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第62話〜孤軍

 何故かその日も、黒須さんと恋と西条さん、三人の様子はおかしかった。
「おはよう、西条さん」
「おはよう、白金」
 西条さんは、黒須さんだけでなく、俺にもどこかよそよそしかった。
「おっす恋」
「おう」
 恋は、何故かいつもの覇気がなかった。
「おはようございます、白金君」
「お、おはよう」
 二人とは対照的に、黒須さんはいつもより元気だった。
 俺には、一体全体何が起こったのかまるでわからなかった。ただ、あの泊まった日に何かが
あったのは間違いないと踏んでいる。
 しかし、妹の花梨に聞いても、デリカシーだのプライバシーだの、横文字を使って俺を翻弄
しようとする。というか実際翻弄されているのだから仕方がない。
「おはよう。恋ちゃん」
「お、おはよう」
 こうしてみていると、恋も西条さんも、黒須さんに接したときだけ異様な母野を見せるのが
分かってきた。
 それは、もちろん泊まりの日に何かがあったのだから、あそこにいたメンバーの誰かが何か
をやったからに違いないというのは容易に見当がつく。
 誰が、というのはすでに発覚している。
 どう考えても黒須さんだ。しかし、問題は、なにをしたか、である。
「わからん」
 考えてみようとはしたが、俺の脳がはじき出した演算結果は、いつも不明という二文字だけ
を吐き出し続ける。
 だいたい、男の俺に女の都合なんて分かるもんじゃない。
 それに、わかっていたら、もっとうまく立ち回って、今頃は三人のうちの一人、もしくは三
人ともとよろしくやっているはずだ。
「なぁ、祐斗よ」
「金なら貸さんぞ」
「いや、違うんだけど。そう、俺そんな目で見られてたの」
「冗談だ」
 俺の一言で大ダメージを負ってしまった藤村は、悲しそうに俺の隣の席に着いた。
「あの三人、様子おかしいよな」
「そうだな」
 もはや、あの三人。といわれて、「どの三人だ」なんていわなくて住むほど俺の頭の中はあ
の三人の事でいっぱいらしい。
「具体的はどうおかしいと思う?」
「どこって、そりゃ、なんかおかしいだろ」
「そうか」
 なんとなく。という理由だけで、人をおかしいなどという藤村も、じゅうぶんおかしいとい
えばおかしいが、まわりのみんなはもっとおかしいようで、誰もあの三人の異変に気づかない
ようだ。
「黒須さん、おはよう」
「おはようございます」
 おい、その男子は誰だ。なんてことを思いながらもあまり顔見知りではないような生徒に、
あたかも友達だったかのように接される黒須さん。
 なにかを必至にがんばっているようだが、どうにも回りはその頑張りを無碍にしているよう
に思える。
 黒須さんが初めての挨拶をしたさきほどの生徒も、なぜかいつも挨拶をしているような親し
さで挨拶をしていた。
 まぁそんな些細なことはどうでもいい。
 今問題なのは、あの三人のギクシャクした関係の原因とその対処方法だ。
「なぁ藤村」
「ん?」
 いつの間にか自分の席に戻っていた藤村に、俺は手招きをした。
「ったく、これで手首の運動だ。とかいったら殴るぞ」
「手首の運ど」
「帰る」
「わるい、わるい」
「ったく」
 やれっていわれたようなものだろう。と内心毒づきながら、やってきた藤村に顔を寄せる。
「あの三人。おかしいってお前言ったよな」
「あ、あぁ」
 俺の気配に押されてか、藤村はすこしどもりながらに答えた。
「どうしたらいいと思う」
「何をだよ」
「あの三人をどうしたらいいと思う」
「あの三人を」
「そうだ」
 俺達は顔を寄せ合ったまま、悩み始めた。
「と、いうか時間が解決してくれるだろ」 
「そんな楽観的な」
「だって、本人達の事なんだから第三者の俺達にはどうにも出来ないさ」
 意外とクールな藤村にがっかりしながら、俺は一人で考え始めた。
 誰かにフォローを入れるべきか。いや、そもそも何のフォローをするか分からないのでこれ
は却下。
 では、いっそのこと原因を聞いてみるか。
 いや、これもあまりよろしくないだろう。
「起立」
 いつの間にか周りがたっていた。授業の時間らしい。
「礼」
 俺も急いで立ち上がり、適当に会釈しておく。
「着席」
 再び席に着いた俺は、急いで机の中から教科書とノートを引っ張り出した。
「では、今日は前回の続きの」
 目の前の黒板では、英語の先生が文字かミミズか分からないようなうねうねとした何かを書
き、日本語ではないどこか他の国の言葉を話していた。
 本来なら、俺もそれらを使えるようになって、この先に控えている受験という大きな戦いに
備えていかなければならないのだが、いまはそれよりあの三人の事が気になる。
「では白金、ここを訳してくれ」
「わかりません」
「少しは考えてだな」
「わかりません」
「では、他に分かるもの」
 どうしていいか分からないのだ。
 何も思い浮かばない。藤村の言ったように、時が解決してくれるのだろうが、俺達に残され
た時間は有限だ。
 だから、面白くない時間も長いより短い方がいいはずだ。
「では、次の授業までに、ここを予習しておくこと」
 先生の宿題の提示に、クラスは悲鳴を上げたが、俺はそれどころではなかった。
「白金くん、さっきの問題分からなかったの?」
「あ、え、うん」
「それって結構まずいよ」
 話しかけてきたのは黒須さんだった。珍しいこともあるものだ。
「あの、迷惑じゃなければ教えてあげようか?」
 教えてもらう?
 その一言で俺は思いついた。受験生である俺達が行ってもまったく不自然ではなく、かつさ
りげなく人数を集めることが出来る。
「うん。お願いするよ。今日の夜に家でどう?」
「え、白金君の家?」
「そう」
 何故か黒須さんは急にもじもじと考え始めてしまったが、俺にはもう計画が練れていた。
 もうすぐ行われるテストを餌に、三人を集め、そしてどうにかする。というかどうにかなっ
てもらう。
「どうかな」
「わ、わかったわ」
 決心したように、こぶしを握り、強くうなづいてくれた黒須さんにありがとうとお礼を言っ
てから、俺は恋の元へと急いだ。
「おい恋」
「なに」
「今日夜に家に来いよ」
「は?」
 いきなりの呼び出しに戸惑う恋だったが、俺はかまわず続けた。
「とりあえず伝えたからな」
「え、ちょっと」
 そして次は西条さんの元へと向かった。携帯を見れば、休み時間も残りそんなに多くはない
のですばやく動きたい。
「西条さんいる?」
 西条さんのクラスまで来た俺は、適当にと阿附金にいた女の子に声をかけて西条さんを呼び
出してもらった。
「どうしたの、白金君」
「もうすぐテストがあるからさ、家で勉強でもしない?」
「え?」
 俺の問いに、何故か西条さんは黒須さんと同じような反応を取った。
「だめ、かな」
 ここでひいては、計画が破綻してしまうと思い、俺はもう一押しする。
「わ、わかったわ。行くわ」
「わかった。じゃまたあとで」
 俺は、それだけ伝えると、教室へと戻った。
 背後からは、何故か黄色い声が聞こえていた。
 
