TOPに戻る
前のページ 次のページ

第68話〜恋人はサンタクロース

「あれ、大河君じゃない」
「ど、どうもこんばんわ」
 彼と間抜けな再会を果たしてから、私達姉弟は彼の家の中へと案内されていた。
「あれ、大河君呼んだっけ?」
「いや、あの、えと」
 不思議そうに見つめられて、大河は私のフリルのついた裾をぐいぐいと引っ張り、懇願するようにして私を見つめる。体格差的に、私と大河は二十cmほど差があるというのに、大河はというと、私の後ろに引っ付いたまま離れようとしない。
「私が呼んだの」
「そうなんだ。あにぃの彼女ばかり呼んでるみたいだから、私のお友達は呼びにくかったからちょうどよかったわ」
 そう言って花梨ちゃんがいいといってくれていると言うのに、大河は私にへばりついたままだった。
 もちろん、花梨ちゃんの彼の彼女ばかりのくだりの冗談なんて軽く無視を決め込む。反応していてはこの先いちいち実が持たないというものだ。
「だ、だれが彼女よ!」
「恋ちゃん……」
 私より先についていたのだろう。リビングからは恋ちゃんの黄色い声が飛んでいた。
「遅かったのね、美穂」
「ごめんね」
 リビングに着くと、そこには赤さんまでもがすでに到着していた。
 しかも、格好を見る限り、ずいぶんと前に到着していたようで、すっかりリラックスしている。
 おかしい。これでも予定時刻の二十分前だ。本当は三十分前にはつこうとは思っていたのだが、玄関先でいろいろあって予定より少し遅れた。
 しかし、私はこれでもすこし早すぎるんじゃないか。と少し不安になっていたというのに、どうやら杞憂のようだった。
「西条さん、そりゃ君からすれば誰だって遅刻になるよ」
「そうそう」
 彼と花梨ちゃんが少しあきれたように言う所を見ると、赤さんは私がつくかなり前に来ていたらしい。
 証拠に、気恥ずかしそうにうつむいている。
「れ、恋ちゃんはいつから?」
「一時間前」
 恋ちゃんの回答を聞いて、一瞬立ちくらみがした。平然と答える恋ちゃんも恋ちゃんなのだが、それ以上に赤さんの到着時刻を予想してしまうと恐ろしい。
 どうやら、今日のこの日を心待ちにしていたのは私だけではなかったようだ。
「そ、それで赤さんは何時から?」
「……二時間前」
 流石に赤さんも早すぎたと自覚しているのだろう。最後の方はもはや消えかかるような勢いだった。
「に、二時間も何してたの?」
 沈黙が気まずかった。
「白金が手伝わせてくれないから特に何もしてない」
 そういって恨めしそうに彼を見る赤さん。
「まぁ、ね、お客さんに仕事なんてさせられないよ」
 にらまれていった彼だったが、言い終わった後の乾いた笑いには、はっきりと仕事が増えそうだから遠慮してもらった。というのを隠しているのがバレバレだった。
「ま、間違いじゃないから文句は言えないんだけど」
 ため息をついてから赤さんはまた、暇そうに足をぶらぶらさせている。
 もし、こんな状態で二時間も過ごしていたのなら、赤さんは相当な暇人の達人なのだろう。
「もう少しゆっくりでも良かったのに」
「だから早めに支度しなさいって言ったでしょ、ばかあにぃ」
 ぶつぶつ言いながら料理をしている彼を見ながら、ふとやけに静かな隣に視線を送ると、案の定、赤さんも恋ちゃんもニヤニヤと口元をだらしなく緩ませていた。
 なるほど、これなら一時間でも二時間でも暇をもてあそばせることはない。
「そういえば、黒須さん」
「は、はい?」
 ほぼ仕上げに入ったのだろう。ふきんで手を拭きながら彼がこちらに振り返った。
 当然、私の声は裏返ってしまった。
「そ、そんなに緊張しなくても……」
「い、いえ」
「いや、俺が言いたかったのは、始めてみるタイプの服だね。って事だけだから」
 裏返った声のままの私に、苦笑いを含ませたまま彼は言った。
「そういえば、美穂にしてはかわいらしい服ね」
「そうね、めずらしい」
 じろじろと値踏みするようにして私の服を眺める二人に、心の中でどうせいつもかわいくない服を着てますよ。と毒づいておく。
「でも、いいんじゃない」
「うん。私もそう思うわ」
「どうもありがとう」
 少し感心したように私をほめる二人に、素直にお礼を言っておく。
「俺も、似合ってると思うよ、それ」
「え、あ、うん。あ、ありがとう」
 ついで彼にもほめられ、私は帰ったら絶対に母にお礼を言っておこうと心に決めた。
 
