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第46話〜武器

 相変わらず教室は活気に満ちていた。文化祭も間近になりお祭りムードも漂ってきている始末だ。他のクラスはどうなのは分からないが、俺のクラスはお化け屋敷をするということだったので準備は簡単な物だった。クラス内に適当にくねくねと曲がる道を作り、それを黒い布で目張りする程度でコースは完成する。後はあらかじめ計画していたように罠と呼ぶにはあまりにもお粗末な仕掛けを配置して、教室の前に立てる看板の作成。
「ばぁー」
 目の前で白い布をかぶってきたお化けらしきそれにため息をつく。そして準備として一番大きいのがこれ、お化けの練習だ。お化け屋敷というのに肝心のお化けがこれでは先行きが真っ暗だ。お化け屋敷なので先が暗いのは分かりきっていることだが経営まで先が見えないのは悲しいものだ。
「ばぁー」
 俺は目の前で懸命に俺を脅かそうとしているお化けの藤村の肩を優しく叩いてやる。布を取った藤村は、自信満々に最高だっただろうといわんばかりの眼差しで俺を見つめるが、俺の答えは藤村の予想の間逆だった。
 何故この男は自己判断で持ってくるようにと頼まれたお化けの扮装をこんな昔ながらのべたな物にしたのだろうか。何故、この男はこんなにも演技が下手なのだろうか。疑問は連なるばかりだが、いまさらわめいたところで藤村の演技がうまくなるわけでは無い。ならば唯一可能性のある扮装を変更させるという一点にかけるほかに無い。
 お化け屋敷なんていうものは一瞬の勝負だ。その瞬間でどれだけお客に強烈なインパクトを与えることができるかが必要なのだと俺は思う。もちろん俺の勝手な想像なのだが。
 なので演技ができなくとも無言でただずんでいるだけでも強烈なインパクトを与えることができればいいはずだ。それにはこの白いだけの布切れでは可能性は限りなくゼロに近いだろう。というかゼロだ。しかも藤村の考えた仕掛けは冷たいこんにゃくを上からつるすというこれまた原始的な方法だ。経費が無いのは把握したがいくらなんでもこれは他のお化けさんに悪いような気がする。
「藤村、変えたらどうだ」
「何をだ?」
 俺はもちろん全部換えたほうがいいという意味合いで言ったつもりだったのだが、藤村は演技のことだと思ったようで、俺の近寄ってくる。
「全部だ」
 そういってやるもやはり演技のことだと思ったらしい藤村は真剣に悩み始めてしまう。違うんだ。悩むことが間違っているんだ。たぶん近くに何故かおいてある鉄筋バットで頭をぶん殴ってやってもきっとこいつは変わらないのだろう。
「服装も仕掛けだよ」
 悩んでいるのがかわいそうになってきたので間違っていることをはっきりと教えてやる。はっきりと教えてやったというのに、藤村は何の冗談だといったような感じで全く取り合ってくれない。どうやら藤村の計算によるとこんにゃくの罠や白い布切れ一枚のお化けが最高に怖く見えるらしい。これが感性の違いなのだろうか。
 俺の場合は人形とかをたくさん置いて、その中で一個は自分が扮して無言で動き出すというのがかなり怖いと思う。やはり、人間は有から有には慣れているが無から有の出来事にはどうも驚いてしまうのもだ。確かに人形という有ではあるが生命といった意味では無だと思う。これは実際に俺が怖いと思うだけなのだが、藤村はどうもお気に召さないらしく首を縦には振ってくれない。
 藤村いわく飾らないことがいいらしい。シンプルイズベスト。飾らないのがよいというのは分かる。分かるのだがこれはいくら何でもかざらなさすぎではないのだろうか。
「いったん電気消すよ」
 そういえば今日は暗闇でどのように動くのかを確認するために数分電機を消す予定だったのを思い出す。暗くしてもどうせ何も変わらないだろうとは思うが大人しく消灯を待つ。
 電気が消え、あたりが真っ暗になる。目が慣れていないせいか自分の手も見えやしない。これは動けそうに無い。
「ばぁー」
 そう思った矢先目の前に真っ白な何かが現れる。その何かに俺はビックりして声を上げてしまう。次に訪れたのは頬にまとわり付く冷えた何かだった。俺はその冷えた何かにも反応して声を上げてしまう。心臓がバクバクと脈打っている。いったいなにが起きているというのだこれは。相手はたかがこんにゃくと布一枚。そして大根が一人のはずだ。それだというのにこの胸の高鳴りは何だというのだ。俺は今、物凄くここから逃げ出したい気分だ。
 無言のままその場に立ち竦んでいると、教室内が点灯される。俺は光から暗闇に移ったときのようにまた視界を奪われる。といっても今回は目を細める程度なのだがそれでもこの時間がもどかしい。
 視界が回復した俺は真っ先に腹を抱えたまま笑っている藤村を睨む。藤村が持っていたのは、やはり大きな白い布と一切れのこんにゃくだけだった。
「感想を聞こうか」
 笑いながら俺に聞く藤村だったが、悔しいことに藤村の計算は正しいらしい。認めたくは無いのだがそれは認めたほうがよさそうだ。
「分かればいいんだよ」
 俺が悔しそうに首を縦に振るのを見た藤村は満足そうにそう一言言ってから俺に一本の釣竿とこんにゃくを渡す。どうやら手伝えということらしい。
 断ろうと俺が渡された釣竿とこんにゃくから顔を上げると、そこにもう藤村の姿は無かった。逃げられた。
 