 昼食時、なぜか今日は弁当を忘れていた。
 仕方がないので、久しぶりに購買へと向かうことにした。
「しかし、今の時間だと、もう遅いかな」
 まだ授業終了後五分だが、購買組にとっては激動の五分だ。
 おおかた、うちの小さい食堂には、もう人は座れないだろう。と、いうことは必然的に今日
の昼食はパンになる。
 俺は小さくため息をつきながら、食堂へと向かった。
 
「これください」
 案の定、人でいっぱいになっていたカレーのにおいがきつい食堂から、適当にパンを選んで
レジへと突き出した。
 代金を渡し、そのまま教室へと向かうことにする。
「いてっ」
「あにぃ、お弁当忘れていってたわよ」
 後ろからいきなりけられたかと思うと、目の前にいつも見慣れた弁当箱が突き出されていた

「普通に声かければいいだろ」
「うるさいわよ」
 俺はさっさと花梨から弁当を受け取り、再び教室へと向かった。
 
「おう、祐斗、遅かったな」 
 教室で俺を待っていたのは、藤村だけだった。
「何でお前なんだよ」
「つれない事いうなよ」
 俺達は男二人で机をつき合わせ、むなしく茶色の弁当箱をつついた。
「やっぱり、あの三人がいないと寂しいな」
「そうだろ」
 藤村の呟きを聞いて、俺はさらにやる気に満ち溢れていた。
「俺が何とかしてみせるよ」
「本当かよ」
「本当だとも」
 俺は、勢いよく自らの胸を叩き、藤村に誓った。
「がんばれよ。これは前祝だ」
「任せろ」
 そういって藤村は俺にパンをくれた。
「じゃ、成功を祈ってるぞ」
 そう言って藤村はどこかに行ってしまった。
「そういえば、このパンどうする」
 俺は、満腹の腹を抱えながら、行く先を失った二つのパンを見ながらつぶやいた。
 
 
 
「じゃあまた」
「じゃ」
 時は過ぎ、放課後が来た。
 今日はあの三人は居らず、そして藤村もいなかった。そして、花梨もいなかった。つまり、
俺は黒須さんの弟、大河君と二人きりだった。
 俺達も何故こうなったのかわからないが、なんとなく帰ろうと思ったら、偶然居合わせてし
まったのだ。
「どうしたの」
「な、なんでもないです」 
 帰宅途中、何度も俺の事をチラチラと意識している弟君が気になって聞いてみるが、当然の
ごとくなにもないといわれてしまう。
 その後、無言で歩いている間、ずっと弟君の視線を俺は感じていた。
 そんな時間が過ぎ、しばらくしたところで、誰かの腹の虫が鳴く声が聞こえた。
「あ」
 その場にいたのは俺と弟君。俺は空腹ではないので、必然的に犯人は弟君になる。
「そうだ」
 俺は、今日余った二つのパンの事を思い出し、かばんをあさった。
「大河君」
「はい?」
「ここにパンがあるんだけど、君おなかすいてるよね」
「すいてないとはいえませんね」
 ほしいとは言わないものの、弟君の視線はばっちりパンに釘付けだった。
「君のお姉さんに何があったかを教えてくれると俺はものすごく助かったりするんだけどな」
「お姉ちゃんの事……」
 姉、と聞いて弟君の動きが止まる。
「それなら遠慮しときます」
 そして、先ほどまで熱心に見ていたパンを無視して、すたすたと歩いていってしまった。
 何か触れてはいけないことだったのだろうか。
「あ、これおいしい」
 俺は、また考えながら、行きどころを失っていたパンをほおばった。

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