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第59話〜破壊

「ついてないわ」
 そういって、両手で頬を挟むような体勢でため息をついたのは、持ってきていた淡い赤色のパジャマに着替えた赤さんだ。
「でも、普通はこうなるわよね」
 赤さんと同様、重いため息をついたのは、黒ジャージに着替えた恋ちゃんだった。
 先ほどまではスカートをはいて女の子らしかったというのに、こうしてみるとやっぱり男前だ。と、いうか中性的な顔つきをしているのも、そう見える原因かもしれない。
「でも、制服はスカートよね……」
「なにが?」
 落ち込んでい二人とはまったく違った私のつぶやきに、うつろな視線を投げかけたのは赤さんだった。
「いえ、恋ちゃんって普段着がズボンなだけで、普段は制服でスカート着てるなぁと思って」
「そういえば、そうだったわね」
「あー」
 きちんと反応はしてくれるものの、やはり二人はどことなく暗い。
「動く気にならないわー」
「おなじくー」
 そう言って、だらしなく机に伸びた二人は、本当にそのまま動かなくなる。
「じゃあ……私も」
 自分のせいでこうなったことは分かっているのだが、やはりやるせないので、私も二人に習ってだらしなく机につっぷした。
「気持ちいい」
 ひんやりと冷えた机が頬に当たる。私たち三人は、何をするわけでも、何を話すわけでもなく、ただ無言のまま一つの机にだらしなく伸びたまま、その感覚をなんとなく感じていた。
「お待たせしま……何してるんですか」
「あー花梨ちゃん」
 ほんのりと頬を桃色に染めた、お風呂上りの花梨ちゃんの反応はいたって普通だっただろう。
 なにせ、お風呂から上がって上機嫌だというのに、部屋に戻ってみれば兄の友達がなぜか自分の部屋の机で固まって伸びているのだ、当然、何をしているのかと問いたくなる。
「動きたくないよお」
「れ、恋ちゃん、そういうのは動いてからにしようよ」
 伸びていた私達も、花梨ちゃんが寝るために布団を敷くから手伝ってほしいといわれ、ようやく重い腰を上げ、今は布団を敷くためのスペースを確保している。
「花梨、布団の追加もって来たぞ」
 コンコンとドアがニ三度ノックされたと思えば、ついで布団のお化けが部屋へと侵入してきた。
「ちょ、ちょっとあにぃ勝手に入ってこないでよ」
「そうは言ってもだな」
「いいから出て行って」
 布団を抱えたままぐいぐいと扉の方に押されていっていたのは、布団お化けではなく、単に前が見えなくなるほどの布団を抱えた彼だった。
「まったく、相変わらずデリカシーがないんだから」
 やれやれとため息をつきながら語る花梨ちゃん。
「花梨、布団はどこに」
「そこにおいといて!」
 彼の声とともに少し開いた扉を勢いよく蹴り、扉の向こうにいる彼に怒鳴りつけた花梨ちゃんは、私達の方をいちべつし、情けなさそうに微笑んだ。
「俺が何したってんだよ……」
 扉の向こうでは、寂しそうな彼の声が、小さく響いて消えていった。
「本当、あんなだからいまだに彼女できないのよ」
 花梨ちゃんは、ため息をつきながら私達に語りかけるが、私達はどうも複雑な心境だ。
 彼女がいないのは大いに結構なのだが、妹にあれ呼ばわりされている人がすきなんだと思うとどうも素直に花梨ちゃんに笑い返せない。
「あれだときっとあにぃを好いてくる人なんて、よっぽど馬鹿か、よっぽど変わり者しかいないでしょうね」
「そ、そうね」
 何とかそう返した赤さんだったが、うまく笑えていない。おそらく、私と恋ちゃんも笑顔が引きつっているに違いない。
「どうしたんですか?」
 おかしな笑顔を浮かべる私たち三人を見て、花梨ちゃんの表情は曇ってしまう。 
 私達はただ、なんでもないと、崩れた笑顔のまま答えることが出来なかった。
 
