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第23話〜行動

 部屋にいつものメンバーが転がり込んできたことなど些細なことだった。結局は毎日毎日拷問のように行われる課題と長い長い話で俺達はつかれきってしまい、何も起こらないまま日付は経ってしまった。
 そしていつのまにか俺達は最終日を迎えていた。
「Aクラスの皆さん、今日が最終日ですが気を抜かずに行きましょうね」
 そういう担当の先生の顔も、もうずいぶんと見慣れてしまったような気がする。それに、この一週間の間に大半のクラスは人数不足になり、残っているのはAとBだけになっている。上を目指してがんばろう。という言葉に見事踊らされ、結局は全員ががんばってしまったというわけだ。皆はそのことに気づかずに黙々と渡された課題に取り掛かっている。
 俺はというと渡された課題には手をつけず、ただぼんやりと今日までの一週間を振り返っていた。楽しかったことは少ない。面白いと思ったことも片手で足りるだろう。この一週間の修学旅行で俺が得たものといえば、社会に出ても使うことのないだろう知識ばかり。そう思うとどうも目の前のこの課題に取り掛かることが出来ないのだ。
 初めはよかった。始めてこのクラスに来れたときは嬉しかった。黒須さんと肩を並べて勉強が出来るのだと思って張り切りもした。しかし、クラスの大半が同じ舞台に上がってしまえばその価値も薄れてしまった。
 そして、黒須さんが部屋に来たことも嬉しかった。しかし、結局俺と黒須さんの仲、というか部屋に居た誰との仲も進展した気はしない。部屋に戻ると、何故か皆嫌に牽制しあっていて本当に静かでつまらなかった。
 俺はここに来て、やっとこの修学旅行が合宿だといわれる意味を悟ったのだった。
「一週間も禁欲とは、流石合宿と呼ばれるだけある」
 隣りでは藤村が違う悟りを開いてしまっていた。
 しかし、最終日だというのに何の変化もないのはこの合宿らしいというかなんと言うか、もうあいた口がふさがらないといったかんじだ。
 そういえば、しおりに夜の時間の予定はなかったがどういう意味なんだろうか?今朝の朝礼では最後のお楽しみ。などとふざけたことを言っていたが、どうせテストか何かなのだろう。
「ん?」
 流石にこれ以上ぼんやりとしているのはまずいと思って俺がペンを取ったときだった、ふと目が会ったような気がした。その視線の主は俺がそっちを向いた瞬間には顔を背けて課題に向かってしまう。彼女ならとっくに課題を終わらせてもいい時間のはずなのにだ。
「黒須さん……」
 彼女は本当に読めない人だ。
「では課題を回収します」
 恐らくそれが最後になるだろう聞きなれた台詞で俺達は課題を提出していく。この後は最後の夕食をとり、最後のお楽しみといわれたテストを受けるだけだ。
 夕食だというのに皆視線は下がりがちで、最後の晩餐を見つめていた。
 メニューは当然精進料理。修学旅行の最終日だというのに贅沢の一つも出来ないらしい。それでも俺は黙々と相変わらず味の薄い米を口にする。あぁ、肉が食べたい。それも血の滴るほどのレアがいい。確かそれはレアじゃなくてブルーというのだったか?
 食事をする皆の顔に覇気はなく、明日になったら帰れるなんてのんきなことを言っている人間もごくわずかだ。大半はこれから行われるお楽しみの時間に憂いを感じている。もちろん俺だってそうだ。課題を回収されたときにこれで課題は最後だろうなんて甘い考えを持ったが今思えばまだ帰りのバスがあることも思い出してもっと憂鬱になる。
 気分は最悪。簡単に言うと目の前にある、つかみにくい大豆の水煮くらいイラつく。
「明日になったら帰れるな」
 つるつると俺の箸から逃げる大豆と格闘していると、嬉しそうに俺に話しかけてくる藤村。頼むから黙っていてくれ、もうすぐでつかめそうな気がするんだ。
「どうせこの後はテストで帰りはまた課題だろうよ」
 やっとの事でつまんだ大豆を口に運びながら俺はそう答えた。
「何言ってるんだよ、それでも明日になったら帰れるんだぜ」
 嬉しそうに俺の背中をバンバンと叩く藤村。くそっ。今のでせっかくつまんだ大豆がまた皿に落ちた。
「のんきで良いなお前は」
 また、再び皿に戻ってしまった大豆と格闘を開始しながら俺は藤村ちらりと一瞥した。
「何事もポジティブに行かないとな」
 そういって俺が格闘していた大豆を意図も簡単に持ち上げ、口にしてしまう藤村。
「お前が羨ましいよ」
 ひょいひょいと俺の皿から大豆を奪っていく藤村をにらみながら言ってやる。
「それに、この後が本当にテストだとは決まっていないだろ」
 そういって俺の皿から最後の一粒を奪った藤村はニヤリと微笑んだ。
 何も知らないはずなのに、何故かこいつのこの笑みを見てしまうと本当に何か起こるのではないかと思ってしまうから情けない。確か、前にこいつのこの薄気味悪い笑みを見たのは、こいつが生徒会の選挙に立候補し、俺が本当に大丈夫かと聞いた以来だったような気がする。
 まぁこいつがこういうのだ、期待しないでこの後の時間を待つとしようか。
 
