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第28話〜そうだ

「好きです」
 頬を真っ赤に染めてそう口にされる。
「残念だけどお断りします」
 告白後の沈黙もなく、私は即答でそれに答える。
「で、でも」
 断ったというのにしつこく食い下がる目の前の男性。
「お断りします」
 私はもう一度はっきりと言って男性から離れる。
 男性の気配を感じなくなっるほど離れてから大きなため息をつく。あれで今日何人目だっただろうか?おそらくだが、覚えているだけでこの両手は埋まってしまうだろう。
「ねぇねぇ」
 先ほどせっかく離れたと思ったのにまたか……。
 やはり、これは能力の効果なんだろうか?これだけ私はかまってほしくないと思っていると言うのに、次から次へと私にかまおうとする人ばかりが現れて、全く気を休めることが出来ない。どうせ今さっきのやつも私の能力に当てられただけで、好意なんて持っていないにちがいない。
「ねぇってば」
 声をかけてくる男に反応するのも面倒になった私は、そのまま人の居なさそうな方向に歩き出した。目指すのは森とかそういった人気のなさそうな場所。
 しかし、ここの付近に森なんてものはなく、あるとすればせいぜい公園の中にある小さな緑くらいだった。
 私は一人、雨の日にそうしたように滑り台の下にもぐりこみひざを抱える。ここはなんだかとっても落ち着くのだ。
 だいたい、何でこんなことを私はしているのだろうか?せっかく彼が誘ってくれた海にも行かず、私は一人でいったい何をしているのだろうか?あの日、いきなり部屋を飛び出して、そのまま自己嫌悪に陥ってそのままずるずるとこうなってしまった。
 誰にもかまってほしくないと思っていたと言うのに学校では彼が話しかけてくる。むしろ私が彼にかかわらないようにと逃げていたくらいだ。だから学校も休んだ。
 やっぱり彼はおかしい。こんな私にかまってくるし、能力も時々彼に対しては効力を見出さないときもある。これでは彼が能力にかかっているのではなく、ただ単に私が彼を遠ざけているだけのような気がしなくもない。
 そして、私は彼のことは恐らく好きだ。というか好きだ。しかし、私がそう思えば思うほど彼はどんどんと遠くなっていってしまうに違いない。私の能力で彼に言い寄る彼女らが簡単にそ思いを伝えることが出来るのに、私は何故こんなも悩まなければいけないのか?確かそんな理由で私は泣いていたのだと思う。
 今頃、彼はいったい何をしているのだろうか?
 まさか、海で誰かに告白されているなんて事はないだろうか?
「はぁ」
 気がつけばまた彼のことを考えてため息をついている自分が居た。
 こんな気持ちになるのはいつ振りなんだろうか?そう思って私は自分のひざを抱く。
「あの時だって何一つ良いことはなかったじゃない」
 そういって昔を思い出す。私がこの能力の力の恐ろしさを知ることになったあの事件。私が人とかかわることをやめたあの事件。大河が、引きこもりになる原因を作ったあの事件。今でも鮮明に思い出すことが出来る。
 
 
 
 当時、私は小学生だった。
 その子は、私のクラスの男の子で慣れ親しんだ土地からいきなり引っ越してきて右も左も分からずに困って居たところをよく助けてもらっていた。 
 当時の私は今よりは明るく、活動的だった。外に出て皆と遊んだ覚えもあるし、帰ってからも皆と遊びに行った記憶が残っている。
 その当時から私はネームレスだったわけだが、そのときは自分の能力なんてたいしたことがないと思っていたし、事実のところ、私のサカサマサカサのランク付けは最低ランクのゴフォンだった。だからわ私はそのことをクラスの誰にも話したことがなかったし、話すつもりもなかった。
 しかし、ある日のことだった。
「おまえたちいつもいっしょにいるなー」
 事の発端は一人のその発言だった。
 確かに私と彼はほとんど一緒にいたし、私はその子にべったりだった。
「らぶらぶー」
 なのでそういってよく茶化されたこともあった。だがしかし、別に私はそれが嫌ではなかった。それに、私はその子のことを嫌いではなかった。むしろ好きだった。
 だから私はその子に言ったのだ。
「好きです。これからもずっと一緒に居てください」
 と。その子は当然驚いたが、少し照れたように頬を赤らめてそのまま一度だけうなづいてくれた。私達はお互いの真っ赤な顔を見ながら笑いあった。
 
