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第45話〜予兆

「最悪だ」
 物凄い寝汗と吐き気によって私の朝は始まった。実に不快な一日の始まりである。
 いつも私の夢はいいものではなかったが、今日はその中でも群を抜いて最悪だった。
 白と黒の世界。これはいつもと同じだ。だがしかし今日はそこに違う色が混じっていた。それこそがあの悪夢の正体なのだ。思い出すとまた吐き気がする。
 いつも通り真っ黒に塗り潰されているはずのクラスメイトは、その体を黒ではなく紅によって染められていた。いつもなら私を無視するというのに私にのろのろと詰め寄りながら口をそろえて言うのだ、お前のせいだと。
 しかも、その体には何故か大きな切り傷が刻まれており彼らが真っ赤に染まっているのはそこから出血したからだと思われる。あんな大きな切り傷、日本刀にでも切り付けられない限り無理だろう。もしくは巨大なはさみ。何にせよ大型の刃物が必要だ。
 紅に染められたのは人だけではなく教室や廊下もであり、地面には途中で力尽きた真っ赤な塊が転がっていた。塊は無言で私を見つめており、その瞳からは強い呪詛を感じた。そんな転がる赤の塊の中で、見知った顔を発見する。この世界で顔を持っている人間というのは限られている。なぜなら、クラスメイトが私のことを深く覚えていないように、私もクラスメイトのことを深く覚えていないからである。覚えていないようなどうでもいい人間のことをしっかりと映し出す保母の能力は私の世界には備わっていていない。
 転がっていたその見知った顔は、この世界では珍しいフルカラーだった。フリルの付いた制服の胸元が裂け、その奥からはその塊の髪と同じ真っ赤な血が出ていた。
「西条さん……」
 高ぶる鼓動をどうにか静めようとカーテンを開けて彼の部屋を眺める。もしかしたら彼もいつかのように私の部屋を眺めているかもしれない。しかし現実は残酷であり、私の願いは希望のまま終わった。
 それにしても友達の死を夢に見るなんて最低だ。しかも、あんなにむごい死に方をするなんてありえない。自分の思考能力を疑う。私は自分の腐った脳にイラつきを覚えながら外を見た。空は白みを帯び始めたばかりで、私が早すぎた朝を迎えたことを教えてくれる。彼の部屋もまだカーテンで締め切られており、何も見えない。
 結局、彼のかをも見れずに気持ちの治まらない私は、悪夢によってべたつく体をどうにかしようとシャワーを浴びることにする。もし、アレが現実に起こりうることの前兆だとしたら、そのときはカーテンで遮られた向こうにいる私の騎士がどうにかしてくれることを祈ろう。
 
