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第49話〜死体量産

 これだけ大規模の事件がおきているのだ、警察が到着していてもいいはずだというのにその姿まったくみえず、そこにあったのは静寂だった。
 
――ごりごりごりごりごりごり
 
 そんな赤と静寂に染まった学校で、彼の持つ鉄バットがただひたすらに不気味な音を立て削れていくのだけが響いていた。
「や、やめよう」
 狂ったように歩を進める彼を早足で追いかけながら、何とか思い止めるように説得を試みるが、帰ってくるのは床をこするバットの音のみだった。確かに、知り合いが目の前であんな姿にされているのを見たら誰でも憤りを覚えるだろう。復讐してやろうという気持ちもよく分かる。
 だがしかし、相手が悪い。敵わないとわかっている相手でも望んでいくことは勇気で勇敢でもなく、ただ単に無謀だということもあるのだ。今回はその無謀というものである。
 私だって出来ることならあの見知らぬ男をどうにかしてやりたいとは思う。だが相手がどういった方法で人をあやめたのか、そしてどうやって教室を切り裂いたのか分からない以上挑戦を挑むのは自殺行為だ。
 
――ごりごりごりごりごりごり
 
 見えない武器、見えない攻撃。そして、あの男がが今回起こった一連の殺人事件の犯人だとしたら、何故私のことを知っているのか。本当に分からない事だらけだ。
 私に関することはよしとしよう。別にそれが分からないからといって彼が死ぬわけではない。
 だがしかし、あの男の攻撃方法については無視できない。何も無いところからいきなり何かを出すなんていうのは、魔法使いかマジシャンでなければ不可能なことだろう。あの男がマジシャンであるという事はまず無いだろう。いくらマジシャンといえどあんな風圧を起こすような武器を出したり引っ込めたりするのは面倒だろう。私なら持ち込むまでなら隠すかもしれないが、持ち込んだ後は隠さないだろう。第一、マジシャンだとしても物の質量そのものを消すなんて事はできないはずだ。だからきっと隠していたら何かしらおかしな点があるはずだ。しかし、あの男に特に隠していた様子もなかったし、動きにおかしなところは無かったはずだ。
 
――ごりごりごりごりごりごり
 
 ならばあの男は魔法使いなのか?それこそありえない話だ。この世の中にありえなんてことはありえないのだが、それでもそのいるかわからないかという確率の低いものがここにきていて、さらに私を狙っているとは到底考えにくい。ならばいったい何なのか。
「人殺しめ、許さない」
 もはや呪詛のように先程からずっとつぶやいていた彼のその言葉を聞いて思い出した。そうだった。このネームレスという人殺しの能力があった。これならばすべて合点がいく。あの男の武器はネームレスによってもたらされている何らかの能力で、おそらくは物を見えなくする能力か、そこらのものを刃物に変える能力のどちらかなのだろう。私を狙っている理由というのも恐らくは、能力を得た理由が私がらみという事で丁度いい能力だから復讐をしようというくらいだろう。
 
――ごりごりごりごりごりごり
 
 この異常な殺戮も、俗に言う能力に呑まれたという奴だろう。この能力を手に入れる者は
大抵は日頃から社会から虐げられたりしたりと下の地位の人間が多い。そんな人間がいきなり今までのパワーバランスを崩すような強大な力を得たらどうなるか。そんなこと火を見るより明らかだろう。
 だから、国が特種環境管理機関なんて秘密組織を作って危険分子である私達ネームレスを管理している。もっとも、その特種環境管理機関も表向きには環境保護を目的として活動している機関という事になっているのでこのことを知っている人間は少ない。私達の事を捕まえて環境汚染だなんていうんだから笑いしか出てこない。それにしても、私達を管理しているというくせに、何故こういう時にきちんと出てきて彼等の言うところの処理をしてくれないのだろうか。
 
――ごりごりごりごりごり
 
 ふと廊下から下を見下ろしてみるが、グラウンドも見事にところどころ赤に染まっておりもともとそういう模様なのではないかと思うほど鮮やかだ。警察はやっぱり見えないし、野次馬の姿も見えない。警察はいったい何をしているのだろう。交通規制だけをしているのだろうか?私達はそんなものは求めていない。ただいまは助けてほしいのだ。私はそんな光景を見て、国というのは本当に役に立たないし、あてにならないものだと今改めて痛感した。
 