 
 
 何度か釣竿にこんにゃくを吊り下げて任意の位置に動かす訓練をしてみたが、なかなかうまくいきそうなのでそこそこでやめておく。まだ時間はあるのだ。じっくり練習をしよう。その練習風景はさぞかしシュールなのだろうが、頼まれた仕事はきちんとこなさないといけない。
「わっ……」
 俺が教師を出たところでばったりほんのお化けに出会う。本のお化けはいきなり教室から出てきた俺に驚いたようでその体を散らしてしまう。ほんのお化けの下から出てきたのはどうやら黒須さんのようだった。
 黒須さんはこのお化け屋敷の資料担当なので、頼まれたお化けの衣装の資料やこのお化け屋敷の案内分なんかを考えないといけない。流石に今の時期にお化けの服装を決めたいから手伝ってくれという人間は少ない。なので黒須さんは必然的に使っていた資料を元の位置に戻すことになる。
 普通、文化祭資料というのはそんなに量は無いものなのだが、黒須さんの場合は違うようだった。黒須さんの使用していた資料の量は、今黒須さんが抱えていた本の量で把握できるだろう。なにせ、前が見えなくなるほどの本の量だ。しかもこれがまだ数回分積んであるというのだからものすごい。
「だ、大丈夫?」
 倒れた黒須さんにあわてて手をさし伸ばすが、黒須さんは足をさすっていた。おそらく本が落ちてきたのかひねってしまったかのどちらかなのだろう。まあなんにせよ怪我をさせてしまったらしい。
「怪我?」
 そんなものは見れば分かるのだがやはり聞いてしまうのは昔からの癖だ。どうも気になったことは聞かないときがすまない。
 俺の問いに黒須さんは、ブンブンと勢いよく首を左右に振る。だめだ。分かり安すぎて逆に対処に困る。嘘だという証拠に首を勢いよく左右に振ったはいいが一向に立ち上がろうとしていない。
「折れたの?」
「ち、違う。捻っただけ」
 どうも簡単に行き過ぎて面白みが無いのだが、俺の誘導尋問に引っかかった。黒須さんは少しして自分の間違いに気づいた用でうつむいて黙ってしまう。
「捻ったんだね」
 数秒の沈黙の後、俺があんまりじっと見ていたからだろうか、観念して首を縦に振る。やはり捻っていたのか。
 うつむいたまま無言の黒須さんを尻目に散らばった本を集める。恐らく黒須さんは俺が話しかけても首をたてか横にしか振らないだろう。俺が保健室に連れて行こうかといえば首を横に。本を持つのを手伝おうかと問うても首は横に。それならば勝手にやってしまえば黒須さんに何も言われることは無いはずだ。
 すべての本を拾い終わり、一箇所に集めてから黒須さんの下に歩み寄る。そしてそのまま無言で背中を向けてしゃがみ込む。恐らくはこれで乗れという意図は伝わるはずだ。
 しかし、黒須さんは躊躇しているのかなかなか乗ろうとしない。仕方が無いので俺は黒須さんに向き直りお姫様抱っこをしてやろうと手を伸ばす。もちろん黒須さんは伸びてきた俺の手を叩き落として睨みつけてくる。どうせ結果は見えていたのでなんとも無い。俺はもう一度背中を向け、しゃがみ込んで黒須さんを待った。
 長かった。長かったが黒須さんは今俺の背中にいた。黒須さんをオぶるのはこれで二度目だが、前より軽くなったような気がする。
 学校だからということもあるのだろう。俺達二人には後期の目が注がれた。俺はそんなものを気にしている余裕は無く、早く黒須さんを保健室に連れて行かないといけないと少しあせっていた。 
 一歩黒須さんはというと、俺の背中に顔をうずめているようで背中に黒須さんの顔らしいものが当たっている。恐らくは恥ずかしいのだろう。確かに、あまり表に出ない黒須さんはこんな視線には耐えられないのかもしれない。

 何かをいいたそうにしていた黒須さんを強引に保健室に押し込んで、俺は今本を運んでいた。それも大量の本をだ。黒須さんには後で迎えに来るといったし、本をさっさと運んでしまわないといけない。
 それに、黒須さんはずっと資料を作っていたので疲れているだろう、そして何よりあまり遅くなるとまたあの警官のような壊れた人間が出てきてしまうかもしれない。そう思うと歩幅は少し大またになるのだ。
「いたっ」
 だがそれがまずかった。ことわざに急がば回れというのがあるがその通りだ。
「だ、大丈夫?」
 本日二度目の同じような台詞を口にしながら俺は目の前でしりもちをついている赤髪の女性に手を伸ばす。赤髪の女性は物凄い勢いで俺に文句を言っていたが、俺が本を置いて強引に立ち上がらせると、顔をその真っ赤な髪のように真っ赤にして俺に暴言を吐きながらどこかに走っていってしまった。あの様子だと怪我の心配は無いだろう。
 本を拾い上げ、今日は帰りにくじ引きでもしたほうがいいのかもしれない俺はとひそかにほくそえんだ。何せ今日は当たり日だ。

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