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第53話〜アングラ

「さてと」
 下の階から聞こえてくる喧騒にはもはや何を言っても無駄だというのは分かったし、今はおとなしく部屋で時を待つしかないのだろうと悟り、俺は玄関に放置されたままだった、ただいまキッチンで戦闘中の兵隊さんの鞄を何も言わずに部屋へと運び込んで一息つく。
 気になったことがあってふと鞄を下ろしてから立ち止まり、そのままあごに手を当てて考え込む。
 だめだ、何度思い浮かべたってあの三人がまともに料理ができるとは思えない。母さんが付いているので最低でも死なない程度の料理ができてくれるのだろうが、それでもできれば怖いものは避けて通りたい。
 今すぐにでもこの部屋から飛び出して逃げ出したい。しかし、今俺がそれを実行しないのは恐らく、いや確実にそんな料理よりもあの三人のほうが恐怖だからに違いない。
 もし俺がここから逃げ出した場合どうなるか。考えただけでもぞっとしてしまう。考えたついでに、あの文化祭での殺人現場と、偽警官に襲われたときのことまで思い出してしまう。そこまで俺はあの三人に恐怖を感じてしまっているのだろうか。
「どうした祐斗。突っ立てないで座ったらどうだ」
 考え込み始めたときから一歩も動かず、小刻みに震えていた俺に聞きなれた声が聞こえる。こいつからは恐怖は感じない。安らぎを与えてくれる人物だ。だがしかし、恐怖を与えない限りに怒りを与えてくれるのは少し考え物だろう。
 なぜ、こいつは自分の家以上に自分の家にいるように振舞えるのだろうか。確かに、昔から俺の部屋に何度も来たことがある藤村だ。少しくらいくつろぐのは分かる。だが今の状況はどうだろうか。
 堂々とベットに横たわり、当たり前のように俺の漫画を読んでいる。普段ならば小言の一言でも言うのだが、今日はそれ以外にも気になることができた。
「ネームレス……ね」
 部屋にあるPCに電源をいれ、そのまま椅子に腰をかける。ギシリと椅子がきしんだが、別に俺が太っているわけでもなく、そしてこの椅子がぼろいわけでも無いから気にしない。そうだ、俺は太ってなどいないのだ。
「ネームレスっと」
 立ち上がったPCで早速つぶやいたその言葉を検索にかける。
 検索開始から一秒、二秒、三秒、表示。
「ま、予想はしてたけど」
 ディスプレイに表示された検索結果に頭をかく。なにせ検索結果が五百万件だなんて全部見て回る気になれない。
 その中でも一番上位に来た検索結果をクリックしてみる。
 開かれたのは堅苦しい長々とした文面。画面をスクロールさせていくと、最後には国のマークまで入っている。要するにここは国営のページというわけだろう。どうりで文章が堅苦しいと思った。かじりかじりよんで見るが、やっぱり難しい。何故こうもこういって文章は普通に言えばいいような簡単なことをわざわざ分かりづらいようにこじれさせるのだろうか。
 無理だと思った俺はすぐに元の検索結果の一覧まで画面を戻す。今度は目をつぶって適当にクリックをしてみる。
 開かれたのは真っ白なページ背景のいたってシンプルなサイトだった。ここに書いてあったことも差して前のページと変わらないようで、単に内容が簡略化されているというだけのようだ。まだ二件しか調べていないはずだったのだが、俺はもうあきてしまっていた。もしかしたら検索ワードが悪かったのかもしれないともう一度検索ワードを考え直す。
「特別環境……なんだっけな、あのネームレスの」
 あの銀狼が所属しているといった組織の名前。アレが分かればもしかしたら何か進展するかもしれない。そうおもったのだが、俺の記憶力では思い出すのは不可能のようだった。
「特種環境管理機関だよ馬鹿」
 不可能だと思ってブラウザを閉じようと思ったそのとき、藤村が読んでいた漫画を放り出して俺に詰め寄った。何もそんなに必死にならなくてもいいだろうに。と、言うか人の家の本を乱暴に扱わないでほしい。
「特関がどうかしたのか?」
 目を輝かせるようにして俺に詰め寄っていた藤村だったが、俺が「さっさと離れろ」というとあっさりと離れてくれる。藤村にしては珍しい。というか今までそんなことは一度も無かった。
「特関とネームレスね」
 藤村曰く、どうやら彼は偽警官の一件から、そこら辺のオカルトチックな物にどっぷりとはまってしまったらしい。聞いてもいないというのに藤村は、楽しそうにネームレスの概要や特関についての情報をぺらぺらと話してくれる。
 聞いていないのに色々な情報を与えてくれるのは嬉しいのだが、少々目障り、というか耳障りだ。要するに鬱陶しい。
 藤村が話しているこの情報も、恐らくはどこかで調べた情報なのだろう。以下に時間を書けたのかは知らないが、この情報に信憑性はもてない。たしかにほんとうだとおもうようなこともあれば、実は新種の宇宙人だとか言い出したりすあたり、情報の精度をやはり見直さなくてはいけないように思える。
 俺は一人、藤村の話を聞きながら再び検索を開始する。今度のキーワードは「ネームレス 特種環境管理機関」だ。
 今度は驚くほど検索結果は素早く表示された。何せこの二つを絡めるなんていうのはあまりありえない組み合わせらしく、出てきたページも「特殊能力研究会」だとか「パワーオブゴッド」なんて胡散臭い名前のサイトばかりだ。
 試しに「特別能力警察」というサイトを開いてみると、案の定管理人の妄想と、それに乗っかっている信者のコミュニティなどであった。
 普通の人ならばそういう感想で終われていただろう。だがしかし、ネームレス関連に事件に二件も出会った俺はこのページがただの妄想の産物だとは考えられなかった。
 TAKERやGIVERなんて分類は藤村が言っていたような気がする。それはいいのだ。しかし、この特別能力警察。妄想にしてはリアリティがある。今までに起きた犯罪の数件も上げられており、犯人の顔写真とその能力までもが掲載されている。
「これはネーミングセンス無さ過ぎるだろう」
 苦笑いしながらも見つめるその先には、あの偽警官の写真があった。別に顔を見たというわけではないのだが、行った犯行が大きく隣に書いてあったのですぐにこいつがあの偽警官なのだと把握できた。
「内臓ホイホイ?」
 先程まで熱く語っていた藤村も、俺の見つけたいかがわしいサイトを見て表情を曇らす。いくらなんでもこのネーミングセンスは無い。だが、このサイトのすごいところはきちんとその能力の効果までが書いてあることや、分かる範囲内でのネームレスの今を知ることができるのだ。
 ちなみにこの偽警官は処理済と言うマークが押されている。つまりはそういうことなのだろう。
「どうやって見つけたんだよこれ」
 きらきらと目を輝かせながらページのURLをメモしていく藤村。よほどこのサイトが気に入ったのだろう。かく言う俺も、このサイトは役に立つだろうと思ってブックマークに早速登録をしておく。
「さて」
 俺が知りたかったのはこういったことじゃない。死者をよみがえらせるネームレスなどありえるのか。それが知りたかったのだ。
 ページ内で能力別に表示さている項目へと飛ぶ。膨大な文章量を流し呼んでいくが、近しい能力はあるが死者をよみがえらすことの出きるネームレスは存在していない。大抵は死者を操るであったり、ゾンビにするであったりと使役するための能力が大半だった。
 しかし、これだけの能力があるのだ。もしかしたら、書きもれているのかもしれない。そう思ってもう一度読み直してみるのだが、やはり発見できない。
 試しに、ページに設置された掲示板で話を聞いてみることにする。
「死者をよみがえらすことが出きるネームレスは存在するか」
 声に出して内容を確認する。簡潔すぎるような気もするが、こういったサイトで変異飾り立てる必要性も無いだろう。と、書き込むというボタンをクリックする。待つこと数秒、早速書き込みに対して反応が返ってくる。
「なになに、そのようなネームレスがいたら特関にすぐに確保されてしまいます。いたとしても見ることはできないと思います。残念ですがご家族のほうはあきらめたほうがよいと思います」
 読み上げた藤村と顔を合わせて苦笑いをする。
 物の数秒で反応をしたこの書き込み者は、何を勘違いしたのか俺がその死者をよみがえらせるネームレスで何かをしようとしているのだと勘違いしているようだ。しかもこの人の中では俺は家族を殺された、もしくはしなれたかわいそうな人らしい。
 しかし、この反応速度は何だ。この書き込みをしている人間はニートなのだろうか?それともそういうネームレスなのだろうか。謎だ。
 
