TOPに戻る
前のページ 次のページ

第66話〜クリスマスは貴方の家で

「ありがとうございました」
 マニュアルどおりの対応で店から見送られた私達は、その気温差に震えた。
「寒いわ」
「俺の財布もだよ」
「寒いわね」 
 自らの体を抱くようにして言った二人の後には、恨めしそうに財布をひっくり返す藤村君が続いていた。
「少しくらい、情けはないわけ?」
「お前がパーっと行こうって言ったんだろ?」
 がっくりと肩を落としたまま言う藤村君に、追い討ちをかけるようにして、彼はうれしそうに藤村君の肩を叩いていた。
 今は、学校の帰り道。そして、場所は帰る道ではない。少し町の中心部にある、大通りだった。
「さて、次はどこ行く?」
「まだ遊ぶのか……」
 少し狼狽したようにも見える男性陣を尻目に、恋ちゃんは、はやくはやくと赤さんの手を引いて走り出してしまう。
 赤ちゃんも、落ち着いたらどうか。などと口では言っていたものの、その表情は柔らかく、後姿の赤髪も、どこかうれしそうに風に流されているように見えた。
「わかったよ……」
「本当に行くのかよ、祐斗」
「あきらめろ、藤村」
 男性陣も、しぶしぶといった様子で二人の後を追った。四人は楽しそうに町へと消えていった。
 そして私は一人になった。
 別にいじめられているわけではない。意図的に無視されたわけでもない。ただ、私が願ってしまったのだ。
――もっと一緒に遊びたい。などと。
 最近、何事もなかったので。もしかしたら。何てことも思っていたが、私はやっぱり異能力者なのだ。簡単に能力が消えたりするわけではない。
 こんなふとしたことでしか、自分の事を思い出せなくなっていた自分に少し驚く。やはり、あの四人といると私は幸せなんだろう。それはもう身に余るほどに。
「でねー、そこがまた美味しくて」
「うそー、今度一緒に行こうよ」
「いいよー」
 ぼんやりと人の流れを見送る私が、ふと耳にした会話は、どれも普通すぎて、なんだか幸せになる。しかし、同時にどうして自分はそちら側に行くことが出来ないのかと、少し寂しくもある。
「だれか、迎えに来てくれないかな」
 口をついた言葉は私の本心だった。思うだけのつもりだったが、口に出てしまったらしい。かといって、別段誰に聞かれて困るものでもないので、私はそのまま続けた。
「白金、祐斗」
 今一番迎えに来てほしい人の名は、過ぎ行く雑踏に飲み込まれ、ただ無常に消えていった。恐らくは、私が来てほしいと願ったのだ、来てはくれないだろう。
 もしかしたら、今頃他の三人を押し切って全力で帰っているかもしれない。
 いきなり帰る。と言い出す彼に驚く、赤さんと恋ちゃんを思い浮かべて笑った。きっと、必死に止めるんだろうな、なんてことも考えた。
「一緒にいたいな」
 また、口をついて妄想が漏れ出した。ここに引っ越してくるまで、こんなことを思ったことがあっただろうか。
 大抵は、何も考えないようにしよう。誰ともかかわらないようにしようと心がけ続けて、そんなことを思うことはなかった。
 しかし、私は能力の恐怖におびえながらだが、一緒にいたいと思う。もし、サカサが発動して、一緒にいられなくなってしまったら、私は懲りずに、もう一度友達になろうと、いい始めるだろう。もし、あの人たちに危害が加わりそうになれば、この身を盾にしてでも守ろうと思う。
 戦うと決めたのだ。逃げはしない。まずは手始めに、またあの四人と遊びの続きをしようと思う。
「うーん」
 思ったのだが、流石に長くここにとどまりすぎたせいで四人の居場所など、当に見失っていた。もう一度、だれか迎えに来てくれないか。と思ってみるが、流石に無理だろう。
「今回は負け、か」
 負けを認めた私は、潔く歩先を街中から、家へと向ける。
「ここにいたんだ」
「え?」
 聞き覚えのある優しい声に、家へと向けた歩先をあわてて反転させると、そこにはうれしい光景が広がっていた。
「いきなりいなくなるから驚いたよ」
「ちょ、ちょっと、ぼーっとしてて」
「そっか」
 少し困ったような笑顔のまま、私に声をかけてくれたのは、願ったとおりの人だった。
 ただの人違いだった。という落ちもあるだろうと思っていたのだが、目の前にいる彼は、間違いなく本物の彼だった。
 そういえば、これも忘れていたのだが、彼は私のサカサに影響されない奇跡の塊のような強運だったことを思い出した。
「ごめんね」
「そ、そんなにあらたまらくてもいいよ」
 頭を下げられた彼は、困ったような笑顔のまま両手を振ってやめてくれといっていたが、私が謝ったのは、今回の事だけではなかった。
 先ほど、彼が強運だと思い出したときに一緒に浮かんできた、彼に向けて使った「転びませんように」と願って転ばせようとしたことも謝っていた。
 冗談とはいえ、他者に向けて意図的に能力を使ったのは、アレが初めてかもしれない。
「ちょっと、白金、いきなり消えないでよ」
「おう、恋。わるいわるい」
「え?」
 現れた恋ちゃんを見て、私は目を丸くしてしまう。彼だけなら、いつもの強運として片付けられるが、恋ちゃんは強運ではない。
 もしかしたら、やっぱりサカサの効力が薄くなっているのではないだろうかと、一人黙り込んでしまう。
「さ、いくわよ、美穂」
 考えていた私の手を取り、恋ちゃんは再び走り出そうとする。
「おいおい、今度は俺が一人ぼっちか?」
 やれやれと苦笑いしながら彼もついてきていた。どうやら、考える暇はなさそうだ。
 