 彼が部屋の前においていた布団を部屋に運び込んだ私達は、適当に場所を決め、そして真っ暗なら天井を眺めていた。
「一度に三人が泊まりに来るなんて、思っても見なかったです」
「いきなり押しかけてごめんね、花梨ちゃん」
「いいえ、いいんです。楽しいから」
 布団の数上、一人だけベットに寝ていた花梨ちゃんは、私たち三人の方を向いて、うれしそうに言った。
 私も、花梨ちゃんに返してみたものの、自分は楽しかったのかとふと考えてみた。
 初めての異性の家に泊まると言うことにドキドキし、アップルパイを食べて、寝る場所をもめながら三人で決めた。楽しいといえば楽しいのだろう。
 しかし、私たち三人のが素直にそういった一連の事を喜べないのは、せっかく泊まりに来ているというのに、彼に対して何のアプローチが出来ていない。という事実がのしかかっているのに他ならない。
「ねぇ、黒須お姉ちゃん?」
「どうしたの?」
「そっちにいってもいいかな」
 ベッドから顔だけ出していた花梨ちゃんは遠慮がちに私に聞いた。
 布団はベッドをあわせてちょうど四組。しかし、私は笑顔で花梨ちゃんにうなずいた。
「えへへへ」
 自分の枕を持って、私と恋ちゃんの間にもぐりこんだ花梨ちゃんは、少し恥ずかしそうに笑った。
「たのしそうね」
 花梨ちゃんの楽しそうな笑い声とは対照的に、つまらなさそうな声が、ちょうど恋ちゃんの背中の方から聞こえてきた。
「ほうほう」
「な、なによ」
 恋ちゃんは赤さんのほうを向き、なにやら納得したようにうなづいた。
「やきもちを焼かなくてもいいじゃなーい」
「ちょっと、やめなさいよ」
 恋ちゃんは、叫んでから強引に赤さんに抱きついていた。赤さんは当然嫌がっていたが、本気で嫌がっているようには、私には見えなかった。
 