「おっ」
 ごろごろとマウスを転がし、適当にサイトを見回っていると、今度はあの銀朗について書かれている記事を発見する。
 特種環境管理機関第三処理班所属銀子それが彼女。あの銀狼の正体だった。読み上げて行く限り、目撃率は高く、その能力も体を変化させて人外の能力を得るという簡単な物だった。それだというのにきちんと仕事をこなしているあたり、きっと彼女はすごいのだろう。
 しかし、あれは女性だったのか。銀子と名づけられたその銀狼は、特に防護服を身に纏っていなかったところを見れば、もしかしたら常に全裸の状態で戦っていたのかもしれない。そう思うと少し夢が広がった。
 何はともあれ、このサイトで確認できたのは二つ。黒須さんがネームレスとなんらかの関係があるということ。そして二つ目は黒須さんのような死者をよみがえらせるなんて能力は存在しないということだ。この二つから考えるに、黒須さんは黒でも白でも無い。ちょうどグレーという判断になった。
 能力がありえないというだけで白とは言いがたい。かといってネームレスが知り合いにいたからといって黒とも言いがたい。黒須さんは、今までと同じように謎が多い。今回はその謎が一つ増えただけなのだ。
 人生は知らなくても生きていけることが有る。知って後悔することも有る。だがしかし、俺はこの真意について、いずれ知るような気がしたのだった。
 
「さぁ、ごはんできたよ」
 ノックもなしに開かれた扉に動揺し、とっさに開いていたページを閉じてしまう。
「そんなに慌てて二人でなのを見てたのよ」
 ずいずいと詰め寄る恋に苦笑いで返しながら、俺はちらりと黒須さんを見た。
 彼女は本当にネームレスなのか。そういう感じでただなんとなく眺めたつもりだった。それだというのに俺達はばっちりと目が合ってしまい、なんだか気まずくなる。
「どうせいかがわしいものでも見てたんでしょう」
 あきれるようにして長い赤髪をかきあげる西条さん。
 確かに見る人から見れば怪しいサイトであることに違いは無いが、そこまあで軽蔑されるような内容ではないはずだ。
「さぁ、行くわよ」
 見詰め合っていた俺達の間に入り込み、恋が俺と藤村の手を取った。空いた逆の手はがっちりと西条さんにホールドされ、俺は逃げられなくなってしまう。
 仕方が無い。今はこのことを保留にして、目の前の問題に立ち向かうことにしよう。
 俺はやたらと押し付けられる胸の感触に戸惑いながらも生死をかけた晩餐に挑むために歩を進めた。

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