「こんちわー」
「はーい」
 集合時間の十分後に現れたのは、最後の一人、藤村君だった。
「みんな早いね」
 すでにそろった私達を見て、驚いたように言う藤村君だったが、まずは時間通りに来ることからはじめてもらいたいものだ。
「遅れちゃったし、暇だろうからボードゲームもって来ました」
「お、やるじゃんか藤村」
 そういって藤村君の肩を叩く彼だったが、私にはどうも藤村君の持ってきたボードゲームに信用がならない。なぜなら、今一瞬だったのだが、やけに和風な木目と、ジャラジャラと渇いた木の音がしたのだ。
「それで、何を持ってきたんだ、藤村」
「それはだな」
 ややもったいぶりながら、藤村君は袋からそのボードゲームを取り出した。
「将棋だ!」
「わーすごいねー」
 もはや予想済みだったのだろう。赤さんも恋ちゃんも、もはや藤村君の方を見ていない。
 唯一反応したのは家の弟、大河だけだった。と、いってもかなり無理のある棒読みであったような気がするのは、この際目をつぶる位してもいいくらいの働きに違いない。
「あのな、藤村よ。将棋って言うのは二人でやるもんだろ。ここに何人いると思ってるんだ、まさか人数分持ってきててトーナメントでもしようってのか?」
「え? 将棋って二人でやるもんなの?」
「いや、俺の記憶違いだ。将棋は二人でするものじゃない。気にするな藤村」
 もはや彼はあきらめているようだった。
「全員そろったことだし、そろそろ始めない? あにぃ」
「そうだな、せっかくの料理も冷めすぎるのは良くない」
 彼が席に座り、その隣に花梨ちゃんが座る。それにつられるようにして各々席についていこうとしたのだが、誰がどこに座るのかとふと立ち止まった。
 案の定、他の二人もお互いを見合わせて固まっていた。
「早くすわれよー」
 藤村君は早々に彼の隣に座り、私達をせかす。自分は遅れてきたというのにたいそうな身分だ。
「お、お姉ちゃん……」
 こっちはこっちでどうしたらいいかという風に私にまとわりつく。
「大河君はここにおいでよ。年上に囲まれるのも居辛いでしょ」
「あ、ありがとう」
 そう言って花梨ちゃんの指す席に移動していく大河だったが、その手は私の裾からは離れていなかった。
「放しなさいよ」
「あ、うん」
 そう返事をするものの大河はやっぱり放してくれなかった。
「もう……」
 ため息をつきつつ、私は花梨ちゃんの席の正面へと腰を落ち着かせた。テーブルは七人用ではなく、六人用にセッティングされていたので、大河はみんなが向かい合う席ではなく、一人みんなを見渡せる位置へと座った。
「さて」
 そういってうれしそうに私の隣に座ったのは恋ちゃんで、その奥には悔しそうに自分の握りこぶしを見つめる赤さんが座った。恐らくジャンケンでもしたのだろう。
「じゃ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
 彼のいきなりの号令で、なんとも間の抜けたメリークリスマスが全員の口をついて出た。
「どうかな?」
 料理に手をつけ始めたみんなを見ながら彼は聞いた。
 もちろん答えはおいしい。の一択なのだが、この場合は他の言葉を待っているような気がする。
「うまいよ」
「そうか、良かった」
 藤村君の一言で彼は納得してしまう。せっかく気の聞いたコメントでも返そうと思ったのに拍子抜けしてしまう。
 それからも、彼の作った料理をみんなで食べ、そしてなんとなく雑談をしながら夜は更けていった。
 
 
  
「よし、昇進」
「うわーまたかよ」
 気づけば私達は人生ゲームをしていた。料理を食べた後、私達は片付け位は手伝いたいと願い出たのだが、お客さんは休んでいてくださいと苦笑いで返され、私達は暇をもてあましていた。
 彼の後姿を眺め続けているのもいいのだが、藤村君も一緒だったのでめだったことは出来なかった。
 ごろごろと暇をもてあます私達を見かねたのだろう。彼は私達に少し待つように。といってからこの人生ゲームをもちだしたのだった。
「王手」
「なにっ……やるな、大河君」
 彼はというと、遅れて人生ゲームに参戦するのも勝ち目がないからといって、ちょうどぼんやりと外を眺めていた大河と将棋をしている。
「そういえば、今日の天気予報当たらなかったね」
 恋ちゃんがそんな突拍子もないことを言い出したのは、恋ちゃんの操るプレーヤーが丁度、未曾有の大災害に見舞われ、持ち家をなくしてしまったときだった。
「そういえば、今日は晴れの予報だったものね」
「見事なまでに曇りだったもんなっと」
「あ、藤村君また子供産まれた」
 そういえば、朝見たあのつり目のキャスターは所により雪が降るなんてことも言っていた気がする。
「ホワイトクリスマスねー」
「恋、今度は洪水よ」
「ロマンチックだけどないでしょうね」
 洪水で今度は財産の半分を失った恋ちゃんは、うんざりとした様子で首を横に振った。
「ホワイトクリスマス……」
 なればいいな。なんて思いながら窓の外を眺めた。
 当然のごとく、外は真っ暗なだけだった。
 