「あたたかい」
「ちょっと、引っ付きすぎよ恋」
「いいじゃない」
 結局、私達四人は二組の布団に小さく固まり、体を寄せあった。
「布団が四組あるのに、私達は何をしているのかしらね」
 私の反対側にいた赤さんがふと、ポツリともらした。
「たまにはこういうこともいいじゃない」
「それもそうね」
 そしてまた部屋は沈黙が支配した。
「あーだめ、耐えらんない」
 心地よい沈黙を破ったのは恋ちゃんだった。
「せっかく四人も美女が集まってるんだから、真っ暗な天井を見上げている以外にもやることはあるでしょ」
 いきなり立ち上がり、何のためらいもなく、四人の美女といえるところが恋ちゃんのすごいところだと私は思う。
「じゃあ具体的に何をするのかしら、麗しの君」
「そ、そうね……」
 赤さんの皮肉にも動じた様子もなく、恋ちゃんは考え込んでしまう。
「女の子が集まって話すことといえば、やっぱりあれしかないでしょう」
「あれ?」
 私の横の花梨ちゃんは、私の言葉に、信じられないといったそぶりを見せる。
「あれといったらあれですよ。れ、ん、あ、い、です」
「あー」
「反応薄いですね」
 それもそのはずだ。ここにいる四人中三人が、同じ相手を好いているのだ。それもすぐ隣の部屋で寝ているだろう人をだ。いまさら何を話せというのだ。
「黒須お姉ちゃんは?」
「えと……」
「じゃあ恋ちゃんは?」
「あー私? 私は……」
「じゃ、じゃあ、えと」
「赤でいいわ」
「じゃあ、赤さんは?」
 三人の答えは沈黙。
 そんな私達を見て、花梨ちゃんはつまらなさそうに唇を尖らせる。
「私はあにぃが好きよ」
「は?」
「え?」
 花梨ちゃんの衝撃の告白に、一同は思わず声を上げてしまう。
「あー、いたたた。かわいそうな人が三人も……」
 花梨ちゃんは、私達の三人の反応を見て気づいたようで、哀れそうに私達を見た。
「なんで、あれなのかねぇ」
 そういいながら隣の部屋を残念そうに指差した花梨ちゃんだったが、私達三人は口を開くことはなかった。
「いきなり女の人が泊まりに来るなんていうから、まさかとは思ってたけど、そのまさかなわけね」
「そ、それで、花梨ちゃんが白金を好きだって言うのは……」
「もちろん好きよ」
 やっと口を開いた恋ちゃんが、おずおずと花梨ちゃんに気になる真相を聞いてみるが、冗談ではなかったらしい。
 兄と妹。結婚とかそこら辺の難しいステップはどうなんだろうか。とかライバルが増えた。なんてことをぼんやりと考えてみる。
 これでまた、私の勝率はぐっと下がったわけだ。
「もちろん、兄としてだけど」
 私達を見回すようにして笑いかけ、舌をちょろっとだした花梨ちゃんは、そう言っておどけて見せた。
「な、なんだ」
「わ、わかってたわいよ、そんなこと。ちょっと冗談に付き合ってあげただけなんだから」
 そういいつつも恋ちゃんも、ほっとしたようにため息をついて、その場に座り込んだ。
「しかし、あれのどこが……」
「まぁ、色々あるのよ」
「そうそう、恋の言うとおり、色々あるのよ。色々」
 そういえば私も、何故好きなのかは知らないが、相手が聞いてこない限り私が聞くことはないだろう。
 だいたい、何故好きなのかはさして重要なことではない。
 たとえ、それが一目ぼれであっても、命を助けてもらったからという理由であっても、好きだという気持ちに偽りはないのだ。
「色……色」
「そ、色々」
 納得しきっていない花梨ちゃんだったが、三人の無言の圧力によってしぶしぶと聞くのをやめてくれた。
「まぁ、三人のうちの誰かが家のをしっかり見ててやってくださいね」
 また、布団にもぐりこんだ四人はその言葉を最後に静かになる。
 私はというと、こんなに四人で近くにいるというのに、やっぱり少しだけ孤独感を味わっていた。
「どうしたの、お姉ちゃん」
「なんでもないわ」
 ためしに花梨ちゃんを抱きしめてみるが、感じる距離感は一向に近づかず、むしろすこし離れていってしまったような気がした。
 
「ねぇ、三人はネームレスって知ってる?」
 沈黙を破り、私は決心した。
「知ってるわよ」
「なんとなく」
「うん」
 三人の反応はまちまち。
「確か、精神病の一種で、危険な順にランク訳されてるのよね」
「そうそう、発病したら大抵の場合は自殺しちゃうか犯罪に走るらしいよ」
 やはり、世間の反応はそんなものだ。
 実際問題、軽度のネームレス、それも最低ランクのゴフォンならそれこそ五万と実在する。
 だが、それが世間に露出しないのも、一部のメディアによって植えつけられたネームレス=凶悪犯罪者という図式が定着してしまっていることが問題なのだ。
「ネームレスです」
 そういうだけで今まで築いてきた関係は一瞬にして崩壊させることが出来る。
 しかし、それを隠すためには嘘が必要だった。嘘は更なる嘘を呼び、そしてこの距離感を生み出した。
 ここにいる三人は私の大切な友達だ。三人は私に優しく接してくれる。それだというのに私といったらどうだ。嘘をつき、偽り、だましている。これでは三人がピエロだ。
「聞いてほしいことがあるの」
 もし、話してこの関係が壊れてしまったらどうしよう。そう思うと口がからからと渇いた。
 いままで、多くの友達を失ってきたが、これほどまでに失うのが怖くなったことはなかった。そして私は、そこまで依存してしまっているのだと気づいた。
 おそらく、この関係が壊れてしまえば、私も壊れてしまうだろう。
 しかし、私は言わなくてはいけないのだ。
 たとえ私という個が壊れようとも、これ以上友達にうそはつけない。
「私、ネームレスなの」
 私の語った真実は、何の返答もされることなく、ただ闇を彷徨って消えた。
 
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