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第6話〜能力発動

 教室の扉がゆっくりと開き、転校生を待ちながらどんな娘かと心を躍らせたが、俺は入ってきた女性を見て驚愕する。
「ボールの子!」
 俺は椅子をなぎ倒して立ち上がり、その人物に指を刺した。
「なに?白金の知り合い?」
 如月先生は俺と彼女を交互に見てから、不思議そうに聞いてくる。
 俺と彼女が知り合いか?と聞かれれば、もちろん答えはNOだ。知り合いといえば知り合いになるだろうが、たかがメールアドレスを知っているだけ……。って、メールアドレスを知っているのはかなりの知り合いじゃないか。
「き、昨日ちょっと」
 俺は立ったままで素直に告白する。人間正直が一番だと思うんだ。うん。
「ではまず、自己紹介をしてもらいましょうか」
 如月先生は俺の返答を軽く流し、彼女に自己紹介をさせた。所詮、如月先生にとって俺の返答なんてどうでもよかったのだろう。
 俺が座る間にも、自己紹介をようにする言われた彼女は、静かに黒板に名前を書き上げていく。
――黒須 美穂
 その、俺の携帯に登録されている物と一字として違わない、彼女の外見と同じよう、控えめに小さく書かれた文字にクラス全員が注目し、次の黒須さんの言葉を待った。

「黒須美穂です」

 クラス全員が注目して待っていたというのに、黒須さんが言ったのは名前だけ。それ以上はなかった。これはきっと、世界に短い自己紹介大会、なんてものがあったら優勝できるに違いない。
 やはり、彼女は俺のイメージの通りにあまり話さない娘だったようだ。
「そ、それだけ?」
 流石に如月先生もこれはまずいと思ったのだろう。少し顔をこわばらせながら黒須さんにもう少し何かないのかと聞いている。
 すると、黒須さんはため息をつきながら語りだした。
「趣味は読書で、本なら何でも読みます。好きな食べ物はチョコ。主に甘いものが好きです。嫌いなことは運動で、特に陸上は最悪です。嫌いな食べ物はカボチャで――」
 先ほどまでまったく話さなかったのなど、嘘だったかのように今度はぺらぺらと話し始める黒須さん。それはまさに、マシンガンの二つ名を持つ俺の隣の友人のようだった。
 クラス全員が黒須さんの自己紹介にあっけをとられ、すこしが経った時、ホームルーム終了の鐘が鳴り響いた。
「く、黒須さんの自己紹介はこれくらいにして、あとはみんなとお話をして仲良くなってもらいたいと思います。席は知り合いらしい白金の隣ね」
 その鐘を合図にしたかのように、如月先生が俺を指差してとんでもないことを言う。
「俺の席は?」
 黒須さんの席になった席の持ち主。つまりは、俺の隣人は突然自分の席を略奪されたことに対して当然のように抗議をする。
 こちらとしては、どちらがいても厄介なのは変わらないので、どちらでもいいような気がする。
「藤村、その間ひとつずつ後ろにずれてなさい」
 そう言いながら、如月先生は俺の友人の名を告げ、命令に近い指示を出してから逃げるように教室を去っていく。おそらく、次の授業のことを忘れていたのだろう。
 藤村と呼ばれた俺の隣人は、ブツブツと何かをつぶやいていたが、俺が後ろはちょうど先生の死角。といってやると、うれしそうに机の中身を引越しさせ始めた。すまない藤村、そこは先生から一番見えやすいところだ。許せ。
 如月先生が去った後、転校生の黒須さんの周りには、当然のように人だかりが出来ていた。
 どこから来たの?とか、前の学校はどうだった?とか、よくもまぁそんないろいろな質問が出てくるものだと感心するくらいに皆、思い思いの質問をする。
 しかし、少し経ってから、この状況はいくらなんでも少し異常ではないのだろうかと思い始めた。
 確かに、転校生、しかもそこそこの美人なら男は食いつくだろう。しかし、女子があんなにわらわらと集まっている訳は何だ?グループ間の派閥争いが過激化し、人数の取り合いでやっけになっている訳でもないのになぜ、あんな我先に我先にと話しかけるんだ?
 それに、あんなに集まられると流石に迷惑だろうし、あんなに無口だった娘だ、つらい思いをしていそうだ。
「黒須さんの手ってきれいだよね」
 そんな時、一人の女子生徒が黒須さんの手に自分の手を近づけた。

「よらないでっ!」

 女子生徒の手が黒須さんの手に触れたその瞬間、耳が痛くなるような大声を出しながら黒須さんがその女子生徒を突き飛ばした。
 沈黙。
 それは痛々しい沈黙だった。突き飛ばされた女子生徒は、敵意たっぷりの視線で黒須さんをにらみつけ、先ほどまでは暖かかったクラスの視線も、冷え切ってしまっていた。
 しかし、その沈黙もすぐ壊されてしまった。沈黙を破った原因、それは窓ガラスの割れる大きな音だった。
 巨大な音と共に、教室の窓ガラスの一枚が砕け散り、ガラス際の席に大量に降り注いだ。続いて窓ガラスを砕いた元凶は、つい先ほどまで女子生徒がいた場所を勢いよく通り過ぎた。
 まさに間一髪。もし、黒須さんがあの女子生徒を突き飛ばしていなければ、今頃女子生徒は手首の捻挫程度の怪我ではすまなかっただろうし、窓際の生徒達もこの騒動で教室の中央に来ていなければ、降り注ぐガラスの雨を浴びることになっていただろう。