 蛇口をひねれば冷たい水が私の体をうった。その温度に一瞬からだがびっくりとしてしまうが、数秒で水はお湯に変わりほんのりと湯気をあげ始める。文明の利器というのは素晴らしい。大昔ならこんなことはできなかったはずだ。
 少し高い位置に引っ掛けたシャワーに目を向け、顔からシャワーを浴びる。流れ落ちていくお湯が私の汗をそぎ落としていくのを感じる。
 この頃、私は満たされている。一度はあきらめていた友達も作ることができたし、大河とも仲直りすることができた。クラスでは知らない子でも少しずつだが話ができるようになったし、楽しかった昔に戻ったようだ。そう、私が友達を殺してしまうまでの頃だ。
 油断は禁物なのである。同じ過ちを二度繰り返すわけにはいかない。過ちを改めないことこそが過ちなのだ。前の私はここで間違えた。今度は間違えるわけにはいかないのだ。今度間違えたら私は本当に立ち直ることができないだろう。それほどの今のこの状況を気に入っているのだ。だから、昔のことは少し忘れてしまおう。この悪夢と一緒にお湯で流してしまおう。私が初めて能力を使って殺してしまった私をミーちゃんと呼んでいたあの子のことも今は忘れてしまおう。でないと私は今日の悪夢を顕現してしまうかも知れない。私の能力はそういうものなのだ。
 シャワーのお湯を浴びながら、私はまた物思いにふける。今度は悪夢ではなくすこしばかり膨らんだ自分の胸を見てため息をつく。彼は大きいほうがいいといったはずなのだがどうしてなのだろうか。まぁ胸の大きい西条さんにとっては彼が大きくなくてももいいという事実はショックだったようだが、私にはどうしようもないので仕方ない。
 そういえば昨日は彼と二人で昼食を食べていたし、その後の休み時間でも彼をどこかに連れて行ったしなにやら怪しい。いったい何を考えているのだろうか。文化祭ではフリルの付いた制服を着てウェイトレスをやると嬉しそうに言っていたし、警戒が必要だ。ただえさえ可愛いというのにフリル付きの制服を着替えるだなんて、さらなる武器を与えられた西条さんをとめることは難しそうだ。
 それに比べて私はお化けの資料集めだ。比べ物にならない。かといって私にウエイトレスができるかと問われればその答えはもちろんNOなわけだが。
 私は湯気を上げる自分の体を制服によって包み込み、長い長い髪を拭く。自分でもそろそろきればいいと思っているのだが億劫なのでそれもしていない。というより、この髪が好きだといってくれた人がいるからというのは秘密だ。
「おはよう」
 時間がそろそろ私の何時もおきている頃に近づいてきた頃に大河は現れた。どうやら大河は朝が早いようだ。その体はすでに制服に包まれており、寝癖も無い。これがつい最近まで引きこもりだった人間なのだろうかと目を疑いたくなるくらい健全だ。
「おはよう」
 やっとの思いで大河に声を絞り出した私は、意味も無く髪を拭き続ける。何もしないことが怖かったのだ。大河は私が挨拶を返すまでの数十秒間無言で立っていたし、私があいさつをしたくらいで笑顔になるのだ。何が嬉しいのやら。
 髪を葺くのにも疲れてきたのでわらをもすがる思いでテレビのリモコンに手を伸ばす。この時間帯は天気予報だとか、ニュースしか指定無いだろうがそれでも無いよりはましだ。朝ごはんを作るという選択肢もあるのだが、二人とも料理はできないので結局いつものシリアルになるのは分かっている。母はいつも通り仕事に行っているようで、姿はもちろんその体温すら感じることのできるものが無い。いつもいつも私達二人のためだとはいえ迷惑をかけていると思うと手伝いの一つくらいしなくてはいけないような気がする。
 だからといって私、いや私達二人は家事なんて一つもできない。そのことを母に言ったときに母は笑いながら二人が元気ならそれでいいといってくれたのだ。そういえばこの頃母は前に増して笑うようになった。それは大河が学校に行くようになってくれたからなのか、それとも私が少し元気になったからなのかは分からないが、母への恩返しは今のところこれしか無いようだった。
 そんなことを考えながらころころとチャンネルを変えていたが、どこのテレビ局も同じようなことをしている。
「新しい被害者の近くに残されたのは」
 この町に現れた新しい犯罪者の話だ。犯罪者、もっと深くいえば殺人鬼と聴くと私は苦い思い出がフラッシュバックしてしまう。何せ思い人を傷つけてしまったのだ。あの時はどうにかなってくれたが、二度目があるのかと聞かれたらその確立はゼロに近いだろう。
 テレビで映されているのは新しいメッセージと、それを偉そうに解説している専門家の先生だった。その先生が言うに、これはゲーム感覚で人殺しをしている愉快犯だという見解らしい。たかがメッセージと犯行の手口だけでその人の人格が分かってしまうのだからすごいものだ。私にはよく分からない。
「サカサマ……」
 私にはよく分からなかったのだが、大河には何かが分かったようで口をパクパクとして声が出せなくなっている。そんな衝撃的なことに気づいたのだろうか?新しく発見されたメッセージはこう。
『かならずころすぞ』
 何かに強い恨みでもあるのだろうか、それとも専門家先生の言う通りゲーム感覚なのか、それは犯人にしか分からない。テレヒ画面の向こうでは今までのメッセージが列挙してありなにやら難しい話し合いが行われていた。
「お姉ちゃん。家族以外にお姉ちゃんの能力について知ってる人って居る」
 いきなり真剣に私に聞いてくる大河。その顔はなんだかあせっていた。まるで誰かに市が近づいているのを察知したのかのようだ。
「二人いるけど?」
 いたって普通に答えたつもりだった。だがしかし大河は二人知っているというのを聞いてから、私の肩をつかんでがくがくと揺らす。
「その人たちが犯人じゃないの」
 そんなはずは無い。あの二人は違う。私は笑いながら違うよと大河に伝える。だいたい二人は女だし、一人称は俺ではない。
「なんでそう思うの」
 やたらと必死になっている大河が心配に聞いてみると、大河は犯人が残したメッセージを上から順になぞる。
「先頭だけ読んだらもう意味が分かるでしょ」
 大河の指につられて言ったその言葉に背筋が凍る。何故これを知っているのか。偶然かそれとも意図的なのか。なんにせよ偶然と考えるのは難しいとおもう。なぜならこの名前はふと私が思いついただけの言葉なのだからだ。
「あと一人……」
 犯人のメッセージの文頭を順に読むとサカサマサカになっており、あと一人で私の能力と同じ名前になるだろうと予想できた。もしあと一人のメッセージがそれだったとき、私は一体どうすればいいのだろうか。
 これを知っているのは大河の言ったとおり家族とあの二人。そして今は亡き病院の先生だけだ。ということは犯人はその中だけに絞られてくる。考えたくなかったがそう思うほか無い。私は疑い始めていた。そしてもしそれが本当だったとき、私はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
 私の事を始めて能力も含めて友達にしてくれた人間を、私はどうすればいいのか。私は、生きるために殺さなくてはいけないのか。
「可憐さん、麗子さん……あなた達なんですか?」
 二人の名前を呟いてから私は唇を切れるほど強くかみ締めた。

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