 
 
「あがりー」 
「あがり」 
 いつのまにか、全財産を失った恋ちゃんがゴールし、それに続いて、最終的に子供が七人も産まれた藤村君が、乗せきることの出来なかった子供をゴールへと運んで人生ゲームは終了した。
「もうこんな時間か」
 つぶやいた赤さんに釣られて私も時計を見上げた。
 時計はすでに十一時を指していた。
「参りました」
 声に視線を向ければ、丁度将棋の方も決着がついたようで、彼が大河に頭を下げていた。
「じゃ、そろそろ帰るね。大河、帰ろう」
「うん」
 やや上機嫌な大河は、頭を下げたままの彼に、またやりましょうねといってから私の隣へとやってきた。
「今度は勝てるように特訓しておくよ」
 にへらとやわらく笑う彼だったが、その瞳には、確実に闘志の炎が燃えていた。
 いったい大河はどのような戦いを彼と繰り広げていたのだろうか。
「じゃ私もそろそろ」
「じゃ私も」
 私達に続くようにして恋ちゃんと赤さんも立ち上がった。
「見送るよ」
 立ち上がった彼に続いて私達は玄関へと向かった。
「寒っ」
 扉を開いての彼の第一声はそれだった。
 確かに、夜だからということもあった。しかし、この寒さの理由は他にもあった。
「雪……」
 空を舞う白い粒は、月明かりを受け、そして地面へと降り積もっていた。
「ホワイトクリスマス」
 誰かがつぶやいた。
「ホワイトクリスマス」
 釣られて私もつぶやいた。
「さ、早く帰らないとサンタさんにプレゼントがもらえなくなるわ」
 そうおどけるように言って、赤さんがはじめに一歩を踏み出した。
「そして、これはサンタさんからのプレゼント」
「え?」
「じゃ、ばいばい」
 まさに電光石火。彼が状況を理解するまでに赤さんは去って行ってしまった。
 呆然とする彼の手には、赤と緑の包装紙でラッピングされた、小さな包みが収まっていた。
「じゃ、不本意ながら私からも」
「あ、うん」
「じゃねー」
 今度は恋ちゃんが彼にプレゼントを渡し、赤さんとは対照的に悠々と歩いていった。
「なんで、お前だけなの」
「さあ?」
 恨めしそうに彼の手元を見つめる藤村君を横目に、私はポケットに入れたままにしていたプレゼントを握り締める。
「あのっこれどうぞ」
 今にも途切れてしまいそうな小さな声で言ったのは、私ではなく大河だった。
「え、あ、私?」
 顔も上げずにプレゼントを差し出したままの大河から、おずおずとプレゼントを受け取った花梨ちゃんの頬は、ほんのりと上気していた。
 手元からプレゼントがなくなったのを確認した大河は、そのまま何も言わずに走っていってしまった。
「よかったな、花梨」
「う、うるさいわよ」
 頬を染めたままの花梨ちゃんを茶化す彼の笑顔は、やっぱり柔らかく、温かだった。
 徒歩数十秒なのだから、おそらく大河はこのやり取りの間に家についていることだろう。
「えと、白金君……」
「ん?」
「私もあるの」
 そう言って少し冷えてしまった手でしっかりとプレゼントを握り、ゆっくりと彼へと差し出した。
「ありがとう」
「っ――」
 そう言ってプレゼントを受け取ってくれた暖かい彼の手が、一瞬私の手に触れた。彼はきっと笑顔で私に言ってくれたのだろうけど、そんなものを確認している余裕は私にはなく、私ははじかれるようにして大河と同じように、徒歩数十秒の道のりを全力疾走した。
 風を切る頬は冷たく、フリルのついたスカートは走りにくかったが、彼が触れた右手と頭だけは沸騰しそうに熱かった。
  
前のページ 次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system