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第64話〜予定

「なぜだ」
 俺は一人悩んでいた。
 確かに、俺は悩み多き世代の人間だが、世界情勢や、今住んでいるこの国の行く末なんて大それたことを考えているわけでもなく、ましてや色恋沙汰に現を抜かしていて、どうやれば彼女が出来るのだろうかなんてことを考えてはいなかった。
「あ、恋ちゃんそこは」
「なに? じゃあどのやり方でやるの?」
「恋、やり方以前に、そこはテストの範囲外だ」
「なに!」
 目の前で繰り広げられている風景を見て、やっぱり俺は腕を組んだまま首を傾げてしまう。
「どうした、白金」
「そうだ白金、お前も勉強したらどうだ」
 テスト範囲を間違えているような人間に、「勉強をしろ」なんてことを言われたくはなかったのだが、そもそも俺がこの三人を家に招いたのは、すぐ近くに迫ったテスト対策のためだ。
 俺は、納得しきれないまま、しぶしぶと三人の座る床へと腰掛けた。
「あぁ、恋ちゃんそこは違うって」
「どこがよ!」
「全部だよ、恋ちゃん」
 いいながら、どうしたものかと頭を抱え込む黒須さんに、そろそろ注意力が霧散したのだろう、俺の部屋の漫画に眼が釘付けになっている恋。そして、何事もなかったかのように、一人黙々と何かを作っている西条さん。
「一体何があったんだよ……」
 つぶやき、やっぱり藤村の言ったとおりに、時が解決するのを傍観していればよかった。なんてことを思い始める。
 少し前々までは、黒須さんを避けるようにしていた二人も、今では通常通り。いや、むしろ前より仲良くなっているようにも見て取れる。
「ま、いいか」
 少し納得いかないところはあるが、それでも当初の目的、三人を元のようにする。というのは果たせたのだからよしとしよう。
「あにぃーお菓子もって来たよー」
 ノックもなしに、その手にお茶と適当に見繕ったお菓子を乗せたお盆を持った花梨がやってきた。
「よし、休憩だ美穂。休憩だからな」
 それを好機と、恋は勉強道具を放り出し、床に伸びる。
 もちろん、そんな光景を見ながら、黒須さんはくすくすと口元を押さえたまま笑い、休憩を承諾した。
「はいどうぞ、お姉ちゃん」
「ありがとう、花梨ちゃん」
 そういえば、いつの間にか花梨まで仲良くなっている。
 何があったかは知らないが、元の鞘に戻ってくれたのは大いに歓迎すべきことだ。歓迎すべきことなのだが、なぜか楽しそうに笑いあっている四人を見ていると、自宅の、それも自室だというのに、自分の居場所なんてないのだろうかと思えてくる。
 と、いうか多分、ここで俺が空気となって霧散しようと誰も気づきはしないはずだ。
「よし……」
 一人小さく決心し、なるべく無音で、なるべく気配を悟られないように立ち上がる。
「んー? どこ行くの白金」
 今の俺は気体となって、部屋などすぐに抜け出し、リビングでだらだらとテレビを見ることなど造作もないはずだったのだが、なぜかその気体となった俺の服のすそを、西条さんが捕らえていた。
「い、いや、ちょっと」
 「お花を摘んできますのよ。おほほほ」とか適当なことを言っていれば、何も怪しまれることはなかったはずなのだが、中途半端にどもったせいで、ばっちり八個の瞳は俺を射止めていた。
「お茶のお代わりをだな」
「それならここにまだあるわよ、あにぃ」
「じつは、俺秘蔵のお菓子を」
「それはこの前、私に自慢しながら一人で食べてたじゃない」
「うぐぐ」
 花梨の集中砲火により、西条さんの込める力はさらに強くなった。ただ少し席を立とうとしただけだというのに、この扱いは何だ。今ここで、時代錯誤の魔女裁判が行われているんじゃないかとさえ思えてくる。
 俺は何もしていないぞ。そう無実を叫びたかったのだが、大体、相手が有罪を進行していないので、それはやめておく。と、いうかそんなことをしたら火に油を注ぐようなものだろう。
「有罪!」
「うそだろ」
 俺の心を見透かしたようにして、俺のすそをつかんだままの、赤髪の裁判長によって、ここにまたいわれのない冤罪が成立した。
「勉強がしたくないからって、休憩の合間を見て逃げ出そう打なんて良い度胸してるじゃないの、白金」
 なにやら、本当にいわれのない罪に問われているようだ。
「いや、俺はそんなつもりじゃ」
 言い訳してみるも、ときすでに遅し、その場にいた四人の視線が痛い。
「私がせっせと貴方達二人のために。と作ったこの問題もいらないっていうのね」
 そういい、裁判官は俺のすそから手を離し、よよよとわざとらしくその場に伏した。
「最低だね、あにぃ」
「さいてーだな」
「そ、そんな……」
 こんな危機的状況で、唯一助け舟を出してくれるのではないだろうかという人物に、祈るような気持ちで視線を送る。
「ふ、二人ともそんな事いわないで……」
 まさに地獄に仏、黒須さんはしっかりと助け舟を出してくれた。
「さ、最悪くらいにしておかないと……」
「く、黒須さんまで」
 どうやら、助け舟は泥で出来ていた。
「さて、赤ちゃんを悲しませた罪は大きいですよー」
 笑いながら、俺に追撃をかけてくる黒須さん。
 助け舟を泥製にするのでは飽き足らず、上から棒でつついてより早く沈めてしまおうというのか。
「そうだそうだー有罪だー」
「有罪だー」
 船はものすごい勢いで沈み、俺もすでに腰の辺りまで沈んでいそうだが、みんなが楽しそうにしているのなら、これくらいの汚れ役くらい別にどうということはなさそうだ。
「わかったよ。手早く終わらせて、がっちり点数を取ろう」
 それに、こうして少し注目を集められたことで、俺の居場所を作ることが出来たし、戦果は上々だ。
 