 
 
「じゃあいこうか」
 夕食の後、いつもとは違い少し浮ついた部屋待ったりとしていた俺は、時計をを見て動き出す。しおりによるともうそろそろ集合の時間だ。出来ればこの後のお楽しみの時間なるものがテストではないことを祈る。
 
「皆さん今まで勉強ご苦労様でした」
 そういいながらまた長々と話を始めるかと思ったが、先生の話は思いのほか早く終わった。それも俺達に喜びを与える言葉とともにだ。
「この後の時間は楽しくレクリエーションといきましょうか」
 急に活気付いた皆を横目に藤村を見ると、やはり少し君の悪い笑みを浮かべていた。信じてよかった。
 しかし、レクリエーションとはいったいなんだろうか?
「それではレクリエーションの内容を説明します」
 壇上に上がった先生達は、何故か全員気味の悪い笑顔を浮かべている。実に不気味だ。
「皆さんは今からちょっとしたお使いをしてもらいます」
 一瞬、全員が何故何でただのお使いごときがレクリエーションなのかと首をかしげていたがすぐにその意図に気づく。
 だいたいここは寺。周りにお使いをするような店なんかない。そして今の季節は初夏。しかも、この寺には長い長い廊下や、いかにも何か出そうな墓まである。初夏に墓場にお使いといえばやっぱりアレしかないのだろう。
「お使いといっても、きもだめしのことなんですがね」
 全く、最後の最後まで高校生らしくない行事だ。
 それだというのに、この嬉しそうな反応はなんとも言いがたい。一週間楽しいことがなかったからというのは分かるが、これは少しはしゃぎすぎだろう。少しくらいは年相応の反応をしてもいいのもだと思うのはやはり俺だけなのだろうか?
「それでは詳細を説明します」
 そういって先生は説明を開始する。説明はこうだ。男女混合でランダムにくじで決めた二人組みで寺の奥にある墓まで行き、その墓の中の一番奥の墓のうえにある餅を拾ってくるというわけのわからないものだった。このノリ、ここは本当に公立高校なのだろうか?
「ではペアを決めますので集まってください」
 そう召集がかかると全員ぞろぞろと集まっていく。その表情は嬉しそうに頬を緩ませていたり、この後のことに少し青ざめていたりとさまざまであるが皆楽しそうなのは確かだった。
「じゃあこのくじを引いてくださいね」
 そういって大きな箱を差し出す先生。見ればいくつもの箱を持った先生が立っており、その後ろにはずらりと生徒が並んでいる。
 俺は無言のまま箱に手を突っ込んで適当に紙を一枚引き出す。別にどれを引いたって変わらないだろう。
 俺が引いた紙を開いてみるとそこにはウサギ?のようなマークが描いてあった。これだけの生徒が居るのだからきっとマークを考えるのはさぞ大変だっただろうと思う。
「それでは組み合わせを発表します」
 全員がくじを引き終わった後、少しの時間を置いてから先生が大きな紙を持って登場した。そこにはずらりとペアのマークが描かれており、その隣りには生徒の名前がずらりと書かれている。これだけの名前を書くなんてご苦労なことだ。
 大きな紙の前へと自分のペアを調べようと生徒が殺到する。これではまともに自分のペアなんて見られたものではない。どうせ自分の順番なんて後のほうなんだろうしのんびりと待つことにしようと思う。
「あ、あの」
 のんびりと待とうと決心してから数秒後の事だった。俺の決意はあっさりと崩れた。それも意外な人によってだ。
「どうしたの?」
 めったに自分から話さないというのに話しかけてきたことに驚きは隠せなかったが、悪い気はしなかった。
「ペア」
 そういって紙を俺の目の前へと突き出してくれるが何のことだがさっぱり分からない。
 無言のままずっと紙を差し出しているので、なにかと思ってその紙を覗き込むとそこにはどこかで見た事のあるウサギが描いてあった。
 俺は自分の持っていた紙を開いて中を確認すると、やはり見たことのあるウサギが描いてある。ということはそういうことなんだろう。
「よろしく」
 そういって俺が手を差し出したのだが、じっと俺の手を見つめたまま何もアクションをおこそうとはしてくれなかった。実に彼女らしい。
 仕方なくそのまま無言で手を引っ込めてそのまま彼女に笑いかける。すると彼女は困ったように顔を背けてしまった。
「よろしく、黒須さん」
 そういってもう一度俺は声をかけ、集合地点へと二人で向かった。

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