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第24話〜肝試し

 周りから聞こえてくるのは、比較的遠くからの悲鳴や、割と近くの自分の順番を待つ皆のざわめきだけだった。俺も一応はペアで行動しているというのに全く会話はない。遠くから聞こえてくる悲鳴なんかはおおかた学校側が用意しているお化けがやってきた生徒を脅かしているだけだろう。
 順番待ちといっても、全員が同じコースを回ればかなりの時間がかかるというのはわかりきったことなので、いくつかのコースに分かれていた。俺達の割り振られたコースはCコースで、地図を見る限りでは一番面倒そうなコースであった。
「お前は良いよな」
 そういって現れたのはもちろん藤村。俺は非現実的なお化けより神出鬼没のこいつに恐怖を感じていたりする。
 そして、こいつが俺を羨ましがる理由も実に分かりやすい。まさに藤村らしい理由だ。
「ちょっと、亮。待ちなさいよ」
 藤村が俺を羨ましがった理由。それはまさにこっちに向かって走ってきていた。
「本当、何でこんな凶暴女が俺のペアなんだよ」
 そういって大きなため息と共に肩をがっくりとうなだれる藤村だが、今のを本人が聞いて居たらこいつは後頭部に一発ぐらいパンチを受ける目に合っているだろう。
「誰が凶暴女よ」
 と、いうか合っていた。
 藤村のペアは恋。まさに腐れ縁というかなんと言うか、ここまでくれば運命というものを少し信じてしまいそうになる。
「恋よりもっと他のもっとかわいらしい女の子がよかったよ。たとえば黒須さんとかね」
 そういって黒須さんにウィンクを送る藤村だが、その意思は伝わることなく見事にスルーされてしまう。ちょっとかわいそうだ。
「恋だって十分かわいい子じゃないか?」
 確かに少しがさつなところもあったりするが、恋を好きだという奴は結構いたと思う。藤村と代わりたい男子なんて山ほど居るだろうし、そう考えるとむしろ藤村はおいしいポジションに着いたのではないかと思う。
「か、かわいいって」
 俺の言った言葉の何が悪かったのだろうか、恋は顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。おかしな奴だ。
「お前は本当に罪作りな奴だよ」
 首を傾げて恋のうつむく理由を悩む俺にそう肩を叩きながら教えてくれる藤村は、どこかあきらめているように見えた。
「べ、べつに白金がどうしてもって言うならペアを組んであげても――」
「次、ウサギさんペア」
 恋の言葉をさえぎるようにして恥ずかしそうに俺達ペアの名前を呼ぶ体育の教師。いかにも体育会系ですといった体格の人間が恥ずかしそうにウサギさんなどといっているのだ。これは笑うしかないだろう。
「早く」
 そういって黒須さんにせかされてしまうが、どうも笑いが止まらない。
「早く」
 二度目の少し怒ったような黒須さんの声でようやく動き出す俺だったが、そこで恋が何か言いかけていたことを思い出す。
「恋、何か言いかけたか?」
「な、なんでもないわよ馬鹿」
 せっかく聞いてやろうと思ったのに罵倒された事に少し不条理だと思いながらも、俺をせかす黒須さんと共に体育教師の元へと急いだ。
「じゃあこれをもって」
 そういって渡されたのは懐中電灯とホイスッルだった。
「このホイッスルは道が分からなくなって帰れなくなったときにだけ吹くように」
 その言葉の意味は、要するに遭難したらこのホイッスルを吹けということらしい。しかし、今から遭難するかもしれないような遠くに歩いていかないと思うと少しぞっとした。
「じゃあ行こうか」
 そういって黒須さんに片手を差し出してみるが、黒須さんは当然のように俺の差し出した手を無視して無言で歩いていってしまう。絶対に無視されるだろうとは思っていたが、実際に無視されてみるとかなりつらいものがある。すこしだけ藤村に同情した。
「黒須さんはこういうのなれてるの?」
 無言で歩いていても恐怖を感じるだけだろうと思って話しかけてみるが、反応はやはりない。まるで俺が幽霊と話しているようだ。いや、幽霊のほうがもう少し愛想は良いかもしれない。
「黒須さんは幽霊とか信じる?」
 それでもめげずに賢明に話しかけてみる。が、しかし反応はなし。
 暗闇を照らす二灯の懐中電灯の光だけが俺の足元を見えるようにしてくれている。あたりはやっぱり無音で地面もかなりがたついている。こういった企画を行うならきちんとした道を整備しておいてもらいたいものだ。
「信じてない」
「え?」
 俺が質問をしてからかなりの無言をはさんで黒須さんはポツリとつぶやいた。いったい彼女の頭の中ではどんな葛藤があったのだろうか?