 
 
「いたいた」
 そうつぶやくと、早歩きをやめ、恋ちゃんは走り出した。
 もちろん、私の手を引いたままだった。必然的に私も走ることになった。
「おーい」
 周りの人が怪訝そうに視線を送ってくるのもかまわず、恋ちゃんは手を振りながら大声で呼びかけた。私はそんな視線から逃げるべく、地面のタイルの数を数えた。
 一体、何に向けて声をかけたのか最初は分からなかったのだが、近づくにつれて私も何に向かっているかを理解することが出来た。
「ちょっと、恋、やめなさいよ」
 恋ちゃんに呼ばれた真っ赤な長髪の持ち主は、その頬を髪の毛同様に真っ赤に染め、恥ずかしそうに私達に訴えかけた。
「ははは、ごめんごめん」
 悪びれた様子もなく、頭をかきながら笑っていた恋ちゃんに、赤さんもつられて笑った。
「で、白金とどこ行ってたの?」
 笑い終え、少しふてくされたようすで、赤さんは私達に聞いた。
「藤村と二人っきりにされて拗ねてるのよ」
 どうしてそんなに機嫌が悪そうなのだろうかと思って、乱れる呼吸を正しながらも首をかしげていると、恋ちゃんが耳元で教えてくれた。
 なるほど、その理由なら納得がいく。
「私はちょっと忘れ物をとりに行ってたのよ」
 そう言って恋ちゃんは私の手を握ったまま、その手を上げた。
「どうも、忘れ物です」
「美穂、あんた冗談なんていえるのね」
 おどけて見せた私に、少しの間、ぽかんと口を開けて放心していた赤さんだったが、思い出したようにして笑い出した。
「そういえば藤村は?」
「あぁ、あれね」
 問われた赤さんは腕を組み、ため息をついでに顎で建物の奥を指した。
「なるほど」
 恋ちゃんは建物をいちべつし、そういって頷いた。つられて私も建物を見上げたが、首を傾げるばかりだった。
「おまたせ」
「特に待ってはいなかったけど?」
「厳しいな、西条さん」
 彼は、私に見せるように困ったように笑い、おもむろに私達の前にクレープを差し出した。
「な、何よこれは」
「クレープっていって薄焼きのパンケーキの一種だよ。主に小麦で出来た生地を薄く延ばして焼いて、それに生クリームやフルーツジャム、チョコレートソースなんかを包み込んだりしているお菓子だよ。ちなみに、これはイチゴ生クリームね」
「そういうことじゃなくてね」
 矢継ぎ早に言った彼に、一同は呆然とした。
「西条さんはイチゴは嫌い? じゃあこっちのチョコをどうぞ」
「そういうことじゃなくてね」
「チョコもだめか、じゃあこのブルーべリーだね」
「え?」
 彼が差し出したのは、くっきりと歯型のつけられたクレープだった。既製品で歯型入り。なんて斬新過ぎるのでまず、ないだろう。と、言うことはアレは恐らく食べかけなのだろう。
「どうしたの?」
 歯型入りクレープを差し出された赤さんは、固まったまま動かなくなってしまっていたが、おそらくは受け取る受け取らないの意見が今、脳内では激しくせめぎあっているはずだ。