――ごりごり
 
「みーつけた」
 バットが床を削る不快な音が止まったかと思ったそのとき、もっと不快な音が耳に入る。言葉を発したのは彼ではなかった。私が彼の声を不快だと思うはずが無い。もちろん他の要因である。
 声のほうに目を向けると男が子たらを嬉しそうに見ているところだった。不気味に私のほうを見つめてにやける男とは対照的に、彼は氷のように表情を凍らしていた。それは、内なる炎を秘めた表情というよりは絶望に等しかった。彼の視線の先、それを私が見た時、私も絶望に染まった。
「れ……ん」
 彼の言葉と同時に、バットが床を叩いた。暴走していたはずの彼はもはや、戦意を喪失して崩れるようにしてその場にひざを付いた。
「畜生……畜生……」
 まだ真新しい血溜りをばしゃばしゃと飛沫を立てるようにして殴る彼。その隣で私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。いまだこちらを見つめる男の足元には、制服をぼろぼろに切り刻まれた見覚えのある人が倒れていたのだ。あの勝気の強い恋さんの事だ、男に戦いでも挑んだんだろう。全く最後まで馬鹿としか言いようが無い人だ。
 やっとできたと思った友人が死んだ。私が大切にしていた友達とはもう会うことができない。そう思うと何もやる気にならないのだ。空っぽの器だった私に感情という蜜を注ぎ込んでくれていた友人が居なくなってしまった。私はまた空の器に逆戻りだ。
 一度はこんなもの経験した。感情なんて無くてもうまくできた。だがしかし、今回の蜜は甘かった。甘すぎたのだ。もはや私はあの二人なしでは生きていけないのだ。いつか分かれることになるというのは分かっていたが、こういう分かれ方は違う。納得いかない。
 へらへらと私を見つめたままの前に増して真っ赤な男を見ていると、恐怖というよりも怒りしかわいてこない。
「く、黒須さん」
「うわぁぁああぁ」
 驚く彼を尻目に、私は怒りに身を任せて走っていた。その手にはあれほど役に立たないと思っていた彼が引きずっていた鉄バットを抱えてだ。
「おっと」
 そのまま走りこんで薙いだ私の渾身の一撃も軽々と男に避けられてしまう。それはそうだろう。こちらは万年引きこもりの筋金入りの運動音痴だ、私と同じくらいの運動音痴くらいしかこんな直線的な攻撃当たってくれはしないだろう。
「うわぁぁ」
 分かっていても手にしたバットを振るうしかなかった。もちろん、その場にはブンブンと悲しい風きり音だけが響いていた。
 
「悲しいなぁ」
 何度も何度もバットを振り回すなんてなれないことをしたものだから、すぐに私の体にはがたが来た。肩でぜえぜえと息をする私を眺めながら血まみれの男は悲しそうにつぶやいていた。
「僕を覚えていないのかい?」
 そう言うところを聞くと、やはり私の考えは当たっていたようだ。この男はネームレス。しかも、私に何らかの恨みがある人間のようだ。それならば、もしかしたら助かるかもしれない。もちろん助かるのは私ではなく彼なのだが。
「知らない」
 わざとぶっきらぼうに答えて男の集中を自分に向ける。と、いっても男は最初から彼のことを見ていないのでそんなことをしなくても十分彼は大丈夫なのかもしれないが。何かをしたかったのだ。
「悲しいよみーちゃん」
 こんな知らない男に殺されるのは、あまり喜ばしくないなと思っていた私に電流が走る。今この男は私の事を何と呼んだか。私の耳がおかしくなければ、男は確かにみーちゃんと呼んだはずだ。今までで私にかかわりがあった人間の中でその固有名詞で私を呼ぶ人間なんて一人しか存在して居なかった。他の人は大抵私の事を黒須さんと呼んでいたはずだ。
 だからそれを口にすることができるのはこの世には一人と存在していない。なぜならその子は私のサカサマサカサの最初の犠牲者であり、最初の殺害者のはずだからだ。
 
「みーちゃん。僕は地獄から帰ってきたよ」
 
 カランと派手な音を立ててバットが転がっていく。死んだはずの友人との再会。これは普通なら涙なくしては語れないような状況だろう。だがしかい、私達の間に涙なんてものは存在しなかった。存在していたのはどろどろとした殺意。
 私は友人を殺された恨み。男は自らを殺された恨み。二人の憎悪は拮抗していた。
「探したんだからねミーちゃん」
 気持ちの面では拮抗していたかもしれないが、現実問題こちらが不利なのはなんら変わり無い。何せ相手はいつでも私を殺せる何らかの能力を持っている。対する私は殺したいと願わないことくらいしかできない。力の差は歴然としていた。
「まず、病院に行ってみーちゃんの担当の先生から色々聞いたでしょ」
 聞いても居ないのに勝手に指を折って話し始める男。隙だらけだというのに何もできない自分が歯がゆい。
「なかなか教えてくれないから力ずくで聞いたんだけど、人間って案外もろいんだね。僕、びっくりしたよ」
 にっこりとこちらに笑顔を見せながら語る男は、普通ではない。明らかにこれは異常だ。しかも、さらっともろいなんていったが先生がいなくなってしまったのはこういう理由だったのか。
「病院って何だよ」
「ん?」
 ここで初めて男が彼の存在を認識してしまう。なんとも間が悪い。
「知らないの?」
 男は地に跪いたままの彼を見下ろして鼻で笑った。
「みーちゃんはね」
「だめっ」
 まだ彼に知られたくない。できればこのまま知らないままで居てほしい。これは単なる私のエゴだ。分かっているが知らないで居てほしい。
「そんなことも知らないのに君はみーちゃんの近くに居たんだね。大丈夫だよみーちゃんこれは二人だけの秘密だよ」
 男は何を思ったのか話さないで居てくれるらしい。だがしかし、この男の私への異常な執着心は何なのだろうか。
「みーちゃんの事何にも知らないのにずっとずっとずっとずっと一緒に居たんだね。僕のほうがもっともっともっともっともっとみーちゃんを見ていたのに」
 いきなり怒り出した彼はその場で狂ったようにじたばたしながら言う。もしかしたらこの男は私の事が好きだといいたいのかもしれない。殺意と言うのは深くなりすぎるとゆがんだ愛情へと進化してしまうのだろうか。
「大丈夫だよみーちゃん。僕が皆消してあげる」
 そういうと男は彼に向き直り、両手を横に広げる。
 
「こまぎれっ」
 
 男が叫びながら両手を閉じていこうとした瞬間。廊下の窓ガラスが一斉に爆ぜた。
 

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