 しかし、幽霊を信じていないというのはやっぱりこういう子供だましのような企画は恐怖を感じないのだろうか、黒須さんの歩調はいつもより少し早いものだった。そんなに早くお化けに合いたいのだろうか?
「そんなにお化けに会いたいの?」
 いつもと違う黒須さんの速さに疑問を持って聞いてみるが、この質問には答えてくれないらしく。代わりに黒須さんは少し歩調を緩めた。別に会いたくはないらしい。
 しかし、どうもおかしい。ずっと歩いているというのに地図にあるような目印がぜんぜん見当たらない。見落としてしまったのだろうか?それに、いつまで経ってもお化けにふんした先生がたは現れないし、実に暇だ。
「ん?」
 暇だなと思った矢先、実に面白いことが起こってくれる。
「電池切れか?」
 チカチカと俺の懐中電灯の光が点滅したかと思うといきなり切れてしまう。どうやら接触の問題でもないらしく、何度かスイッチを入れてみても一向に反応がない。学校で支給したくせに電池切れとは実に手抜きだ。
 俺達二人は仕方なく、月の光と星の明かりを頼りに道なき道を前進した。しかしおかしなものだ。二人の懐中電灯が計ったように同時に切れてしまうとは……。もしかして、これも演出の一環なのだろうか?
 そういえば演出といえばなんだか気温が少し下がったような気がする。こう、ぞくそくとするというか、いきなり肌寒くなったというか、まさに何か出そうなコンディションがやっと整ったというような雰囲気だ。
 それに、都合のいいことにいつの間にか墓地にたどり着いていた。どうやら目印は見落としていただけのようらしい。
 俺と黒須さんは知らぬ間に距離を詰め、はぐれないようにしていた。と、いっても手をつなぐわけにも行かない手前、黒須さんが俺の服のすそをつかんでいるような形なのだが。
「きゃっ」
 俺のすそを引っ張る力がいきなり強くなったかと思うと黒須さんはその場で固まってしまう。目の前には青緑色の何かが浮いていた。
 俺も一瞬体をこわばらせて停止してしまうが、よくよく考えればアレもきっと人が作り出した物なのだからそこまで恐れることはないと気づく。
「青緑色の炎色反応といえば?」
 目を硬くつぶってその場から動こうとしない黒須さんにそう質問してみる。炎症反応なんて中学校で習うようなことだったとは思うが、きっと黒須さんはこの質問の意図に気づいてくれるに違いない。
「銅」
 そう答えたはいいが目は開けてくれないし、足も一歩も進もうとはしない。頭で分かっていても体は言う事を聞いくれないといった状態なのだろうか?
 しかし歩かないと先に進むことは出来ない。
 俺は人魂もどきが消えるのを待って先に進む。
「うーらーめーしーやー」
 お化けが必ずといって良いほど言いそうな定型文を口にしながら次なるお化けが登場する。今度は落ち武者か何かのようで、実にリアルである。ハリウッドメイクでもしているのだろうか?
「……」
 俺の服のすそを引っ張る力がいきなりなくなったかと思うと、次いで何かが落ちる音が聞こえた。目を凝らして地面を見てみると、そこには黒須さんが倒れていた。
 幽霊は信じていなくとも、怖いものは怖いらしい。
「うーらーめーしーやー」
「すいません。ここの近くに少し休めるような大きな場所ってありますか?」
 いまだに俺を驚かそうとして声をかけてくる幽霊だが、今はそんなものにかまっている場合ではないのだ。
 俺の毅然とした態度にあきてしまったのだろう。幽霊はゆっくりと一方向に指をさし、そのまま消えていってしまった。あの消え方はホログラムか何かだったのだろうか?