「残念だが、そのまえにすべきことがあるぞ」
「なんだ、恋」
 いつもとは少し違った空気を身にまとった恋に、少したじろぐ。
「それは」
「それは?」
 カラカラと渇いた口で、何とか残ったつばを飲み込む。
「休憩だ」
 いつもと違うと思ったのだが、どうやら、いつもと同じらしい。
 いつもとかわらない能天気な恋に、いつもと変わらない仲良しグループ、いつもと変わらないテスト前の勉強会。
 きっと小さなことだろうけど、やっぱりそれは俺の大切な日常なんだと再認識できた。
「ん? いつもと同じ?」
 そう思う反面、何故か何かを忘れているような気がしてならなかった。
「そういえば、白金」
「どうしたの、西条さん」
 先ほどまで、泣いていたはずの西条さんは、まさにそれが嘘だったかのように俺に問いかける。
 まぁ、嘘だというのは分かっていたし、あそこで本気で泣かれていたら、今俺が五体満足でいれたかは、少し心もとない。
「彼は呼んでないのね」
「彼?」
「ほら、いつも白金といる、あのだらしのない」
「あぁ」
 そういえば今日は一人うるさいのが少ない。
 
「へくっしゅ」
 
 どこかで藤村のくしゃみが聞こえた気がするが、確実に幻聴だろう。
 この勉強会の事を知れば、やつが必ず俺に文句を言うのはわかっている。今回は急すぎて、あいつを呼んでやるまで気が回らなかったのだ。
 と、いっても今回は気の回しすぎ、俺の取り越し苦労で、無駄足だったようだが。
「それより、白金」
「ん?」
 俺が、どうやって藤村に今回の件を悟られないようにしたものかと悩んでいると、自分の分のお菓子を食べ終えた恋が俺に向き直る。
「白金、私達をここに呼ぶ時、美穂や赤が来ることを教えてくれなかったの」
「だって、お前、それは……」
 せっかく魔女裁判もうまくいなして、本当の向く敵を悟られなかったというのに、どうしてこうもこいつは必要ないところで目ざといのか。
「へぇ、あにぃにも使える気なんてあったんだね」
「うるせえ」
 はいはい、といって笑いながら軽く花梨にあしらわれながら、俺は再び考えることにする。
「私はてっきりデートの誘いかと思ったのに」
「な!?」
 意地悪そうに口元をゆがめた恋は、さも残念そうに肩を落とした。
「へぇ、私は勉強しないか。と誘われただけだったのになぁ、美穂」
「そうですね、私も勉強を教えてくれとしかいわれていませんね、赤ちゃん」
「どういうことかな、白金」
「どういうことなんですねー」
 どうすれば、この修羅場を無傷で抜けることが出来るのだろうかと。
 
 
 
「なんで、俺を呼んでくれなかったんだよ」
 朝、出会い頭の開口一番、藤村が俺に言ったのはこの言葉だった。
 どこから情報が流れたのかは知らないが、とにかく面倒だ。
「お前のために、お前専用の対策を練ってたんだ」
「なに?」
 一晩考えた口実をのべると、藤村は簡単に納得し、今は上機嫌で口笛を吹きながらスキップまでしている。それを見て、もっと勉強をしないといけないと再認識する。
 なにせ、テストは今日で、いま口笛を吹きながら教室へと消えていった藤村が、この言葉に矛盾に気づくのは、おそらくすべて終わった後だろうからである。
「では、はじめ」
 カリカリと響くペンの音を聞きながら、俺はちらりと横を見てみる。
「うーん」
 そこには、唇を尖らせ、ペンの頭で自らの額をカリカリとかく恋の姿があった。
 そして、もうすこし首を振ると、恋とは対照的になやむことなくスラスラと問題を解いている黒須さんがいた。
「ん?」
「あ……」
 何のいたずらか、黒須さんと目が合う。視線の交差は数秒か、はたまた数十秒か、俺達はどちらとなく勢いよく視線をそらし、問題と向き合う。
 俺は、いっこうに頭に入ってこない問題を眺めながら、外の雪を眺めた。
 そういえば、もうすぐでクリスマスが来るわけだ。
「ふむ」
 クリスマス。と考えて、思いついたのは何故か黒須さんの笑顔だった。先ほど目が合った影響なのかは分からない。しかし、俺は漠然と自らの脳内カレンダーにクリスマスの予定の欄に、黒須さんと過ごせたらいいな。なんてことを書き加えておいた。
「四! 二!」
 近くで聞こえてきたカラカラという乾いた音と、むなしくなるような友人の声を聞いて、俺は妄想の世界から帰還する。
「よし」
 気合を入れなおして問題に取り掛かる。
 少し時間が過ぎてしまってはいるけれど、俺はここでくじけるわけには行かない。
 なぜなら、昨日夜遅くまで勉強を教えてもらったし、それに、今回の冬休みは予定が入ってしまったから。  

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