「じゃあ、いただ――」
「あ、ごめん食べかけだったね」
「――くわけないわよ!」
「はい、キャラメル。もうこれしかないから我慢してね」
 渡された赤さんは、そのまま押し黙ってしまったが、視線はきっちりと食べさしのクレープを凝視していた。
「あれ、絶対もらおうとしてたわね」
「そ、そうだね」
 笑いながらささやいた恋ちゃんは、イチゴを、私はチョコをもらい、無言のままモサモサとクレープを食べた。
 彼は生地がどうだとか、甘さがどうだとかを熱心に分析しては私達に説いていたが、正直私達は上の空だった。
 それは、単に彼の話がつまらなかったからではない。
「ねーねーあれ欲しー」
「いい子にしてたら、サンタさんがくれるわよ」
「わかった。いい子にしてるよ僕」
 目の前を通り過ぎていく幸せそうな親子をぼんやりと見送り、手元のクレープの包装紙のプリントに目を落とす。
「クリスマス、ね」
 そういえば、町はクリスマス色に染まっていた。
 町はイルミネーションのための電灯が所狭しと張り巡らされ、店先のショーウインドウにはクリスマスに向けてのファッションが、見渡せばたくさんのサンタがいた。
「クリスマスよ」
「クリスマスね」
「クリスマスだね」
 私達はいまだに熱弁を振るう彼を横目に、ため息をついた。と、同時に闘志の炎に燃料を加えた。
「もうク、クリスマスシーズンね」
「そ、そうだね、赤さん」
 やけに上ずった声で彼にアピールする私達は、はたから見れば、それは滑稽なことになっていただろう。
「クリスマス、か。三人とも予定は?」
「ない!」
「ないわ!」
「ないです!」
「そ、そう」
 私達の気に当てられたのだろうか、彼はたじろきながら後退る。
「じゃ、家来る? もし、いやでなければなら。だけど」
「行く!」
「そ、そうか」
 またしても、私達に圧倒され、彼は壁に張り付いてしまう。
「じゃ、料理何作るか考えておかないと」
 彼はうれしそうだった。
「何着て行こうかな」
「どう攻略するべきなのかしら」
 二人もうれしそうだった。もちろん私もうれしかった。
「お、どうしたの四人とも」
「お、藤村、クリスマスお前も家来る?」
 藤村君は、その手にいくつかのぬいぐるみを抱えて現れた。開いた自動ドアの向こうからは大音量の雑音が聞こえてきた。それで私は、ここがゲームセンターの前だということに始めて気づいた。
 恐らく、藤村君のことだから、赤さんをほったらかしで遊んでいたに違いない。
「クリスマス? おう、いくいく」
「ちっ」
 あらわれた無神経な邪魔者に、私達は口をそろえて舌打ちをした。

前のページ 次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system