 だが事件がおきたのは次の日のことだった。
 いつものように登校した私は愕然とした。担任の先生の話によると、その子は事故にあったらしい。それもありえないような事故に巻き込まれてだ。そんな不思議な事故に巻き込まれたその子の事を考えていると、一つの疑問が浮かんだ。
 何故か?そんな不思議なことは普通ありえないし、起こるはずがない。そう思って私はあることを思いだす。
「私の……せい?」
 私は、その前の日の事を思い出して寒気を覚えた。確か、前の日は『ずっと一緒にいたい』と願ったはずだ。だとすると、あの子はこのまま死んでしまうのでは?そう考えてしまったのだった。
 あの子が死んでしまう?そう思うと私は彼が無事で居ることを願わずにいられなかった。それが、最悪の結果を招くとも知らずにだ。
 それに気づいたのは、その子が死んだ後だった。その子の死因はまたしても不可解な死因。溺死だった。
 水もまともにないようなところで溺死をするわけがない。それを考えると、当時小学生だった私にも、驚くほど答えは早く出すことが出来た。
 たとえ直接的ではなくとも人を殺してしまった。しかも好きになった人を殺してしまった。その当時の私は確か今と同じようにずっと泣いていた。
 そんな私が出した答え。それがすこし前までの私だ。
 誰ともかかわらない。目立たない。他人を好きにならない。できるだけ空気に、出来るだけ無に。そうしてきたつもりだったのに……彼のせいでそれも崩壊してしまった。
 あの子のようにまた、この能力で人を傷つけてしまうかもしれない。そう思うと怖いのだ。だが実際すでに彼にはこの能力で迷惑をかけているし、これ以上彼に何かがあれば私は壊れてしまうのかもしれない。本来ならば、今こうして彼のことを思っているだけでも重罪なんだろうが、それでも重罪を犯す自分がにくい。
 いっこうにとどまることを知らない涙を拭くこともせず、ただこの痛みが治まるのをじっと待つ。と、遠くで救急車の音が聞こえた。私は、ふと無意識のうちに海に行っているメンバーではないことを祈った。
 耳元でピコピコとなる音で目を覚ます。どうやら私はあのまま寝てしまったようだ。滑り台の中から這い出ると、朝日がまぶしかった。もう朝か。私は先ほどまでなっていた携帯を開いて中身を確認する。ディスプレイに表示されていたのは着信あり五十件の文字。しかも、その着信はすべて同じところからだ。
 と、また携帯の着信音が鳴る。
「も、もしもし」
 電話とるのを一瞬躊躇したが、五十件も着信を残しているのは何かあったに違いないと決心して電話を取る。
「黒須さん? よかった。今どこに居るの?」
 聞こえてきたのは私を悩ませる元凶の彼の声。よく私も彼の番号を登録したままでいたものだ。それはもちろん彼にも言えることなのだが。
「公園」
 別に隠す必要もなかったので教える。しかし、五十件も私に電話をかけるなんていったい何があったんだろうか?彼の声は若干あせっているし、なんだろう。
「可憐さんと麗子さんが事故にあったんだ。それで皆でお見舞――」
 彼のその言葉を聴き終わるまでに私の手から携帯が滑り落ちた。携帯からは何か声が聞こえていたが私はまた滑り台の下へともぐりこんだ。
「お前がやった」
 彼が死んだある日、誰かが私に言った言葉だった。私の能力はそのときになるともうみんなに知れ渡っていた。理由は分からない。ただ、気づけば皆が知っていたのだ。
「お前が殺した」
 私は狭い滑り台の下で自分の耳を押さえながらその声を聞くまいとする。
「人殺し」
 耳をふさいでも、その声は消えない。むしろだんだんと大きくなってきている様にも感じられる。
「人殺し」
「違う!」
 あたりには私の声だけがこだまする。気づけばまた、一人で涙を流していた。
「違う! 違う違う、違う」
「黒須さん?」
 私はいまだに聞こえるはずのない声と戦っていた。
「黒須さん!」
 がくがくと肩を揺らされてようやくそこに人が居ることに気づいた。
「白金……君……?」
 その正体を知ると、私は滑り台から這い出て急に彼に飛びついた。彼はその場に固まっていたが、泣きじゃくる私を見て、ただ優しく頭をなでてくれた。不思議と先ほどまで聞こえていた声が消えた。

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