「く、黒須さんが俺たちを助けてくれた」
 少しの静寂の後、藤村が半信半疑ながらつぶやいた。確かに、ただの偶然ではあったが結果的に黒須さんはクラスの過半数の人間を一気に救ったのだ。
 藤村の小さな呟きはすぐにクラス中に伝わり、もはや黒須さんが英雄だといわんばかりの空気が出来ていた。
 気づけば、先ほどまで敵意をむき出しにして黒須さんをにらんでいた女子生徒も、泣きながら黒須さんに抱きついてありがとうと何度も言っていた。 
「今の音は何!」
 先ほどの大きな音に気づいたのだろう。如月先生が血相を変えて教室に飛び込んできた。
「野球ボールが窓ガラスを破って教室に入ってきましたが、黒須さんのおかげで誰もけが人はいません」
 流石は藤村。朝、俺に情報を的確に伝えていたように、先ほどあったことを先生に的確に伝える。まあ、黒須さんが、からのくだりは必要なのかわからないが。
 藤村からの説明を受け如月た先生は、てきぱきとガラスを片付ける指示をクラスメイトに出し、このままだと寒いだろうからと、ほかの教室での授業を許可してくれた。

「黒須様様だな」
 暖房の効いた部屋で、当然のように俺の隣に陣取った藤村がつぶやく。確かに、今が四月だといっても少々肌寒いのでこの暖かさはありがたい。
 しかし、先ほどのボール。いくらなんでも都合がよすぎやしないか?結局、あのボールはどこからやって来たのかもわからないとの事だし、胡散臭いにおいがぷんぷんする。
「決めたぜ、俺が黒須さんのファン一号になろう」
 思考にふけっている俺の隣で、藤村はもっと深い思考にふけっていたようで、いきなり立ち上がってそう宣言する。
「じゃあ僕は二号!」
「じゃあ俺は三号!」
 そんないきなりの宣言にも、クラスの人間が男女を問わずに次々と名乗りを上げていく。異様だ。それにしても、本人の前だというのによくやる。
 こうして、藤村を中心にして今まさに、黒須さんファンクラブが出来た。

「ちょっと白金、来なさいよ」
 そんなファンクラブ設立の歴史的瞬間を傍観者として見ていた俺の手は、何者かによって俺の意思とは関係ない方向に持っていかれ、そのまま、今ではファンクラブが作られるほどのクラスの有名人になってしまった黒須さんの元まで連れて行かれてしまった。
「俺の名前は藤村亮(ふじむら りょう)よろしく」
「私は後藤恋(ごとう れん)よろしく」
 俺を連れ出した男女のペアは、黒須さんに片手を出していきなり自己紹介を始める。
 男の名は藤村。朝から俺に情報をくれたり、うるさく騒いでいる俺の友人だ。藤村には、二枚目という表現よりは三枚目という表現がふさわしいだろう。藤村は情報収集能力に長け、なかなか人をまとめる能力に長けていて、結構クラスに必要な人間だったりする。
 女も俺の友人で恋と言う。竹を割ったような性格の人間で、外見的特長で言えば背はすらりと高く、髪はショートカットにまとめられており、肉付きもきちんとしており、いかにもスポーツが出来ます。と、いったような雰囲気だ。というか実際にスポーツは出来る。
 そして極み付けはAだ。それはもちろん、藤村のランクではなく胸の話だが。
 そんな色の濃い二人がいきなり話しかけてきたのだから、黒須さんもおどろいてはいたが、すぐにあきらめたようにため息を一つついてから、二人の差し出した手を順番に握った。
「白金、あんたも自己紹介なさいよ」
 愛にせかされ、俺はなぜか二度目の自己紹介をする。もちろん黒須さんの顔は引きつった笑顔を浮かべていた。
 しかし、何はともあれ、俺の友人二人と黒須さんがお近づきになれたのだから、ここはよしとしよう。二人が黒須さんと仲良くなったところで、俺に何のメリットもないはずなのだが、俺は能天気に笑う二人の顔を見てそう思った。

「また、なの……」

 一瞬、消え入りそうな黒須さんのつぶやきが聞こえたような気がしたようだったが、おそらくは気のせいだろう。
 
 それからは授業も何の問題もなく滞りなく進み、休み時間もファンクラブの活動以外目立った行動もないまま時が過ぎ、今では時計の針はもう下校の時間帯を示していた。
 運動部にも、文化部の属していなかった俺は、空の弁当箱が入った鞄を担ぎ下駄箱に向かった。

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