから数分後、背後に気配を感じ、急いで立ち上がりながら振り返ると黒須さんがいた。彼女は無言で俺の後ろを通り過ぎて返ろうとしていた。
 その瞬間だった、なぜかわからないが、とても黒須さんと下校しないとけない気分になってきた。ペットボトル二本のジュースなんて糞喰らえだ。
「黒須さん。一緒に帰ろうよ」
 やはり、言葉はメールアドレスの時と同じように自然と出た。おそらくは断られるだろう。
「やっぱりこうなるのね……好きにして」
 そう思っていたのだが、長いため息を一つついてから、黒須さんは俺の同行を許可してくれた。また、断ればしつこく付きまとわれるのかと思ったのだろうか?そうだったら、俺は完璧に黒須さんの中でストーカーという位置づけになっているのだろう。

「ばかあにぃー」

 ストーカーと言う称号に頭を抱えて悩んでいたところ、いきなり背後から迫ってくる足音が聞こえてきた。おそらくこの声はあいつの物だろうから、目的は攻撃で間違いないだろう。俺に攻撃なんて百年はやいんだよ!
 俺は少し笑みを浮かべながら体を横にスライドさせる。これであいつは見事地面とKIS――
「マグナムパーンチ」
 見事、スライドさせた体にキックが入る。おかしい、さっきはパンチと聞こえたはずなのになぜか完璧によけたと思っていた横腹には足がめり込んでいる。
「みえみえー」
 蹴られた横っ腹をさする俺を指差し、売店でよくある笑うボールペンのような声を上げながら腹を抱えて笑う妹に、ムクムクと殺意が沸く。
 腹をさするために折り曲げていた体を上げると、いつの間にか黒須さんは俺を置いて先に歩いていってしまっていた。
 急いで黒須さんに追いつく。腹はまだズキズキと痛む。覚えてろよ花梨。
「あ、黒須さんだー?」
 まさに今、復讐の意志を固めた対象が黒須さんを指差していた。初対面の人間に、指を刺すとは、育て方を間違ったか……?いや、俺も初対面の人間に、メールアドレスを強引に聞きだしたストーカーさんだから何も言うまい。
 そういえば気になったことが一つ。
 今、こいつ黒須さんだ。と言ったよな。
 それも、さも知っているような口ぶりでだ。黒須さんは今日始めて学校に来たはずだ。ならば、こいつが黒須さんを知っているはずかないだろう。
「なぜ、お前が黒須さんを知っている?」
 俺は即座に美穂に問いただす。すると美穂はあっさりと答えを教えてくれた。
「お隣さんでしょ?」
 お隣さん……だと……?
 確かに、何日か前、隣に誰かが越してきたというのは情報としては脳の奥深くにしまっていた。だがしかし、俺は隣の家から黒須さんが出てくるところなんて一度も見ていないぞ。
 あれか?黒須さんの家は実のところ本体が地下にあって、道路の各マンホールと繋がっており、そこから外に出入りしているから俺が目にしなかったというのだな。なるほど。黒須さんは地底人のようだ。
「挨拶に来た時、あにぃ部屋から出てこなかったじゃない」
 あいさつ?あぁ、数日前に隣に越してきたという家が挨拶に来た時か。きっとそのときも地下道を通ったんだろう。
 あの時はたしか俺は、『超武装警察ハナツンジャーの超武装ロボット放出<はなてん>』のプラモを作っていたんだ。それも一番大事な塗装の作業。
 あのとき、黒須さんが来ていたのか。惜しいことをした。
「黒須さんは……呼びにくいからお姉ちゃんって呼ぶね。お姉ちゃんは彼氏とかいるの?」
 いきなり他人をお姉ちゃんと呼んだか。しかも、質問攻めが始まったようだな。駄目だ、花梨におかしなスイッチが入ってしまった。こうなってしまえばこいつは止められない。というか俺自身止める自信がない。
 質問マシーンと化した花梨の質問を戸惑った様子で、苦笑いを浮かべながらも一つずつ丁寧に答えている黒須さん。なかなか律儀だ。
 近年の地底人はいいやつみたいだ。古代の地底人はどんなものなのは当然知らないが。
「お姉ちゃん。私、そこの公園でもう少しお話したい」
 強引に黒須さんを引っ張り、帰り道にある小さな公園へと引きずり込んでいく花梨。流石の俺も止めようかと思ったが、黒須さんの、苦笑いではない笑い顔を見たら、それはよしておこうと二人を放置する。
 元気に次々と質問をする花梨。詰まりながらもゆっくりと答える黒須さん。
 そんなちぐはぐな二人を眺めていたら、自分の居場所が二人の間には見当たらないので、少し二人を置いてぶらぶらすることにする。
 ふらふらと公園をベンチの方向とは逆の方向に歩いていくと、小さな公園には不釣合いな大きな砂場にたどり着く。
 確か昔、ここで五人でままごとやら何やらやったなぁ。今でも大きいと思う砂場だ。俺が子供の頃の俺達にはもっと大きく感じたに違いない。
 いつも花梨が俺の妹役で、藤村は執事役。そして、恋とあいつがいつも俺のお嫁さん役を取り合い争って……あいつ?
 確かに俺達五人は、毎日のように此処でままごとをしていた。そう、五人だ。俺と恋と花梨と藤村。そして、あの子。
 違う地区から遊びに来ているといっていたその子は、真っ黒な髪をなびかせ、いつも恋と俺のお嫁さんにふさわしいのは自分だと言って争っていたような気がする。
 名前。名前はなんと言ったか?俺の記憶がただしければ確か、あの子は俺達に一度も名乗らず、俺達はあの子を「あーちゃん」と呼んでいた。何故そう呼んでいたのかも覚えていない。
 確かに、今では小さくなってしまったこの公園も、昔はもっと色々遊具があって面積も大きかったのだから、ほかの地区から色々な子が遊びに来るのは普通だった。
 しかし昔の俺よ、毎日遊んでいた子の名前くらいはちゃんと聞いて置けよ。