 そんなことを考えながら黒須さんを運ぶ。前に背負った時にも感じたのだが、黒須さんは軽い。他の女子ももしかしたら軽いのかもしれないが、俺は黒須さんしか持ったことがないので分からない。
 うわごとで何度も謝っている黒須さんを見て少し笑いながらも目的の場所だと思われるこじんまりとした寺を見つける。ここなら一休みできそうだ。
 寺の前の数段の階段に座り込み、黒須さんを横にする。
 月明かりで光る黒須さんの長い黒髪を見ていると、どうも昔見たあーちゃんの髪を思い出しておかしな気分になってしまう。あの頃はよく触らしてくれって言ってさわらさせてもらったのを思えている。今、まさに目の前にある美しい黒髪に指を通してみたいのだが、本人の了承がないのでやるにやれないというのと、いい歳になって人の髪、しかも女の子の髪を触りたいなんていった日には変態扱いされかねない。まぁ黒須さんならそんなことは言わないだろうが自分の気持ちの整理がつきそうになので自重をしておくことにする。
 それにしても月がきれいだ。まるで空にほっかりと穴が開いているかのように美しい。俺達は昔から月にはウサギが住んでいて、餅つきをしているなどと良いって聞かされていたが、他の国ではカニに見えたり女の子に見えるそうだ。皆同じ月をオ見ているというのにやはり人によって感じ方はそれぞれなんだろう。
「ん……ん?」
 数分間俺がぼんやりと月を眺めていると黒須さんが気がついた。
「おはよう」
 まだ意識がしっかりと覚醒していないのだろう黒須さんにとりあえず挨拶をしておく。
「……え?」
「え?」
 驚いていきなり立ち上がった黒須さんに俺も驚く。なぜなら黒須さんがいきなり俺の目の前を落ちていったからだ。
「いたたた」
 案の定、階段から落ちたことにより怪我をしてしまった黒須さんを見て苦笑いをする。この様子じゃ帰りはおんぶだろ。いくら黒須さんが軽いといっても着た道を担いだまま帰るのは少し骨が折れる作業になりそうだ。
 
 
 
「ご、ごめんね」
 そう俺の背中で小さくなってしまっている黒須さん。
「別に良いよ」
 きっと黒須さんには見えていないだろうが笑ってそういってみる。
 しかし、帰ってくるのは無言でなんだかちょっとやるせない。まぁ、ここまで他人に醜態を見られたとなると誰でも黙りこくってしまうのが普通だろう。
「そういえば餅取ってくるの忘れてた」
 何とか気を紛らわせて揚げようと適当に気になった話題を提供してみる。
「ごめん」
 しまった、これは地雷だったか。
「まぁどうせとってこなかったからといってペナルティがあるわけでもないし」
 必死に取り繕ってみるが、やはり反応はなかった。
 無言で岐路につく。やがてすこし大きな道に出たと思うと、そこで異変が起きた。
「あ……」
 そう黒須さんが驚いたように声を上げると、俺の足元が見慣れた光で照らされる。
 光の元は懐中電灯でどうやらやはり接触の問題だった用だ。
 そこからは何を話したのかはよく覚えていない。というか何も話していなかったのかもしれない。
 だがしっかりと覚えているのは、黒須さんに胸はないということだ。
 集合地点に戻ったときには、藤村やら恋やらに何故おんぶをしているのかときつく問い詰められもしたが、黒須さんが説明すると皆すぐに黙っていた。
 そのまま黒須さんは先生につれられて治療を受けていたが、俺達は終了後の先生の話を聞いていた。
「この一週間は――」
 また長い話が始まったのでぼんやりと聞き流す。
「この肝試しのお化けはひどかったよな」
 そう先生の話の最中にもかかわらずに話しかけてくる藤村。しかし、お化けがひどかったというがそれはどういう意味だろうか?
「人がやってるのがバレバレでちっと怖くなかったぞ」
 つまらなそうに語る藤村だったが、俺達のところはそうでもなかったといってやると、藤村はまた羨ましそうな声を上げていた。
「でも、お前と同じコースのやつら人魂なんか見てないはずだぞ? それにCコースは墓地なんて含まれてない」
 その言葉を聞いて悟った。アレは本物だ。
 今度は俺が気を失う番だった。
「勉強は今日で一時終了です。明日はじっくりと休んでください」
 遠くではなにやら皆の喜ぶ声が聞こえていた。

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