 そして、なぜ子の公園が小さくなってしまったのか。
 俺はその元凶の前に来ていた。それは公園から出て徒歩数秒のところにあるこの二十四時間営業施設のせいだった。
「いらっしゃいませー」
 しっかりと店内に響く聞き覚えのある静かな女性の声。今、ものすごく嫌な予感がした。
「久しぶり」
 レジでは、こちらに向かって控えめに片手だけを挙げてた、メガネでショートカットの女性店員がいた。
「お久しぶりです。麗子さん」
 目の前にいるショートカットの女性の名は後藤玲子(ごとう れいこ)あの、恋の姉に当たる人物だ。麗子さんの性格は恋とは逆のようで、非常にクールである。それ故に、昔はまわりから氷の女、冷子、などといわれてらしい。氷の女といられていたらしいが、実際のところはやさしい人であるし、とてもいい人なので子のあだ名は間違いだろうと思う。
 まぁ、こんな名前が付いたのはあの人のせいだろうが、肝心のあの人は此処にはいないようなので俺は胸をなでおろす。
「300円になります」
 なくしたボタンと同じ値段のジュースを麗子さんから受け取り、俺は再び公園へと戻った。

「今日はそこら辺にしておいて帰るぞ」
 いまだに、黒須さんに質問を続けていた花梨の頭に、先ほど買ったジュースを軽く当ててやる。ついでに、もう片方のジュースを黒須さんに手渡す。
「うちのがずっと話して疲れただろ? 遠慮はいらないよ」
 黒須さんは少し戸惑う素振りを見せたが、ぎこちない笑顔で俺の手からジュースを受け取ってくれた。
「帰ろうかお姉ちゃん」
 二人はまた、俺を置いてけぼりにしてさっさと歩いていってしまう。俺はジュース差し入れ機じゃないぞ。

「ばいばいお姉ちゃん」
「ばいばい」
 花梨が元気いっぱいに手を振ると、黒須さん少しぎこちない笑顔で小さく手を振り替えしてくれる。
「ジュース、ありがとう」
 黒須さんは、俺に聞こえるか聞こえないか程度の小さな声でそう言って、家の中へと消えて行ってしまった。
 マンホールから家に入らないと言うことは地底人じゃなかったのか。
「ありがとう、ね」
 俺はジュース一本、値段にして1/2ボタン以上の価値のある、心の小さな温かみに少しうれしくなりながら家の玄関を開けた。

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